詩の自画像

昨日を書き、今日を書く。明日も書くことだろう。

住宅事情

2015-10-31 06:43:24 | 

市の中心部に

コンパスの針を刺した

 

大きな市の机に地図を広げて

くるりと一巡させる

 

狂いがあると困るから

もう一巡くるりとした

 

コンパスの円の中は

原発震災前の町

空き地がいっぱいあった

 

もう一度くるりと

まわしてみると

もうどこにも空き地がない

 

円の外に

はみ出た多くの場所には

新しい住宅ができ

 

こんな!

と 驚くような場所にも

新しい住宅が

ぶら下がるような姿でできている

 

もうこの地図では

住宅事情など分からない

 

不動屋さんは

休みもなく空き地探しで忙しい

それにしても

とんでもなく価格が高騰した

 

大工さんも同じで

二年先まで予定がぎっしり

坪単価も大きく上昇した

 

それでも 

そこに割り込みたいのだが

この価格ではと

諦めが先に立つ人が増えている

 

仕方がないからと

県境を出て

少しでも安い土地を求め

住宅を建築する

と いう避難者が増えてきた

 

一方役場では

古里が無くなるという危惧が

年々大きくなってきた

国と歩調を合わせるようにして

帰還を促している

 

放射線量は

除染の効果はあるものの

まだらだ

それでも戻れという声が大きい

 

町のアンケートの数値は無情だ

国や町の声を跳ね返すように

町を維持する数値にはならない

 

無情にならなければ

子供たちや孫たちの世代にまで

責任が持てない

 

放射線量は目に見えないし

後からじわりと影響がでてくる

 

五年目に入って

少しずつ出てきている

線量パンクの作業員のことが

新聞報道された

 

また一歩古里が遠ざかった

目に見えないから怖いという

 

この判断は

住宅事情がどうであれ

臆病なほどいい

 


種を撒いてはならない

2015-10-30 07:17:26 | 

撒いてはならない

種がある

原発の種だ

 

畑に撒いても

田んぼに撒いても

農作業の邪魔にある

 

今その種が

日本国中に

次々と撒かれ始めた

 

まだ終息していない

原発事故の後始末が

残っているのに

 

世界一 安全性が高い

と 政府は宣伝している

比較するものはない

 

撒いてはならない種を

大急ぎで準備し

反対の声を無視して撒く

 

山だって

海だって 苛立っている

 

福島原発の被災者に

右手で寄り添う姿を見せ

左手で他所の原発を稼働する

スィッチを押している

 

放射線量の心配のない

田んぼを耕したい

畑を耕したい

山林をそして海を

長閑な古里に置きたい

 

これが本当の姿なのだ

そこに一滴の不安があっては

ならないのだ

 

今も福島県の近海産は

すぐに夜の食卓には載らない

放射線量のチェックは

行っているものの

 

心のどこかに

放射線量に対する不安が

まだあるのだろう

 

福島原発一Fの

メルトダウン

近海漁はいまだに試験操業中だ

 

福島県の沿岸部の

幾つもの市町村は壊れたままで

いまだ修復できないでいる

 

そんな種を撒いてはいけない

身近な畑にも

田んぼにも

山林にも長閑な海にも

 

良心までも捨てて

原発を動かし始めた政府

撒いてはならない種を

撒き始めている

 

 

*一Fとは東京電力福島第一原子力発電所


待合室で

2015-10-28 06:25:55 | 

相変わらず待合室はいっぱいだ

座る場所を探して

小さく体を丸めて座った

 

予約制なのだが

診察の予約時間を過ぎても

名前を呼ばれないから

 

待合室にある雑誌を持って

苛々する気持ちが伝染してくる

 

お互い様なのだからと

注意したら大騒ぎになるだろう

 

一時間三十分から二時間待ち

 

ドクターも看護師さんも

検査技師さんも

事務の担当者さんも忙しさの丸の中に

すっぽりと入ったままだ

 

二万四千人が増えたのだから

仕方がないのだ

 

一度トイレに立つと

もう座る場所が無い

だから我慢している様子も分かる

 

これでは体に悪い

隣の人に耳元で小さく一声かける

その人は立ちあがった

 

数分もかからなかった

私に軽く頭を下げて隣に座った

そしてまた同じような姿勢で

じっと名前を待っている

 

予約時間とは何だろう

考える時間がいっぱいあるから

何回も考え

その考えを変えたりしている

 

大分時間が過ぎて来ると

雑誌などには誰も見向きもしない

視線は事務員さんに向かっていく

 

抑えて 抑えて

そうならないように

と 自分に言い聞かせている

 

お互い様とは

忍耐が伴うものだ

大きく苛立っていた人が名前を呼ばれた

 

待合室の緊張感が少し遠ざかった

次の人は誰なのだろう

だんだんと順番が気になってくる

 

順番が分からないから

苛つくのだ

そう思って頭の中に遅い番号を置いた

 

 


ベンチ

2015-10-26 06:37:46 | 

ベンチに座って

奇抜な想像をしたりしていると

陽が笑いながら寄ってくる

 

椅子は固いが

その固さが程よいクッションだ

 

陽もこの椅子が好きだ

だから 今日も同じベンチの

同じ場所に

私と一緒に座っている

 

秋が一枚落ちていく

私はその先を見つめている

 

その先の方には

二〇一一年三月十一日がある

そこに置く視線は

今はシンプルになった

 

このベンチに座ると

津波の寄せる音まで聴こえてくる

不思議なベンチなのだが

私しか知らない

 

幾つになっても

一つ程度の秘密を持つことは

若返りの秘訣だ

と 言っていた友人がいた

 

津波で流されたまま

戻って来ないが

 

風の角度が

午後から変わった

音を立てて

誰かを読んでいる

 

水平線の近く

波頭が

風に返事をするように

盛り上がった

 

あの日は

ここから沿岸部へと

波が大移動した

行方不明者がまだいる

 

呼ぶ声なのか

盛り上がった辺りには

舟は近づけない

飲み込まれた舟も

泳いでいることだろう

 

ベンチに座って

想像をすると

いろいろなものが見えてくる

 

(未完)


朽ちる家

2015-10-24 06:33:26 | 

 

朽ちている家がある

朽ち始めている家がある

 

帰還困難区域と

居住制限区域

 

この家を見よと

天上から鳴く鳥の声がする

 

間違いなく朽ちているから

朽ちている家に

声をかけてはならないと言われた

 

恥ずかしいと思う姿は

すでに消えてしまったが

その声一つで

崩れ落ちるほど病んでいる

 

雨風が朽ちる痛みを増すから

昔のままの姿が少しずつ形を変え

そして今ある状況になった

 

ときどき遠方から

原発の跡地の荒廃した姿を見に

やってくる

 

数人もしくは十数人と

数を大きく膨らませてみても

もう元に戻ることはない

 

家の朽ちた姿を

家の朽ちていく姿を

脳裏に焼き付けて帰って欲しい

 

朽ちる家に入るには

コツがあると言われた

玄関扉の鍵を静かに差し込む

 

そして玄関扉があけて

家の中には一人ずつ静かに入れる

数人の音でも崩れる心配がある

 

ときどき縁側で

猪親子が昼寝をしているときもあるから

注意を怠ってはならない

 

朽ちる家に入る時

朽ち始めている家に入る時

足音を消す気持ちで入っていく

 

家を出る時も走ってはいけない

時間をかけて朽ちた家だから

その時間分ゆっくりと離れる