ポン助の迷走日記

30歳目前・無職から、まあ何とかなるでしょうという日々を綴ったブログ。実際、何とかなりかけている。

真夜中に目が覚めた

2008年02月10日 | ショートショート
真夜中に目が覚めた。

眠りが浅かったのか、今ひとつ夢と現実の境がはっきりしない。
枕元にある時計を見る気にはならないが、夜明けには程遠い時間だろう。
私は再び目を閉じ、寝直そうとした。

さっきまで見ていた夢がまとわりついているような気がする。
気持ちの悪い夢だった事は覚えているが、内容は何ひとつ思い出せない。
思い出せない事が気分の悪さに拍車をかけ、神経を過敏にさせる。

私は何も考えないように努めた。
眠れない夜にだけ聞こえる冷蔵庫のモーター音や、
チッ、チッという時計の秒針に意識を向けて、
再び眠りが訪れるのを待つ。

ピピピピピ・・・・・・ピピピピピ・・・・・・

私は聞き慣れない電子音に気付いた。
遥か彼方で鳴っているような小さな音だ。

ピピピピピ・・・・・・ピピピピピ・・・・・・

電子音はなかなか鳴り止まない。
どこかの家で携帯電話でも鳴っているのだろうか?

私は何となくその音を数え始めた。

7・・・・・・8・・・・・・9・・・・・・。

19・・・・・・20・・・・・・21・・・・・・。

63・・・・・・64・・・・・・65・・・・・・。

100までいくだろうかと私はぼんやり思った。
いつの間にか冷蔵庫や秒針の音はまったく聞こえなくなっていた。

ピルルルル!ピルルルル!ピルルルル!

93まで数えた時、大きな音がその電子音に取って代わった。

一瞬、なにが起こったのか分からなかったが、
枕元に時計と並べて置いてある、自分の携帯電話が鳴っているのだと気付いた。

半分眠りかけていた私は目を閉じたまま、あたふたと携帯を探す。
何度かの空振りの後に大音量で鳴っている携帯を捕まえた。
そのまま指が覚えている通話ボタンを押し、携帯を耳に当てた。

「・・・・・・もしもし」
「・・・・・・」

電話先の相手は何も答えなかった。
微かな息遣いから電話がつながっているのは分かる。

いたずらだと思い怒りが込み上げてくるが、感情に頭がついてこない。
私は電話を切る事もせず、相手に怒鳴る事もせず、
ただそのまま、沈黙に付き合っていた。

相手の口元がイメージとして頭に浮かぶ。
薄笑いを浮かべている口がはっきり見えた気がした。

その口がそっと開く。

「・・・・・・こんどは、逃げられないよ」

粘りつくような声が頭の奥に滑り込んできた。
私は思わず目を開き、携帯に顔を向けた。

そこにあったのは空っぽの右手だけだった。
携帯を持っているつもりで半開きになった手は妙に間が抜けて見えた。

確かに携帯を持っていた感覚があったのだが、寝惚けていたのだろうか?
私は現実を確かめるようにあたりを見回した。

・・・・・・ここは、どこだ?

仄暗い中で私は見知らぬベッドに入っていた。
部屋の中には何ひとつ家具がない。
家具どころか、窓も、ドアも、ない。

まるで、外界から遮断された立方体の中に
閉じ込められているようだった。

壁に囲まれた何も無い部屋。
はたと私はこの部屋をどこかで見たことがあるような気がした。

まだぼんやりしている頭で記憶を辿ってみるが、
動揺しているのか、気持ちの悪い夢を見て
目を覚ます前の事がまったく思い出せない。

・・・・・・夢。

そうだ、この部屋はさっき見た夢に出てきた。
出入口のない狭苦しい部屋。

私は自分が誰なのか忘れてしまった状態でこの部屋に閉じ込められ、
逃げ出そうとして目を覚ましたんだった。

そこまで考えて、すっと血の気が引いた。

私は懸命に頭を働かせて、自分の事を思い出そうとした。
私はどこにいたのか、私が誰であるのか。

だが、何ひとつ思い出す事はできなかった。
それは、たったいま見ていた夢を思い出せない感覚に似ていた。

ピピピピピ・・・・・・ピピピピピ・・・・・・

どこかから、あの音が聞こえてきた。
今度はさっきよりもずっと近くで。

その瞬間、私はもう逃げられないのだと分かった気がした。

ピピピピピ・・・・・・ピピピピピ・・・・・・

私はその音から少しでも離れようとベッドに潜り込んだ。
ベッドの中で私は耳を塞ぎ、目を堅く閉じた。
あの薄笑いを浮かべた口がまぶたの裏にちらつく。

ピピピピピ・・・・・・ピピピピピ・・・・・・

音はいつまでも鳴り止まなかった。
私はますます身を小さくしながら、
他の誰かにもこの音が聞こえているのだろうかと考えていた。

エピローグ

2008年01月13日 | ショートショート
深山祐二は大学から1時間半かけて自分の部屋に帰ってきた。
入学したばかりの頃に、ファッション雑誌を見て買った
ラガシャのバッグを床に置いて、エアコンのスイッチを入れる。
黴臭いながらも心地よい冷風に、汗だくの身体をしばらくさらしていた。

