【インタビュー】NTTコムOCNサービス部長、小林洋子さんに聞く
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今回は、NTTコミュニケーションズでネットビジネス事業本部OCNサービス部長を務める小林洋子さんに、落ち込んだ時の対処法と部下とのつき合い方について伺った。
「会社に行きたくない」「上司が何となく冷たい」…。仕事で挫折感を味わった時、まず何をするか。「自分の気持ちを、紙に書き出すようにしています。何が辛いのかをはっきりさせるために」と小林さんは言う。
小林さんが初めて挫折感を味わったのは20年近く前、32歳で異動した時だった。それまで広報部に所属していた小林さんは、折りしも日本電電公社からの民営化が終わった頃で、忙しいながらも責任ある仕事を任されていた。ところが突然、新しい業務改善プロジェクト「現場業務抜本改善会議」を行う部署に異動になった。
「現場業務抜本改善会議」は、社内外のサービス改善のための企画をし、それを実行するプロジェクト。差し迫った日常業務案件があるわけではなく、自分で仕事を見つけなければいけない。「広報にいた時は、朝出社すると15分単位でスケジュールがびっしり詰まっていたのに、この部署では何をやったらいいのか分からず悩みました」
この部署に小林さんは課長として配属されたが、「50人のうち半分が部長で、半分が課長。当然自分には部下がいず、全部一人でやらなければいけなかったのです」。広報時代は宣伝係長として数人の部下を抱えていたので、突然の環境の変化に戸惑った。「業務を改善しないといけないのですが、何から始めたらいいのか分からない。自分は会社に不必要な人間ではないか、とまで思いました」。そんな時に小林さんが試みたのが、自分の感じていることを書き出す方法だった。
■「嫌なこと」を具体的に書き出し、解決法を探る
「挫折感を味わっている時は、すべての状況が何となく嫌だ、と感じてしまうものです。会社に行きたくない、仕事が面白くない、毎日が憂うつだ、とか」。こういう時は「嫌なこと」を具体的に書き出してみる。「例えば私の場合は、何の仕事をすればいいか分からない、部下がいない、なんだか左遷されたような気がする、隣の男性のタバコの煙が嫌だ…といった具合に、細かく書きました」
次に、それらの個々の問題をどう解決できるか考えて書く。「何の仕事をすればいいか分からない」に対しては、「自分で考えて仕事を企画すればいい」と回答を出す。「部下がいない」に対しては、「いないと何が困るか考えると、実は困らないと分かった。今はやるべき仕事がないので、必要ない。仕事が決まったら、部下をほしいと申請すればいい」と回答する。
こうして問題を細かく分解し、それぞれに答えを出していく。「左遷されたのか?」という不安については、思い切って上司に相談した。「ここはもしかして“姥捨て山”ですか、とはっきり聞きました」。すると当時の上司は、「現場業務の抜本的改善は、会社が本気で取り組んでいるテーマだ。集まったスタッフは、それぞれ違う部署から来ているエキスパート集団。君は広報の専門家として呼ばれた。だからこそ、新企画を考えることができるのだ」と説明した。
最後の「隣の人のタバコがうっとうしい」に対しては、相手に対して素直に「タバコが煙いので、少し遠慮してもらえませんか」と言えばいい。心の中にわだかまっていたモヤモヤを一つひとつつぶして、問題を解決していった。
「何となく嫌なこと」を、“塊”のまま頭の中で考えていると「どうしてこんな目に遭うのか? 自分が女だからか?」といった“被害妄想”から逃れられなくなる。しかし「嫌なこと」の要素を具体的に紙に書き出すことで、自分自身の問題とほかの人に起因する問題にカテゴリー分けできる。「これによって物事を客観視することができ、アサーティブな行動を起こせるようになるのです」
「落ち込み」は複合的な事象が重なって起きることが多い。ぐちゃぐちゃになった事柄を分解していくことで、問題がクリアになる。分解すると、一つひとつは大したことではないと分かり、それぞれに回答を見つけることで解決に至る。
■挫折している時こそ、自分が成長する時
落ち込んだ時に具体的に紙に書き出すやり方は、以前の上司に教わったものだと小林さんは言う。当時の上司は、「『なぜ?』を7回繰り返せば、物事の本質が見えてくる」という言ったそうだ。
小林さんがその上司のもとからNTTの支店に転勤になった当初、支店の大口ユーザーから、高速通信サービスについてクレームが来たという。申し込んでから工事まで、時間がかかりすぎるというのだ。工事は、そもそも時間がかかる種類のものだった。しかしお客へのサービスという視点から、「なぜ」と問いかけてみる。この場合「なぜ、工事がすぐできないのか」と考えてみるのだ。すると「工事に携わる作業員が足りないからではないか」と答えが出る。
次に「では、なぜ作業員が足りないのか」と考える。「そのラインの要員管理者が、必要な作業員数を把握していないからだ」。次に「なぜ管理者は、把握していないのか」と考え、「支店の責任者から管理部門に、市場の伸びやユーザーの声などの情報が伝わってないからだ」と答えが出る。次に「なぜ、支店の実情が管理部門に伝わっていないのか」→「現場が支店の上司にきちんと報告していないからではないか」と答えが得られる。最終的に「それでは現場の担当者に、上司への報告を徹底させればいい」という結論が見えてくる。
「なぜ」を何度か繰り返すことで問題の原因と解決策が明らかになる。「大抵の場合、7回繰り返す前に物事の本質が見えてきます」と小林さんは言う。
「現場業務抜本改善会議に着任した当初は閑職で、自分は干されているのかと思っていましたが、今振り返れば、こうした論理的思考能力や精神的強さなど、大切なものを学んだと思います」と語る小林さん。「うまくいっている時は、何も身につけていない。既に自分の身についているものを使っているだけなのです。立ち止まって苦しんで、いろいろな人から様々なことを教えてもらうことが、自分の財産になるのです」。自分がダメになっている時こそ、成長の時なのだ。
