魔族の襲来が原因で、どの船も出港していなく大型船が何隻も置かれている。
陽の光を反射した青色の海は、日本の海と何ら変わりなかった。
穏やかな波しぶきは、国を揺るがす程の大惨事があったとは思えない。近くには荷物を置く為の倉庫が複数建てられて、いつでも受け入れられる状態だ。
ホントなら港はもっと活気が溢れる場所なのだ。人との出会いと、待ちに待った荷物の為に、人は船と果てしない大海原に想いを馳せる・・・船人が夢見るロマンが、ここにいっぱい充ち溢れていたに違いない。
「ニャァ(ガウラとはぐれちゃったな)」
自分の間抜けっぷりに嫌気がさして、一匹ゴチる。
絶対一匹で行動するなって注意されてたのに。
とりあえず岸辺まで移動する。
魚なんて泳いでないだろうなと思いつつ、しばらくウロウロする。すると空の上から何か声が聞こえて下に降りて来た。
「ナァ、ナアアアッ!(アラアラ、こんな所で可愛い猫ちゃんが一匹。お嬢ちゃん、どうしたの??)」
「!!」
俗に言うウミネコが喋りかけて来た。
でもこの世界のウミネコ、真っ青なんだよね。瞳も青。空と海の色と同じ・・・?
保護色かなぁ??
見分けが付くと言えば、ウミネコと思わしき特徴の鳴き声だけ。
動物やら獣やらと会話出来る事と、異世界との違いにビックリして体が固まった。
「ナアアアッ(お嬢ちゃん??)」
「ニャアァッ(エット、その・・・)」
随分と警戒心の無いウミネコも居たもんだ。通常なら野良猫は魚も鳥も食す筈なのである。にも関わらず猫の自分に語り掛けて来るなんて――?
「ナアアアッ(フフッ、警戒してるのかしら?鳥が猫に近づくなんて・・・ってね。でも白い猫なんて初めて見ちゃったから、興味が出ちゃったのよ)」
「ニャ、ニャアアッ(そうなんですか。あの、私仲間と逸れちゃって・・・)」
「ナアアッ!(えっ、仲間?猫は一匹狼なんじゃなかったかしら?まぁ、いいわ。じゃあ、直ぐにでも仲間の所へ帰らなきゃね!)」
事情を話そうとするとウミネコさんは自分で解釈しだした。どうやら仲間の猫とはぐれたと思ったらしい。お節介好きなウミネコさんは不安げな私に、海を跳び跳ねる魚に狙いを付けて私の所まで数匹飛んで持って来てくれたのだ。
「ナアアアッ(ほら、たんと食べなさい。白いお嬢ちゃん)」
「ニャ、ニャアアッ♪(ありがとう、オネーサンッ!!)」
まだ新鮮な証拠だと言わんばかりに飛び跳ねる魚達。もうヤケで魚の頭にバシッと爪を喰い込ませ息を止めた後齧り付く。生臭かったが上手く鱗と背骨とハラワタを爪で剥いで白い身を食べた時の感動は、私が半ば猫になった証拠だ。
「ニャア、ニャアアッ(オネーサン、御馳走様でした)」
「ナアアアッ(どう致しまして、白いお嬢ちゃん)」
ネコまんまと魚を三匹、食べ過ぎだと反省しつつ彼女にちょっと聞いてみた。
「ニャアニャアッ(オネーサンはこの国で起こった魔族の襲来って知ってる?)」
「ナアアッ、ナアッ、ナアッ(知ってるわよ。昨日は凄かったわね。私達ウミネコは離れた所から眺めていたわ。私達が幾ら空を凌駕していると言っても、火に囲まれれば煙で肺をやられてしまう・・・だから遠くからこの町を傍観する事しか出来無かったの)」
「ニャア・・・(オネーサン・・・)」
しんみりして悲しみに耽る。――でも、悲しむのは後だ。
気持ちを切り替えて瞳を上げ、この国を守っている結界の事で、内側から打ち壊す事が出来るのか、最近結界の近くで不審な行動をしている人物が居ないかどうか聞いてみた。
「ナアアアアッ(内側から結界を壊す事が出来るか?って質問、答えは勿論イエスよ。結界を維持している魔術師を如何にかすれば、結界なんて簡単に壊れるからね」
「ニャア!!(ホント!)」
「ナアアアッ(ただ、力のある魔術師なんかだとその場所に居る事が少ないから、捜すのは大変って言っても、それが出来るのはこの国では国王しか居ないんだけどね。)」
心配しなくても検問所に居る魔術師はバッチリ波止場近くに居たからねと、告げられる。
「ナア、ナアアアアッ(ここの結界、検問所で魔術師が形を成すのは知ってるわよね。私達ウミネコは海側の検問所・・・つまり波止場のこの辺りで入国する人物や、荷物の審査を受けるのを毎日のように眺めてたけど、怪しい動きは見られなかったのよ)」
「ニャ(そうですか)」
結界を壊す事が出来る可能性について否定されなかった。だからそれを足がかりとしてみたが、海側ではそれは皆無だと言い切られた。だったら次は陸側の検問所だ――!!
