黒い翼を持つバフォちゃんに横抱きされたルビリアナさんと、飛竜さんの背に乗せて貰った私とガウラは、空に浮かぶ紫色の城の中へと近付く。
飛竜さんにゆっくりと翼を動かしてもらい、上空から眺めると洞穴付近には紫水晶の群晶(クラスター)があって、根こそぎ取られた鉱山みたいだ。下からは確認する事が出来なかったけど、窓みたいな窪んだ穴を幾つか見つけた。
城の中に入ると、複数設置された大きな柱が発光して、全ての暗闇を照らしだす。
紫水晶のよく磨かれた床は濃い紫、壁は淡い紫、天井に向かうほど透明度が上がり、紫色の階段も明暗(コントラスト)が施され一種の芸術となっている。
「ニャアアア(ファ、ファンタジー!!)」
「ふぁんたじー?」
「ニャアッ(“幻想的”って言う意味だよ!)」
私が使う言葉が分からなくて、首を捻るガウラに教える。
ガウラは好奇心旺盛だ。私が使う物や言葉を、何でも知りたがる。正確に知ってる言葉の意味だけなら、彼に伝えられる。気分は子供に教える親ネコだ。
「リオちゃん、ガウラ、この奥の部屋がファインシャートの世界で言う“謁見の間”よ」
「ニャアッ(こっ、ここに魔族の王様が!?)」
「王は好かない」
「チュウウウッ(まぁ、そう言わずに)」
一番奥の部屋にある大きな扉は、透明なのに向こう側が見えない。渋るガウラを促し、ルビリアナさんがバフォちゃんの腕から降りる。いつもの明るい声を少し低くし、厳かに言葉を発する。
「我らが一族の魔王、ファランティクス・アルガ・デルモント様に、ルビリアナ・レット・クロウが帰還致しました事、ご報告に上がりました」
「入れ」
男性の低い声が聴こえた後、勢い良く扉が開く。
驚いて絶句していると、ルビリアナさんが前を歩き、続いてバフォちゃん、ガウラに抱かれた私、ハンスが続く。
青色の焔が絨毯の代わりを示しているのか、玉座へと導かれる様に一斉に灯される。
四方に台で固定された、深い受け皿の中から青白い炎が出て勢い良く燃え盛る。
後ろの垂れ幕や部屋の内部が明るく照らされ、中央に居る人物の存在を明らかにさせた。
(こ、怖い・・・)
熊を連想させる巨体、尖った耳、紫の瞳が彼を魔族だと主張する。
黒髪に混じった白髪は中年くらいの年を思わせ、黒色のマントと上下真っ黒の服は、魔族が好む色だからだろうか?
「わしがこの紫鉱城(ラドギール)の主、ファランティクス・アルガ・デルモントだ。異世界の覇者とその守護獣、貴殿らの名を聞かせていただこうかの」
ルビリアナさんとバフォちゃんが玉座の階段の下で片膝をつき、ガウラに抱かれたままの私を眺めてくる。全ての情報を読み取る様な眼差しは、ファインシャートに居た時の王様の比では無い。
「ニャ、ニャアッ(リ、リオです・・・)」
「リオの守護獣ガウラ。あまりオレのリオを見るな。減る」
相変わらずのガウラのKY<空気読めない>発言に、一同沈黙する。所構わず頬ずりしてキスをする所を見て、髭を触りながら魔王さんが笑いだした。
「グアッハッハ! これはまた威勢の良い守護獣だ。いや、こんな口を聞く守護獣は久し振りだわい。前来た守護獣は蛇と大鷲、それと堅苦しい言葉遣いの狼だったからのぉ!!」
ひぃひぃとお腹を押さえて笑いだす魔王さん。暫く笑っていると、今度は私に目を合わす。
「異世界の覇者、リオとやら。心配しなくても貴殿を食べる事などしないからそう固くなるな。折角この紫鉱城(ラドギール)に来たのだ。守護獣ガウラ共々、ゆっくりして行くと良い」
「ニャ、ニャア(はいっ)」
「ルビリアナ、お前もポネリーアへの単独潜入ご苦労だったの。しかし、わしの許可があるとはいえ変装までしてゼルや弟君のハーティスまで欺き、あちらの世界に残して良かったのか?」
