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小説 本多忠朝と伊三 8

2010年09月25日 | ☆おおたき観光協会大河ドラマ 本多忠朝

忠朝と伊三 8/久我原

 忠古の憂鬱な宴の時間となった。
 殿様は父、忠勝公の後を継ぎ、立派に大多喜を治め、更なる新田開発を計画している。立派な殿様だと忠古は思っていた。ただ、酒癖が悪い。飲めない忠古にとってはこれが殿様の唯一、直して欲しいことであった。今日は、遭難者とはいえ、元フィリピン総督のドン・ロドリゴと幕臣、三浦按針の歓迎の会である。まずい事が起きなければ良いが、、、
「三浦殿、ロドリゴ殿、改めて、ようこそ大多喜へ。これをきっかけに徳川家とイスパニア国の絆が深まる事を祈っております。こんな田舎でたいした事は出来んが存分にお過ごしくだされ。では、乾杯。」
 忠朝の音頭で乾杯がされ、ロドリゴは初めて日本酒を飲んだ。見た目は白くにごって牛の乳のようだが、とろりとした舌ざわりにほんのりと甘みがあり、のど越しにアルコールを感じられる。按針がロドリゴに日本酒の感想を聞いた。
「ロドリゴ殿、日本酒の味わいはいかがかな?」
「はい、慣れ親しんだワインとは違い、このようなまろやかな味わいの酒は初めてです。」
「私は、アルコールのきついウィスキーに慣れていたので、最初は物足りなく思ったが、慣れてくるとこれが良くてな。ただ、口あたりの良さの割には、結構足に来る。ロドリゴ殿も気をつけられよ。ふぉふぉふぉ。」
「そうですか。なるほど、この口あたりがとても酒とは思えぬが、なるほどワインを飲むときと同じような酔い心地かな。」
 二人の楽しそうな様子を見て、酒好きの忠朝は興味を持った。
「なんじゃ、三浦殿。楽しそうだが、酒の話か?」
「本多殿、ロドリゴ殿は日本の酒が気に入ったようです。」
「そうか。我が領地で作る酒は自慢でのう。異人のお二人が気に入るかどうか心配していたところです。そいつは良かった。があ、はははは。」
 忠古は上機嫌の忠朝を見て、今日は早めにお開きした方がよさそうだと思った。機嫌よく酒が進み、失態を起こさなければ良いが。
 忠古の心配をよそに、酒は進み、忠朝も大分酔いが回ってきたようだ。小半時も過ぎた頃であろうか、三浦按針が忠朝に声を掛けた。
「本多殿、ロドリゴ殿が、本日のお礼にとイスパニアの酒をお持ちになっています。回収された積荷の中に残っていたとの事で、お酒を好まれるのであれば是非、本多殿にも飲んでいただきたいと。」
 忠古は眉間にしわを寄せて、忠朝を見つめている。
「三浦殿、私は飲みたいのは山々だが、見張りがダメだというております。」
「見張り?見張りとはなんのことで?」
「ほれ、あそこに。」
と、忠古を指さした。
「殿、お戯れを。」
 忠古は短く答えたのみであった。
「三浦殿、あの堅物はほうっておいて、せっかくのろろりこ殿の志。いたらこうれはないか。」
 忠古はぎくりとした。殿のろれつが回らなくなっている。何も無ければ良いが。
 忠朝はイスパニアの赤い酒、ワインを飲んだ。渋い。
(ロドリゴ殿は良く、こんなものをうまそうに飲むな。)
と忠朝が思っていると、ロドリゴが忠朝にスペイン語で何か話しかけてきた。
「ん?三浦殿、ろろりこ殿はなんと言われた?」
「ワインの味はいかがかと?」
「うん。ちと、渋いのう。それに、この赤い色は血の様でラんとなく気味が悪いが、、」
 ロドリコは忠朝がどんな感想を持っているかと、忠朝の顔を見ている。それに忠朝は気がつき、
「いや、せっかくのるろりこ殿の好意、ありがたく頂戴しましょう。」
と言うと、按針が小声で答えた。
「いや、実は私もワインよりもウイスキーの方が好きでございます。やはり、故郷の酒の味わいが一番でしょう。」
「うえすけー?」
「私の故郷の酒です。ウイスキーは日本の焼酎の様な強い酒です。これに比べれば日本の酒を初めて飲んだ時は少々物足りなく感じ、、、、」
「なに、私の酒が物足りない!?三浦殿、それは聞き捨てラらぬ!」
「あ、、、いや、これはご無礼しました。今では、私も、、」
「三浦殿、、、わしはなあ、、、」
 そこで忠古がさえぎった。
「殿、私はこのワインと言う酒は言い味わいだと思います。」
「フン、飲めぬ忠古が何を言うか。少しなめただけでいい加減なことを。」
 言っていることはわからないが、険悪な雰囲気を察したロドリゴが按針にスペイン語で声をかけた。
「按針殿、なにやら本多様にはお気に召さないようですが、ここは我ら三か国の友好を願って乾杯しませんか。」
 ロドリゴが申し訳なさそうに按針に話しかけているのを見て、忠朝はロドリゴには悪いことをしたと思った。酔いがまわり、少々言いすぎてしまった。
「三浦殿、これはご無礼いたしました。つい、日本の酒の悪口を言われたようで、これは言いすぎであった。許されよ。があははは。まあ、味は渋いがこのワインと申すもの、香りは良いレはないか。ところでるろりこ殿はなんともうされた?」
「我らの絆の深まることを願って乾杯しましょうと。」
「それは良ぇぇい。」
 忠朝の目配せで、三人が杯を挙げるとロドリゴは微笑み、忠朝に向かって言った。
「サルー。(Salud)」
 忠朝はぎろりとロドリゴをにらみ、
「なんラと。」
杯を飲み干して、たちあがった。
「今、猿と申したか?るろりこ殿、誰が猿じゃ?わしを愚弄する気か?」
 忠朝は上半身を左右にふらつかせながら、ロドリゴをにらみ付けている。ロドリゴは忠朝がいきなり怒りだしたわけがわからなかった。サルー(salud)とはスペイン語で乾杯と意味だが、忠朝はそれを自分のことを猿と言ったのと勘違いをしている。按針はあわてた。
「本多殿、落ち着かれよ。サルーとはロドリゴ殿の国の言葉で乾杯という意味です。」
 すると中根忠古が手を叩いて笑いだした。
「はっはっは。殿が猿とは面白い。太閤秀吉様も若いころは猿と呼ばれて天下をとったもの。これは、殿が天下を取るという暗示ではございませんか?」
 すると、今度は按針が気色ばんだ。
「中根殿、何を申される。今は徳川の世。本多殿が天下を取るなど、それは謀反を意味することではありませんか?」
 今度は真っ赤な顔をして立ち上がった忠朝があわてる番だった。
「忠古、なんてことを申すのじゃ。今の言葉取り消せ。わが父は命をかけて徳川家に仕えてき、また大恩もある。わしが謀反を起こすはずも無かろうに。」
 忠古がこの場を鎮めようとした冗談であることは平静の忠朝ならすぐにわかることだが、酔いがその判断力を鈍らせた。
「これは悪い冗談を、ご無礼しました。私も少々酔いが回ったようで。」
といっても、忠古はロドリゴの持ってきたワインを少しなめただけである。忠古の口元は笑っているが、目は相変わらず冷静だ。まるで顔の上半分と下半分が別人のように思える表情に、三人は薄気味の悪いものを感じた。忠朝も今日は珍しい客を迎えたのがうれしくて飲みすぎたことを自覚し始めた。
「忠古の悪い冗談で座が白けたのう。按針殿も、るろりこ殿もおつかれレあろう。この辺でお開きとするか。」
 忠古はその不気味な表情で忠朝を見つめた。
(お疲れなのは殿の方。それに、座をしらけたのは誰のせいじゃ。)
 忠古がそんな風に言っているような気がして、忠朝は酔いがさめていく気がし、按針とロドリコに向かって言った。
「三浦殿、ロドリコ殿。我ら、元をただせば三河気質の暴れ者だが、この戦国の世を戦いぬいて生き残ってきた誰にも負けないという自負がござる。故郷の酒自慢でついつい言葉が過ぎてしまった。酒の席とはいえお恥ずかしいところを見せてしまった。許されよ。」
と、話す忠朝の言葉も平静に戻ったようだ。