***
ウミネコのオネーサンに魚と情報の提供に感謝して、お礼を言いながらポテポテ歩く事にした。
ついでといっちゃなんだけども、ルイ君とはぐれたペットのティムの事も尋ねると、「あのやんちゃ坊主が居なくなったのね。大丈夫よ。彼はこの町の猫のボス的存在だから」 と笑っていた。彼女曰く、彼にとって町は自分の部屋みたいなもんだから放っといても死なないと・・・彼女と何か一悶着でもあったのかなぁと、疑問に思いつつ新たな場所に出た。
「ニャアア?(さっきと違う場所だぁ・・・)」
ガウラ達と合流しようと中央広場に向かっていたのだが、どうやら南の方面へ出てしまったらしい。折れた木材の看板に“ポネリーア南”と書いている。崩れた瓦礫の上にピョンと跳び、辺りを見回す。出入り口と思しき場所から左の方に、簡易テントが見える。
「ニャアアア・・・(ティムは居ないし、結界を壊した人物は分からない。おまけにガウラと離ればなれ。私だけ他の人間にあっても話が通じないからカウンセリングなんて出来っこないし・・・)」
一人でも多くの人間を励ましたいが、一匹で動き回るなと釘を刺されたばかり。ここで静かにガウラを待つかと毛繕いしている時――
「!!(アレは!!)」
““背中に黒いブチの模様があるネコなんだ””
少年ルイ君が言ってたティムにそっくりな猫だ。生意気かどうかは喋らないと分からないけど、ちょっと話を聞いてみよう。
「ニャアアア・・・・ッ(すみませっ・・・!)」
何かの荷物が沢山積まれた建物の一角に、黒ブチのあるネコが複数と屯(たむろ)していた。
・・・多すぎじゃん!!こ、この中にティムはいるのか?大小様々な黒ブチ猫が10匹位いるぞ。しかも近寄りがたい雰囲気で怖すぎ。
一体何をしているのか、訊ねる前に瓦礫に隠れて聞き耳立てた。
「ニャアア(おい、この荷物の中に食料が入ってるって本当か?)」
「ニャア、ニャア(ああ、俺達が食べれそうな魚や肉が入ってる。この袋を破けば俺達の分は余裕であるぞ)」
「ブニャアアア!(人間ばっかりズルイよなっ!)」
「ニャアアアアッ!(は、早く私も食べたいっ!もうっ、こんな袋早く破いて中の物持って行こうよぉ)」
・・・ニャンと!こいつら、救援物資をくすねようと目論んでる!!
ど、どうしようっ!コレは見逃すべきか、見逃すまいか。貴方ならどうする!? みたいな。
あああ、でも彼らだって生きるのに必死だしなぁ。私は、お腹が空いたらガウラや強請ったら人にだって貰える。そんな彼らに偉そうに言えないよ。
とりあえず一旦ここの場所から移動しようと決意した時、崩れたレンガを踏み外してベシャッと転げたのである。十数匹居る黒ブチ猫は、一斉に月色の瞳をギラつかせて睨んできた。
「キシャアアアッ(誰だっ!!)」
「ギニャアアッ!!(そこに居るのは分かってるのよ!出てきなっ!!)」
「フウウウウッ!(人間かっ!?)」
大勢の猫に威嚇されブルブル震えて縮こまる。彼らの威嚇は獅子迫る勢いだ。
瓦礫に隠れた私の体を目に移して、一匹の黒ブチ猫が近付いて来た。しゃがみ込んだ私を、上から値踏みするように見ている。
「ニャアア・・・(こいつはっ、白い猫?!)」
「ニャアアッ(な、何!どれどれ・・・)」
言うとデップリしたメタボらしき黒ブチ猫が、体中を舐め回す様にジロジロ検分している。
近寄って来た右目を怪我した猫も一緒になって、クンクンと匂いを嗅ぎ出した。
「ギニャアアア(こいつぁ文句のつけようも無い純白だな。金の瞳といい、毛並みと言い、上玉じゃねえか!)」
「ニャアアアッ(匂いもたまんねぇ!コイツから魚の匂いがプンプンする! しゃぶって味見してぇ・・・)」
「ギニャアアアッ(おっ、俺が一番だっ!年上を立てやがれ)」
舌舐めずりして近付いてくる。
ちょっ、チョット!ナニその獲物を狩る様な体勢!
数匹は何故か取っ組み合いのケンカに突入して、残った力あるオス猫はにじり寄って今にも跳びかからんばかりだ。
その時、彼らの後ろから近付いて来たメス猫さんは私の顎をクイッと上げて、死刑宣告とも取れる言葉を発した。
「ニャアアッ(こんなに奇麗な毛並み、きっと裕福な家の人に凄く可愛がられていたのね。・・・でもご愁傷様。ここで皆に美味しく頂かれちゃいなさい)」
黒ブチ色の毛並みとは裏腹に、色っぽいその仕草。手の甲をペロリと舐め上げ、ツンとすましやがった! 頼みの綱のメス猫さんはドコ吹く風だ。
だ、誰か、ヘルプミーー!!
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