peaの植物図鑑

平家物語ゆかりの地を巡る旅 京都31:若一神社と楠(くすのき)

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2010年2月5日(金)、鞍馬山の参拝を終えて、次の目的地「若一神社(にゃくいちじんじゃ)」(京都市下京区七条御所ノ内本町98)に着いたのは、15:30時。近くに駐車場がないというので、路上にバスを停めたままの参拝となった。15:50時までの予定だったが、15:38時でバスに戻った。

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 平清盛公西八条殿跡:西八条殿は50余の邸があったと伝えられている。清盛は六波羅に「泉殿」を構えたが、忠盛から継承した別宅に「西八条邸」があり、こちらには妻・時子が住んだ。方六町に及ぶ広大な地を占めていたというが、今では梅小路蒸気機関車館、JR東海道本線、東海道新幹線などの敷地と化して、よすがをしのぶべくもない。東海道本線で京都駅から西に1つ目、西大路駅の北側、西大路通りに面して「西八条邸」の一角と伝わる若一神社(にゃくいちじんじゃ)があった。小さい社の境内には神木・清盛手植えの楠(くすのき)や冠衣束帯の清盛像が立つ

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若一神社(にゃくいちじんじゃ):宝亀3年(772)創建。主祭神 若一王子。(神仏習合の神、熊野三山に祀られる熊野十二所権現は三所権現・五所王子・四所明神に分けられ、若一王子は五所王子の第一位である。若一王子の本地仏は十一面観音で天照大神あるいはニニギノミコトと同一視された)。

http://www.kyoyo-jinjacho.or.jp/shrine/05/010/index.html [若一神社]

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 平清盛像:石の鳥居を入ると、すぐ右側にある冠衣束帯姿の清盛像(「平相国平清盛公」)がある。

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 楠社(くすやしろ):樹齢800年を超すと伝えられる楠(くすのき)の大樹を祀る。清盛公が仁安2年(1167)2月10日に太政大臣に任ぜられたのに感謝して御手植えされたと伝えられているもので、若一神社の御神木。商店や会社が建ち並ぶ西大路通り沿い八条付近に、一角だけこんもろした木が生い茂る。若一神社の目印であり、象徴となっている。大樹の下には楠社が建てられ大楠を祀っている。

 http://kansai.hibiyakadan.com/page.jsp?id=2577193 [若一神社のクスの木]

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 祇王(平清盛の寵愛を受けた白拍子)の歌碑がある。「萌えいずるも枯るるも同じ野辺の草何れか秋にあはではつべき」

 ある時期には清盛はもっぱら「西八条邸」に暮らしたといい、ここを舞台として語られる清盛の「世のそしりをも憚(はばか)らず、人の嘲(あざけ)りをもかへりみ」ない行いが「平家物語(巻1)」の「祇王」である。

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 銘水(若一神社神供水):平清盛公熊野詣での折、御神託により仁安元年(1166)11月10日、西八条殿内に隠れたる御神体を世に出し、社殿を建立し奉斎して以来、日供祭(にっくさい=毎朝行われる崇敬者の安寧を祈るお祭り)で御神前に供えられてきた御神水

 古くから銘水として知られる地下水で、開運出世の水として、新生児誕生に際しての産湯としても有名。運が開けたなど御神水による様々な奇跡が広まり、水を汲む人々が跡を絶たないとのこと。水は持ち帰り自由。

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若一神社の境内には、若一王子を祀る本社のほか、稲荷大神を祀る稲荷社、松尾大神を祀る松尾社、高砂尉と姥を祀る寿命社、弁財天を祀る弁財天社、明治以降の奉仕神職総代特別崇敬者のみ霊を祀る祖霊社、(楠木御神木を祀る楠木社)がある。

 http://www.kamimoude.org/jinjya/kyoto-city/shimogyou/si-nyaku/index.html [若一神社]

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若一王子を祀る本社

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今年の3月で85歳の「後期高齢者」。花や木の実、特に山野草が好きで何時もデジカメを持ち歩いています。

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