「はっ。剣技、魔法共に最強を誇るディッセントの国王と、鉄壁を誇る宰相を分散させる事を目的とするのならば、あの策しか思いつきませんでした」
「そうか。まああまり心配しなくても良いぞ。あちらにはわしの息子、ソルトスが出向く予定でな! ハーティス達を取り戻す事は出来なくとも、良い待遇には格上げ・・・されるんじゃないかの?」
自分の発言にイマイチ自信の無い魔王さんは、首を傾け疑問形で締め括る。ルビリアナさんは、顔を上げて苦笑いしていた。喋っていると、城の中から鐘の音が幾度も響き渡る。
「ニャ?(鐘の音・・・?)」
お腹に響くような音だ。これだけ大きな音なら、聴覚の良い魔族達なら聴き取れるだろう。
「おう! ファインシャートに合わせて鐘を鳴らせておる。向こうで言えば、一日が終わった音だの!」
「太陽が昇らないから、時間の感覚も分からないのか・・・」
ガウラと一緒に上を向いてみる。
でもどこから響いてるのか分からない。
「一日を締め括る時を知るのは良いもんでの。聴いてるうちに病みつきになっちまったんだわい」
グワッハッハッと、巨体が笑うと城も一緒に震える。バフォちゃんといい、魔王さんといい、声だけで建物を揺らすのは魔族の特性なのか。
一通り話終えたルビリアナさんが、この城で暫く滞在する旨を魔王さんに伝えると、喜んで部屋の一室を借してくれる事になった。
「ルビリアナ、お前も疲れたろう。屋敷に戻りたっぷり休んでこい。特に急かしはしないから、ソルトスと共にもう一度ファインシャートに行ってくれんかの? あやつと一緒なら、どうにかなるだろうて」
「承りました。では、リオとガウラを客間に案内した後、一時休ませて頂きます」
魔王さんの前でお辞儀をした後、一同は謁見の間を出る。広々としたエントランスに戻り、角ばった紫水晶の階段を昇る。二階に位置する廊下を歩くと、ここだけ白い豪華な扉が取り付けられていた。
「ニャ、ニャニャニャ!?(こ、これは・・・)」
私達が入ると、床から壁へ、部屋の中が淡い青紫の部屋へと明るく変わる。大きな窓に、白いフリルの付いたピンクのカーテン、白い鏡台と洋服ダンス、白いテーブルと椅子のセット、クイーンサイズのベッドに毛皮の付いたピンク色の絨毯。ガウラに頼んでベッドに下ろして貰い、二人でふかふかの感触を楽しむ。
「リオちゃん、こっちの部屋に来て」
手招きされてルビリアナさんに近づくと、脱衣所の隣にトイレがあり、くもりガラスの向こう側には、湯気の上がるお風呂場があった。お湯の中にある剥き出しの鉱物に不思議に思っていると、ルビリアナさんが説明してくれた。
「実は、この水鉱石(すいこうせき)で海の水を浄化して、清料水に変えたりしてるの。これに浸けると何でも強力に浄化するから、ネコ用のトイレにもさざれ石を敷き詰めてるのね」
幾ら浄化されてるとは言っても、一度使った水は下水路に流され、海に戻される。その繰り返しだと教えて貰った。
*****
一通り使い方を教えて貰い、ルビリアナさんとバフォちゃん、ハンスと別れる。
その日はガウラとお風呂に入り、体を洗って貰って毛を乾かしてからベッドへ入った。
私の首に紐で括り付けたピリマウムは、外す事が出来なかったからそのままだ。水に濡れて、しなびれるかと思ったのに新品同様に生気を保っている。
広々としたベッドで、密着度が高いとガウラに文句を言ったが素知らぬ顔で胸に抱き寄せられた。
(ガウラの匂いがする・・・)
彼のいつもの匂いと、柔らかい石鹸の匂いに安心して、眠りに入る。
その日見た夢は、テンションの高い女神さまと喋る夢だなんて、誰も予想だにしなかったろう。
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