ガウラに服を頂ける事になったので、番兵さんが戻って来るまで元、閉じ込められていた牢のある部屋で三匹(?)と一人は話していた。
ピリマウムの自己管理・呪い等を感知する能力、守護の魔法は自分で判断して発動出来ないと、ガウラを介して伝えて貰う。
「不便な事には変わりないんだな」
「ニャアアッ(女神さまだって万能じゃないんだよ、きっと)」
一言も漏らさず通訳するガウラに、笑いを堪えながらも王様は納得してくれたみたいだ。どこかヌケてる所か大分大ヌケしてる女神さま、チョット親近感湧いちゃうよ!
「ではガウラは本当にこの国の結界には触れていないと?」
窓が一つしか無い、石造りの牢屋の中で簡易テーブルと椅子を用意して座り、この場を仕切って次々に尋問してくる王様。
ホントは他の番兵の人がする決まりとなっている。しかし覇者である私と、その守護獣には王宮で一番腕の立つ者が取り締まるのは王様が妥当だろうと言う事だ。例外中の例外らしい。
「勿論だ。ここに来た当初オレは足を怪我してただろう。完治してないのに人間が沢山いる場所でヒトを撒くなんて自殺行為はしない。国の内側なら尚更な」
すらすら喋る裸状態のガウラ。寒くない??王様のマントを貸してあげてよっ!
そう目で訴えるが、知ってか知らずか無視された。
「そうか、ではあの商人は何処であの宝石を見つけた? 翻訳機能について、アレは人間には作る事が出来ない代物のはずだ」
「それは確かなのか?」
「呪いが無いにしろ、獣がハヌマ語を話す芸当が出来る魔力を込めれるのは、世界中探したって人では作る事が出来ない。錬金術が得意な森の居住人コロボックルなら或いは・・・しかし手先の器用なコロボックルは魔力を全く持たないからな」
人間である可能性―――王様は逆立ちしたって人間には無理であり、そこ迄の技術はこの国には無いとそう伝える。つまり国境を越えようが越えていまいが、この世界では到底作り出せる人物など居ないと結論付けたのである。人間ではなく、この世界の住人では無いもの、それは・・・
「魔族か・・・宝石の出所はまぁ置いといて、結界を国の中から破いた者が誰か分からない」
これが分かればなーーと王様は溜息を付く。
「知らん。オレが捕まった時はもう奴は加工した金属に宝石を取り付けてあったんだ。オレが動けぬ様に手足に鎖を付けて、勝手に実験して一人で大喜びしていたしな」
自嘲気味に言葉を言い放つガウラ。きっと屈辱を感じさせられたんだろう。
そういえば、ガウラと一緒に居た商人風の人は何処行ったんだろうと辺りを見廻す。すると王様が「別室に捕らえている」と足を組みまた溜息を放った。
ムムッ、王様は私の動作を見て理解するのが上手いな。だったら裸のガウラにもマントを!!! そう主張するために王様のマントを齧ると、膝の上に乗せられてマントにフワッと包まれる・・・嗚呼暖かい、じゃなくて。ガウラにあげて!!
ぐったりして二人の質疑応答を王様の膝の上で聴き、窓から風が体に当たると体が震えてきた。アレだ。もよおしてきた。
「ニャア(トイレ貸して欲しいな)」
この大事な時になんだけども、躊躇してられんっ。万一粗相をしたら、何を言われるか分かったもんじゃないしね。
毛むくじゃらの手をポスポスと、王様の腕を軽くたたき恥を忍んで訴える。
「リオ、“トイレ”とは何だ?」
私の言葉を一つも聞き逃すまいと耳を傾けたガウラは、初めて聞く言葉にキョトンとして聞いてきた。
・・・悪気の無いその端正な顔も、今は少しばかり憎い。
わ、私この世界来てからまだ一回も用を足していないんだよぉ。そろそろ我慢の限界なんだ。一秒でも惜しいが、モジモジして喋り出す。
「ニャ、ニャアア(うっ、あの、排泄をする場所というか・・・用を足す場所って言うか)」
恥ずかしくなって俯く。
今のガウラは人間だから裸だ。
裸の状態のガウラは王様の膝の上でくるまっているマント外をして、私をゆっくり抱き上げてくれた。最初は申し訳ない気持ちで遠慮してたんだけど、ガウラが止めてくれないからもう為すがままにされてる。“トイレ”について理解して貰える様に、噛み砕いて説明すると納得してくれた。
ガウラは頷き、自らが排泄をしていた砂が在るらしき処まで連れて来てくれた。
牢屋の中の隅に砂場が置かれていて石の入れ物で隔たれている。そこに糞尿を置いておく。
尿だと汚れた砂が固まって処理しやすいとのこと。砂自体に消臭効果があるらしく、この上ですると匂いが全然気にならないらしい。
後は牢番の人が掃除してくれるので、衛生面では問題が無い。恥ずかしいけどこの際文句は置いといてガウラの腕から跳び下り、さあしようかなと思ったら・・・
・・・・・・・・
「どうした?リオ」
「ニャア、ニャア(あのね、ガウラ)」
「心配要らない。リオが“トイレ”をしている時は、片時も目を離さずにここに居る」
使命感に溢れんばかりに意気込んで、任せろと胸を叩いて見せてくれた。後光が射して瞳が輝いている。
マ、マジで??!
