太陽に相反するように出現した闇夜によって、包み込むようにファインシャートを覆い隠す――
肌寒い風は、国民の恐怖心を煽り悪夢の助長を促して心の傷を抉り出す。
空に広がる満天の星々は、全てを見透かし真実を隠し通す。
瞼の裏を焼き尽くす程の禍々しい程の満月は、住民の心を嘲笑う。
平穏の世を望む人々の祈りは、神にも届かぬ位置にあり。
〜〜先の覇者が居なくなった後の、吟遊詩人が嘆いた詩(うた)より〜〜
「リオッ」
「ニャッ!(はっ!)」
騎士団の隊長ケネルさん、副隊長ノキアさんとポネリーアで別れた後、私とガウラは王宮へ戻る為に、元来た道を辿っていた。
満月の為か、幾分か夜目が利く整備された道の上で、夜空を眺めて違和感を感じてしまった。

(昨日見た月とはまた雰囲気が違う・・・?)
薄ら寒いを通り越して不気味だなんて、自分はどうかしてしまったのだろうか? ブルリと体を震わせて、ガウラによじ登る。
「どうしたんだ、どこか体調でも悪いのか?」
心ここにあらずの私の様子を見て、不安気に窺ってくるガウラ。
「ニャア、ニャア(別に、どこも悪くないよ。心配させてゴメンネ、ガウラ)」
何とも無いと訴えると納得してくれた。
ガウラは私の心の変化に気付いたのかもしれない。
「悲しい事や苦しい事は、全部オレに伝えて欲しい。・・・もうオレはリオの泣く顔を見たくない」
「ニャア(ガウラ・・・)」
「オレとの愛を育む部屋では、幾らでも甘い声でよがり鳴いてくれて構わないから・・・」
ソッチの漢字かよっ!
でも、よっぽど私と逸れたのが身に沁みたんだろう。滅多な事では私を傍から離す事はしなくなったガウラ。
私と再開した時、泣いた理由を聞きたがったが、自分でも言葉にするのが難しくて戸惑った。
(・・・ガウラにも自由を感じて欲しいんだよ。草原を駆ける事は出来なくても、せめて心は自由奔放だと感じる位には)
耳に響く甘い言葉を連ねられながら、一人と一匹は明かりの灯った王宮を目指す――
〜〜フリージア視点〜〜
エヴァディスおじ様、イールヴァ、ライウッドの三人と港町ポネリーアを離れ、王宮に戻ったのは夕刻が過ぎた頃だったと思います。
ポネリーアの惨状を見聞きし、心身が疲れ果て、王族と云えど華美な食事を制限した食べ物を無理やり喉に詰め込み飲み込んだ。一緒に食べていた三人はどんな事態にも備えられるよう訓練されているので、心身には異常が見られなかったと思います。質素な食事をペロリと食べていました。
「護衛ご苦労様でした。エヴァディスおじ様、イル、ライ、いつも迷惑掛けて御免なさい・・・その、ゆっくり休んでくださいね」
「いえ、我々は常に王族を守る為にあるのですから、謙遜なさらないで下さい。では、私は陛下に報告をしなければいけないので、この場で失礼致します。イル、ライ、後の事は頼んだぞ」
「「ハイッ、承りました!!」」
残りの二人にしっかりと釘を刺す様は、流石はおじ様だと思います。
踵を翻(ひるがえ)して食堂から姿が見えなくなる迄、私を含めた三人は直立不動で見送ったのですから。
「でも、今回はエヴァディス宰相の“お灸”が不問で助かったよ。僕、まだ昨日の“訓練”での筋肉痛が抜けてないんだ」
「・・・俺もだ。体の節々が痛いのは半月ぶりじゃないか?俺達もまだまだ“訓練”が足りないと言う事か」
「貴方達二人は、もう充分他の者達を凌駕しています。エヴァディスおじ様が更にお強いだけじゃないの!」
「あっ、」
「・・・っ姫、俺達より先に行くな!」
その代わりに彼等は私と共に半日はポネリーアの住民に、治療のお手伝いをしていました。
・・・瀕死の重傷患者が多数居るのに、疲れているとは決して言えません。ですがおじ様や自らの父に命令された事は、絶対に遂行しなければならないので彼等二人の近衛騎士は、私の自室前での警備も確定しています。
疲れていようが、常に交替で勤務に当たるその姿を見て、いつも胸が痛みます。罪滅ぼしとはまた違いますが、私も自室で休みたい気持ちを押しやって、自らの母に今日の事を報告しなくてはいけないのですから、痛み分けと言う事でしょうか。
ですが、これからはそんな甘い事等言ってられません。
私が将来女王になる為に、幾多の困難を乗り越えなければならないのですから。彼ら二人の協力が必要不可欠です。
さて、二人の近衛騎士にはまたいらぬ面倒だと思いますが、母の自室まで護衛として共に来て貰いましょう――
〜〜ハシュバット視点〜〜
白い石造りの頑丈な外壁共に内壁は、私が作り出した第一上級魔法の守護結界により、外からの生きとし生ける全ての者を遮断して、完璧に防いだつもりだった。ただ、覇者による守護獣任命の儀に於いて、崩壊した東の離宮を除いては計算外の事態として受け止め、修繕に臨んでいる。
今日一日のエヴァディスが調査した被害報告を、玉座に座り守護獣ディルの頭を撫でながら聞き取っていた。二人の上級魔族を含めた、魔物半数を見事に鎮圧してみせた腹心の部下に労いの言葉を掛ける。
「エヴァディスが居れば百人力だな。本当によくやった、国王として礼を言う」
「勿体無いお言葉、感謝の極みです。それと陛下、ポネリーアの住民における生き残りの人数は千人程確認しました。残りの四千人については名前と顔が一致しないので引き続き調査中です」
「そうか」
「水の眷属、ティアレストに清涼水の増量を望むよう交渉する等、魔術師をプロテカ神殿に明日送ります。よろしいですか?」
「それで良い、続けてくれ」
「はっ、同国内のレーニン、カナレイア、オゼ村共に魔族の襲来による被害は報告されておりません。しかし、最大の貿易を誇る首都ポネリーアを襲われたと聞き、どの国民にも動揺が走ったと思われます」
「ふむ、今回の襲撃は人間の心理を突いてきたな」
「・・・と言いますと?」
「最近魔族はパッタリと現れなかっただろう?しかし昨日現れたのは異世界の覇者が降臨した喜ばしい祭りの日。浮かれ切った住民を圧倒的な力で一気に奈落の底に突き落とし、這い付くばせる事に成功した。――これで魔族に逆らう者が居ると思うか?」
「いえ・・・」
「目的が何にせよ、これを機に魔族が地表に現れるかもな」
玉座から立ち上がり、床に跪いているエヴァディスに命令した。
「エヴァディス、2リコク後に、捕縛した二人の魔族を“絶魔の牢獄”で解き放て」
「御意、陛下の仰せのままに!」
――ディッセント国内に降り立った事、存分に後悔するが良い。
****こちらからでも飛べます


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