この1DKの部屋に住み始めて2度目の夏だった。
あと1週間で夏休みが始まる。
今年の夏休みはバイトでもしようかという考えが
ふと、祐二の頭に浮かんだ。

祐二は部屋着に着替えて、台所の水道で手を洗った。
手を洗うだけの時には、ユニットバスに入る気にならない。
黒ずんだ石鹸の泡が、置きっぱなしになっている茶碗に入るのが少し気になった。

シンクの脇には2本の歯ブラシが入ったマグカップが置いてある。
2本の歯ブラシは1つが青、もう1つがピンクの柄をしていた。

「毛先、開いてんな」

祐二は2本の歯ブラシを手に取ってそう呟くと、
そのまま2本ともゴミ箱に捨てた。

部屋はそれほど広くないおかげで、すぐに涼しくなる。
祐二はバッグから、透明なケースに入ったDVDを取り出してデッキに入れた。
バッグの中には、同じケースに入ったDVDがあと2本入っている。
近くのレンタル店で借りてきた、最近話題になっている3部作の映画だった。

祐二はリモコンを手に取り、テレビの前に座った。

「いてっ」

硬いものが祐二の足に当たった。
何かと思い拾い上げてみると、女性もののピアスだった。
昨日、部屋に来た由香が忘れていったのだろう。
由香がピアスを忘れていったのは初めてのことだった。

大学に入学してすぐに付き合い始めた由香は
ピアスが好きではないようで部屋に来るとすぐに外してしまう。
いつまで経ってもむず痒い感覚になれないと言っていた。

それでも毎日ピアスをつけているのだから、
女性はよく分からないと祐二は思っていた。

そのピアスをテーブルの上に乗せ、DVDの再生ボタンを押す。
祐二は普段、映画やテレビをほとんど見ない。
それよりは友人や彼女とどこかに出かける方が好きだった。

去年の夏はバイトもせず、由香と遊んでばかりいたために
仕送り日まであと1週間の時点で銀行の残高が68円になってしまった。
その時は親に泣きついて3万円を前借りした。

それからも度々、仕送りでは生活費が足りない事があったが、
バイトをして由香と会える時間を減らすのは嫌だったし、
かと言って、遊ぶのに使う金を減らす事も考えなかった。

結果、祐二はこの1年で消費者金融に20万円ほど借金を作ってしまった。
そろそろ元本を返し始めないとまずいな、と思っていたところだった。

借りてきたDVDは話題になっているだけあって面白く、
祐二は映画に没頭していた。
話も佳境に差し掛かってきた頃、家の電話がなった。

授業が始まる前に携帯の電源を切ったままだったのを思い出す。
立ち上がるのも面倒だし、そのまま呼び出し音を無視していた。

3回目の呼び出し音で留守電に切り替わり、
機械的な女性の声が留守である旨を電話先の相手に伝え、
ピーッという発信音が鳴った。

「・・・・・・もしもし、由香です。
 昨日なんだけど、ピアスを忘れたみたいなので、
 送ってもらえませんか。
 あ、別に学校で渡してもらってもいいんですけど・・・・・・。
 気にいってるので、お願いします」

ガチャリという、電話の切れる音。
続けて鳴るツー、ツー、ツーという音。

留守電の発信音、電話を切る時の音、切った後の音。
どれもこれも、どうしてこんなに気に障る音を選ぶのだろうと祐二は思った。
そんなことが気になるのは初めてだった。

好きな人ができたから別れてほしいと告げられたのが昨日のことだ。
いつものように由香が部屋にやってきて、いつものようにピアスを外した。
そこから先もいつもと同じだと祐二は思っていた。

いつの間にか映画はクライマックスを過ぎ、エピローグに入っていた。
話が分からなくなったので、祐二はDVDを止めた。
どうせ時間はあるのだし、明日もう1度見るつもりになっていた。

そのまま何となくテレビを見続け、
寝ようとした時に歯ブラシがないことに気付いた。
ゴミ箱から拾い上げて使う気にはなれない。

明日は行方不明になっているピアスの片方を探して、
歯ブラシと封筒を買ってこよう。歯ブラシは1本でいい。

そんなことを考えながら、祐二は歯を磨かないまま布団に入った。