駄目だ! ココで流されたら、これからずっと“トイレ”は見られながらする事になるっ! 私は人間だったから、プライドや羞恥心もきちんとある。つーかまだ乙女の心も持っているハズ!!! 幾ら友達で守護獣でもあるガウラに、その申し出を断ろうとしたら・・・
「リオ、どうした?用を足す場所は其処だろう」
「ワンワンッ(さっさとしろよ、このノロマ猫!)」
忘れてた――!!!!
王様と黒犬ディルの存在を忘れてた。
そうだよ、こいつらまで居たんだった!!
ヤツラは私の心知らずと言った感じで、特に何も問題無いと言って排泄を促す。
王様にはまだ私が以前人間だったことを告げていない。つーか知られたくない。知られたら絶対今までよりからかってきそうなので、ガウラにもこっそり口止めしといたんだ・・・
うううう、排泄が出来ない苛立ちと、気がきかない男達(?)に我慢の限界で体がブルブル震えてきた。
「リオ、“トイレ”が出来ないのか? オレが手伝おうか??」
「へぇ、何故か知らんが私も手伝おう」
「何・・・!?オレの主だ。国王は黙ってて貰おうか」
「ワンワンワンッ(ノロマ猫!!てめぇ国のトップである俺の主に排泄を手伝わす気か!? てめぇの尻ぐらい自分の守護獣に拭かせろやっ)」
ギャンギャン騒ぎ出した男達。
全裸で胸を張り主の用足しを手伝おうとするKY<空気読めない>な守護獣。
国王なのに、私に対してはイマイチ高潔さが滲み出ない傲慢な王様。
王様にのみ従順に付き従う口の悪い守護獣のディル。
彼らの一方的な話しかけに私は遂にブチ切れた。
ゴゴゴゴ
「??何だ、この音は」
王様が一番に奇妙な感覚に気付く。
空気中で水分が一か所に集まり出した。この不自然な感覚にガウラとディルも戸惑う。
「リ、リオ、大丈・・・夫・・・か・・・??!!」
背を向けていた三人が私に振り向いた時、私の体の周りに数多くの水色の粒子が立ち昇る。異常な魔力の高まりに、神経は冴え金の瞳がこれでもかと一際輝くと言葉を放った。
「ニャアアアッッ!!!(この部屋から出て行って!!!)」
その言葉を放った瞬間、ピカッと目の前が光りシッポの毛も逆立つ。すると私の背後から3m位はある部屋一杯の、水の波と思しき高い壁が現れる。
コンマ三秒――――水に飲み込まれた瞬間は溺れると思ったのに、ザプンッッと勢い良く流れ出す激しい水の奔流は、三人だけを息つく暇も無く飲み込んだ。その流れは川の流れの如く一定で、部屋の外へと促す様に流れ出す。誰も居なくなった時、少しの間ポカンとするが。
不思議な事に私自身は全く濡れず、結果的に今この部屋には私しか居ない。チャンスだと思い、急いで砂場へ一直線に駆け出した。
******
「フニャア・・・(何か疲れた・・・)」
さっきは水が出て来たけど、肝心の砂場まで流されなくて良かった。アレには自分でもビックリ仰天したから。
ゲッソリして砂場を後にする。とりあえず使用した場所は他の砂でなんとか隠した。先程の事を思い出しウムム、と唸りながら毛繕いし出す。ペロペロ舐めていた時に、「リオッ」とビッショリ濡れて叫びながらガウラが入ってきて(まだ全裸だ!!)次いで王様、ディルが部屋の中にヨロヨロしながら入って来た。
番兵の人が牢屋に戻る道中、廊下がビショビショに濡れていたので怪しげになりつつも部屋を覗くと、砂場と猫が居る場所を除き辺りはびしょ濡れだった。呆気に取られ周りを見渡すと、犬一匹と裸の人間ガウラ、それに自らの国王まで濡れ鼠と化していたのだ。
王様の鷲色の髪からはポタポタと水が滴り落ち、国一番の仕立て屋からの特注品である赤い服も水をたっぷりと吸った為クスんだ色に様変わりしていた。
声にならない悲鳴を上げて、慌てて自ら使っていたマントの留め具を外すと国王に風邪を引かせないようにとの配慮で手渡す。持って来た服をガウラに預けて、体を拭く布と毛布・そして王様の着替えの服を取りに戻る為に再び引き返してくれたのだ。・・・取りに戻るより、私達が移動した方が早かったりして。
何らかの力で水を発現させたのは、やっぱり私・・・なのかな?
