詩の自画像

昨日を書き、今日を書く。明日も書くことだろう。

桜が咲く頃

2017-02-26 17:13:01 | 

桜が咲く頃

 

この散歩コースには 
東日本大震災の
津波による被害者の
遺体安置所になっていた体育館がある 

三年前の 桜が咲く頃には
体育館の扉の中から 
泣きながら
名前を連呼する声が聞こえてきた

扉を開けると
無言の棺がいっぱい置かれていて
その前で 立ち止まっては顔を確認し 
名前を呼び続けた

体育館の中は 名前が反響しあって
舟のように揺れていた

名前を捜しながら
船酔いしたような青白い顔が
灯りに 
ぼんやりと浮かんでいたのを覚えている

遺体同士が
何かを囁きあっていたようだが
狂乱していたのだろう
気づかずに通り過ぎてきた

DNA鑑定を待っている棺もあったが
いつの間にか
桜は散ってしまった

葉桜を小まめに折りたたむと
暑い夏がやってきた

腐敗しないようにと温度調節をしても
家族を待つ棺の数が減ることは無かった

あれから三年が過ぎた
あの体育館は 
元の目的の場所に戻っていったが

桜の花が咲く頃になると
いまだに 体育館の中では名前が反響し
舟のように揺れるらしい

だから桜の花びらは
魂の一つ一つを慰めるようにしながら
散っていく

体育館の中から
元気な声が聞こえてくる
パス回しをしながら
シュートの練習をしているのだろう

ぐるりと回って
ボールが落ちてくる
その下には
忘れてはならないものが待っているのだ

 


不安の壺

2017-02-26 06:33:29 | 

不安の壺

 

人は誰でも 不安の壺を持っている

蓋のある壺なのだが

大きさは それぞれだ

 

蓋の開け閉めを頻繁にしている人

蓋が錆付いたまま放置している人

ときどき 思い出したように蓋を開ける人

蓋を開けたまま閉め忘れている人

 

蓋を閉め忘れた人の壺は

一番大きくて重い

 

今まで 一度も開けたことがない人も

この頃は 頻繁に

壺の蓋を開けるという

 

開けると 

生気をなくしたような顔色になるから

まわりから診察を勧められる

 

人への伝染はないのだが

心気するものに

思わず開けてしまう人もいるらしい

 

原発事故から三年が過ぎ

補償の線引きがやっと終わったものの

古里は何も変わらない

 

心療内科は

予約制なのだが

このような新患が増えているという

 

壺を持ったまま

診察室で

じっと名前を呼ばれるのを待っている

 

名前を呼ばれると

ドクターは壺の大きさをまず確かめる

蓋閉めを忘れる人には

壺の中まで

丁寧に診察する必要があるのだ

 

ときどき ドクターも

顔色を悪くしたりしているから心配だ

同じような訴えばかりだから

その気持ちが伝染したのだろうか

 

壺の大きさはまちまちだから

症状を聴きながら

壺の中を覗いたりもする

 

壺の中には

たくさんの不安が入っているから

治療する症状の

しぼり込みには時間がかかる

 

だから 診察室の中は

ゆっくりと時間が流れていく

 

壺の中では

不安の数が増えたり減ったりしているが

カルテに書き込む

症状の一つ一つに未練はない

 

人は誰でも 不安の壺を持っているが

壺を見せ合ったり

壺の大きさを競ってはならないのだ