精神と時の部屋

そこには憔悴しきった表情が写し出されている。
洗面台に取り付けられた冷たい鏡。
お風呂の湯気で曇った鏡から、だんだんとその姿が露呈されていく。

鋭く深い目の中に、一体何が写し出されているのだろうか・・・。
知っているのはその鏡とおれ自身だけ。


それはもう一人の自分。
悪魔。
そこには間違いなくもう一人の自分が目の前に存在する。
冷たく凍えてしまいそうな目は、自分の心をも凍らせていく。

自分の中の悪魔に心が侵略されて、憎悪が全てを支配する。
憎悪に支配された心は自分で自分を傷つけ、その傷口を他人に癒してもらおうと見せつける。
しかし、求めていない言葉を目にしては自己嫌悪に陥っていく。。。
何か見返りを求めている自分に嫌気が差す。
そして理解を得られない自分に孤独を感じる。
最悪の悪循環だ。


もう自分ではどうにもならない。
「頑張れ！」と言う言葉も、今のおれには何の意味も持たないのだ。
今まで十分頑張ってきた。
努力して自分を変えていこうと踏ん張ってきた。
今さら「頑張れ！」の一言は、おれにとっては「破壊」を意味している。
ガソリンの無くなった車を押しても、以前のように風を切って走ることはできないのだ。

時間だけは同じ速度で進んでいる。
しかし、今のおれには一秒一秒が永遠に感じる。

それは「精神と時の部屋」だ。
そこには鳥山明が描いた哲学が映し出されていたのかもしれない。
真っ白で広大な空間に、空気の薄さと重力がのし掛かる世界。
そしてゆっくりと、むしろ止まっているかのような錯覚さえ覚える時間。
空間と時間に精神は蝕まれ、空気と重力に身体は傷付いていく。
そこでの修行を無事に終えた者は、以前にも増して生命エネルギーが漲り、悪魔に打ち勝つことができるのだろう。


その部屋に足を踏み入れたおれは、今にでも逃げ出したい感情を必死で堪えている。
無事に修行を終えた自分を想像させる間もなく、息苦しさと重力が重くのし掛かる。


しかし、おれはそこでさらに肉体を追い詰める。
でないと自分の精神と肉体が剥離され、自分の存在が消えてしまいそうな錯覚に陥ってしまうのだ・・・。