王様とガウラを見てチョッピリ罪悪感を覚えたので、私のトイレ事情を踏まえながらガウラに謝罪する。すると彼は優しい動作で私を抱き上げて、気にしてないと返事してくれた。さあ、後は王様とディルに謝罪を!!という事で喋り出す。
「ニャ、ニャオン(王様、ディル、さっきはゴメンネ。トイレしてる所見られたくなかったんだ)」
「?何て言っている??」
水を吸って重くなった自らの服を脱ぎ、上半身裸になりつつ借りたマントを羽織る。裸を視界に納めないように、王様の目を出来るだけ見る。・・・ガウラの下半身が見えちゃうから、出来るだけ俯かない様に気を付けてるんだ。
「申し訳ないと言っている。後、排泄は他人には見られたくなかったと」
「・・・そうか、悪かったな。以後気をつけよう」
王様とディルにペコリと頭を下げると分かってくれた。そうだ、ここらで王様を持ち上げてみようじゃないか!! 気分転換に良いかも知れない・・・と自分の肉球の手を合わせ、スリスリ擦りながら王様を褒めた。
「ニャア、ニャア!!(王様、水も滴る良い男ですねっ!カッコいい!!)」
右手を挙げて精一杯おだてる。
ガウラにさあ、通訳して!と期待を込めて頼み込んだ。
「!!・・・国王の服のセンスが残念だと言っている。水に濡れて良かったなだと」
「・・・・・その通訳嘘だろう?」
「ワンッ(アホか)」
慌てながら首を振る私の動作を見てから、悪びれも無く話すガウラを見て王様が話の内容を嘘と見抜いた。
ディルは呆れ返りそっぽを向く。
本気に取っていない王様の態度に、ガウラが拗ねたのは言うまでも無い――
水を拭く布と毛布を持って来てくれたので、二人は布で体を拭いてから服を着替えだす。この世界の基準てまだ知らないんだけど、王様は元より、ガウラの服も結構高価そう。
シンプルなデザインだけど、生地は丁寧に編み込まれた糸で生成されてる。腕や胸にもポケットが付いていて機能的にも使いやすそう。靴は踝より上にあるブーツで全身の見た目もセンスが良い。
薄い緑色で全身は整えられて、どちらかというと私の世界の簡単ミリタリー風なイメージを思わせる。誰かの貰い物かな?とチラリと王様を見ると「私の昔着てた私服だ」とのたまった。
王様のお下がりっっ??!!とりあえずお礼のつもりで王様の手を一舐め。その後、瞼が重くてつい眠っちゃったんだよね。王様の膝の上で・・・
うとうとし出してから何分経っただろう。
今私は王様の膝の上で丸くなっています。体を優しく撫でられて夢見心地。頭の上で何やら色んな声が聞こえてきた。
「お父様・・・あの、この御方が覇者様なのですか?」
「そうだ――と、何だお前たち、姫の護衛をしてろと命じたのにこんな所まで来て。・・・後でお仕置きだな」
――腕を組んでる王様の顔は笑っているのに目が怖い。
溜息を吐きながら腕の中にくるまっている白い猫の背中を優しく撫でた。
理緒が寝ている時に三人は離宮の牢屋に着いた。
最初地べたにマントを敷いて座っていた国王を見て、顔面蒼白状態になっている牢番の兵士に事の成り行きを聞き、何が必要か考え、二人の騎士によって国王が快適に過ごせる様に急いで運び出されたのだ。
ランプに明かりが細々と付けられてはいたが部屋の雰囲気は暗く、お世辞にも華々しいとは無縁の牢屋だったのだが・・・本の字が読めるか読めないかの暗さの部屋が、今では天井に穴が空き、ポッカリと照らし出された月のおかげで更に明るく幻想を誘う。
石の壁で構造されてる建物で、冷たい温度が伝わる壁や床も暖炉に点けた炎で体は温かい(フリージアの魔法によって火を点けて貰って、即効部屋の中の水も蒸発してもらった)