また、落ち込んでいる時に「誰とも話をせずに引きこもっていると、何も得られません」。必ず誰かと接触するべきだという。体を動かすのも1つの方法だ。大阪に転勤し、仕事内容が急激に変わってストレスがたまった時、小林さんは、昼休みに大阪城公園の周りを全速力で走ったという。「ぜいぜい言って呼吸ができなくなるまで走る。するとあまりの苦しさに、仕事の辛さを忘れる。人間の体はよくできていて、追い込まれるとまず『息をする』ことを優先する。すると、それ以外のことは気にならなくなるのです」
挫折感を味わった時の解消法として、小林さんが挙げたものをまとめると次の3つになる。 1)紙に具体的に書き出して、「なぜ」を7回繰り返す
2)様々な人に接し、コミュニケーションから糸口をつかむ
3)頭や心が疲れたときには、それ以上に体を酷使する
■部下とミッションを共有し、チームメンバーとしてつき合う
以前、Webメンターが回答します:男性部下が言うことを聞かないの記事で、小林さんにもメンターとして回答していただいた。こういう部下には、どう対処すればいいのか。この時の事例に触れながら小林さんは、こう言う。「回答では書きませんでしたが、そもそもなぜ部下が言うことを聞かないかというと、ミッションの共有化ができていないからなのです」
自分たちのチームは何を目指しているのか。チームとして、いつまでに何を成し遂げればいいのか。そのために、誰がどう役割分担するか。ミッションを上司と部下が共有していれば、こういう悩みは出てこないはずだという。
「上の命令だからやれというのではなく、部下自身のプログラムとして考えてもらわなければいけないのです」と小林さんは言う。仕事のミッションを共有すれば、上司と部下の間に「何日までにやりましょう」「分かりました、やります」という関係ができる。やりますといった部下がサボっている場合は、「あなたが自分でやると言ったのに、できていないのはなぜか」と原因を聞けばいいのだ。
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「部下は、あくまで組織の一員として叱るということです」と小林さん。チームのミッションを部下と共有し、目標を部下が達成していなければ組織の長として理由を聞き出す。部下が「自分が怠っていたのが原因でした」と気づけば、「それでは、怠ってはダメですよ」と言えばいい。もし部下が、「自分のせいではなく課長が…」と言い出したら、課長本人もその場に呼び、皆で話す。これによって原因が明らかになる。
「7つのなぜ」と同様、一つひとつ部下に質問を投げていくことで、部下自身の気づきを促す。「叱る時、この順番を間違えて『君はいつも何もできていない』と怒ってしまうと、相手の人格を傷つけてしまいます」
「大切なのは、『あなたが』ではなく『私たちが』という言い方をすること。英語なら、YouでなくWeですね」と小林さん。日本語ではこの違いを出しにくいので、語尾を工夫する。部下に対して「何日までにこの仕事をやりなさい」ではなく「何日までにこの仕事をやろうね」という言い方をする。
■マネジャーは、“愛されたい症候群”から脱却すべし
ただし、部下を叱る時に「どうしても記憶に残してほしい時は、あえてイヤな思いをしてもらいます」と小林さんは言う。例えば、セクハラと勘違いされるような言動をする人をたしなめる場合、「もっとコミュニケーションの仕方を考えなさい」という言い方だけでは、本人の気づきを促せない。
「セクハラ的発言は、言われた相手はとても傷ついているのに、言った本人はそれほど悪気がない場合が多いのです」。こういう発言をする人を叱る時は、「あなたは○月○日に、○○と言ってメンバーを傷つけた。その発言はチームの仲間として失格、退場だ。私のチームには、そういう人はいらない。なぜ仲間が傷ついたかを考えて、二度と繰り返さないこと」と手厳しく言う。具体的な言い方をすることが大事だ。
「わざと、相手の心に突き刺さるような言葉を選びます。言われた本人は、とても嫌な思いをするはず。これがリマインドになって、次からはセクハラ的言動をしないよう、とても慎重になるのです」
こういう叱り方をすると、時には部下から疎まれるかもしれない。上司は時として、悪役にならなければいけないのだろうか。「それはマネジャーとして当然」と小林さん。「マネジャーはまず、“愛されたい症候群”から脱却しないといけないのです」
「最近のリーダーたちは男性も女性も、部下と摩擦を起こしてまで説諭できなくなってきています。嫌な雰囲気になるのも困るから…といって、言うべきことをきちんと言えていない」。しかし、部下に対してアサーティブに指導することが必要、と小林さんは指摘する。「アサーティブな対応というのは、特に日本人の女性が苦手なこと。嫌なことは嫌、やるべきことはやるべきだと、明確な意思表示をするべきなのです」
喧嘩ごしでなく、論理的にきっぱりと、そしてできれば感じよく相手に伝えるべきことを伝える。リーダーはまず、こうしたアサーティブなコミュニケーションを心がけるべき、と小林さんは語った。
■小林洋子(こばやし・ようこ)
早稲田大学法学部卒業後、日本電信電話公社(当時)に入社、総裁室に配属。1985年のNTT民営化時にはCI(コーポレートアイデンティティー)を担当。92年中野支店に営業部長として配属される。94年マルチメディア推進部普及促進担当部長として、96年のOCNサービス立ち上げに活躍。99年C&O事業部営業推進部担当部長として代理店戦略を担当。2002年からOCNのプロダクトオーナーとして現職。約200人の部下を持つ。
日経ビジネス・アソシエより