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大学生の終わり頃、加藤周一の 「羊の歌」 正・続 (岩波新書)や森有正の「遥かなノートル・ダム」(筑摩書房)などを読み、世界のいろいろなところで仕事をしながら一生を送れたら、などと夢想していた。数年前に読んだ加藤周一の本からほんの少し。
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資本主義社会ですから大抵のものには正札がついていて、値段の高いものはいいとか、値段の安いものはつまらないとかなる。同じ建物でも高い家と安い家がある。そういう段階がある。ところが戦争中私が体験したように、死が迫ってくると、そういう段階は崩れるのです。どっちでもよくなる。要するに正札が取れてしまう。そうすると、これこれ特別な薔薇とか特殊な珍しい蘭は高く、庭に生えている小さな花は大事ではない安いものだという区別がなくなってしまう。
それは一種の価値の転換です。そういうことを戦争は経験させた。
その印象というか経験が強かったために、一種の約束ごととして世間で高いもの、安いものとされている価値づけをひっくり返してみるというか、それを無視してみるみたいなものが自分の中に定着したと思います。それはほとんど詩人の態度、あるいは芸術家の態度に近いと思う。
私のいおうとしていることは、伝統的な約束事、社会の価値の上下関係から自由になるということです。つまり価値の転換です。文学というのは価値体系を転換する事業なのです。必ずしも理論的水準ではなくて、感覚的直截的なある経験を通じて価値の転換を行う。それが文学の特徴だと思う。
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加藤周一 『私にとっての20世紀』 (岩波書店, 2000)より