豪華な絨毯の上で、クッションを下に引きながら寛ぐ王様と猫。本来の質素な牢屋が一瞬にして快適な場と化したようだ。
王様の横で欠伸をしているディルもうつらうつらと船を漕ぎ、主より先に眠らんと粘っている。
この場に相応しくない異様な雰囲気で王様を睨みつけているリオの守護獣ガウラは、渋々ながらこの一時に身を委ねていた。
「異世界の覇者だな。純白の猫はこの世界に居ないのは知ってるだろう?神の使いと称される伝説の“ユキハル”と同じだ。かつて世界を救済した純白の猫・・・名前こそ違うがこの私の定める御世に使わされた。きっと間もなく新たな始まりの時代がやって来る」
“ユキハル”・・・とフリージアは繰り返し口にする。
「それは良い意味での事ですよね? 期待しても良いんですよね??」
「勿論だ。その証拠に、早速この私の度肝を抜きおった」
「え?」
猫に視線を向ける父の目元が一瞬鋭くなる。自らと話す時はその激しい気を極力抑える為か、いつもは穏やかなのだ。きっと、父がソレを隠そうとしない何かの理由があったのだろう。
「猫の名前はリオと言うらしいのだが、小さくてもその体に秘めたる魔力は膨大だ。私よりあるかもしれん」
「その、お父様よりもですか? 幾ら覇者様でも、お父様よりはそんな・・・?」
「お前達は見なかったのか?金色の守護結界を突き抜けた光の柱を。あの結界は生物や攻撃魔法を全て弾く第一上級魔法――しかも私が作り上げた守護結界だ。アレが全てを物語っているとは思えないか?」
父が指し示す方向を見て三人とも驚愕する。天井の大穴を突き抜けて、金色の結界までも穴が開いている。決して破られる事は無いだろうと自負していた自尊心が打ち砕かれたのだ。
「・・・!!」
「最強の名をリオに返上しないとな」
実際、リオが放つ魔法を防げなかったからなーーと呟く。傍らにいるディルは悔しげにキュウウンと一鳴き。己の守護獣の背を優しく撫で大丈夫だと諭してやった。
久しく見ていなかったとはいえ、水の魔法をまともに喰らったのだ。しかも無詠唱。もしこれが炎や雷の魔法なら今頃命は無かったかもしれない。
「そんな馬鹿な!! この国のかつての最強魔法騎士である国王陛下よりも魔力が上だなんて、この世界には有り得ない!!」
国王の言葉に銀の髪の騎士、イールヴァは驚きに声を荒げた。この間抜けそうな猫が・・・と顔を歪めて小さく呟く。
「イル、言動に気をつけろ! 陛下に対してそんな言葉使いは、幾らお前でも許されるものじゃない」
ライウッドは幼馴染のイールヴァを窘める。信じられない気持ちは己自身もあるのだが、陛下の言葉を偽りと取るのも臣下としてどうかと親友を諭す。
理緒の近くで座っていたガウラはイールヴァが放った先程の小さな罵倒の声を一言も聞き洩らさず耳にしていた。人間よりも聴力に優れ、ハッキリ聞き取ったガウラが眼力を鋭くしてイールヴァを睨みつける。
「な、何だお前。何者だ?」
「リオは早速水の魔法を無詠唱で発動した。お前達人間や魔術師で水の魔法を唱えて発動させた者はいるのか?・・・“カイナ”であるオレの名前はガウラ。リオの守護獣だ」
眼力で人を射殺せるような眼差しをイールヴァに向けた後、国王の腕の中で瞼を閉じて夢を見ている猫に視線を移す。するとその眼力は嘘の様に惚けて慈愛に満ちた微笑みをリオに向けていた。
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