 翌朝。
 忠朝はのどの渇きを覚えて目覚めた。昨日は少々、いやだいぶ飲みすぎた。かすかに痛む頭を押さえながら、ふらふらと立ち上がり、手をたたいた。
「誰かおらぬか?」
「はい。」
 忠朝の呼びかけに障子の向こうで女の声が聞こえた。その声に忠朝はぎくりとして障子を開けた。廊下には年配の女性が座っていた。
「こ、これは母上。おはようございます。」
「おはようございます。夕べは随分と楽しそうで結構なことです。」
 忠朝の母、久(ひさ)であった。
「いや、そのような嫌味を言われますな。客人をもてなすのも主の勤めでございます。」
「ほほ、これはうらやましいお勤めで。私もそのようなお勤めなら代わって差し上げたいくらいです。」
「そのようにいじめないで下され。私も昨日のことは少々反省を、、、」
と言いかけた忠朝に久は茶碗を差し出した。
「きっとのどが渇いて、お目ざめになるであろうと白湯をお持ちしました。」
「こ、これは、ありがとうございます。」
 忠朝は茶碗を両手で丁寧に押し頂いて、ゆっくりと飲み干した。そのぎょうぎょうしさに久は思わず噴き出した。
「ほほ、三浦様たちはすでにお目覚めで中根が相手をしています。城下の様子を見てみたいとのことで忠朝殿のことお待ちです。さあ、早う支度をなされ。」
「はい。」
 忠朝の母、久は忠勝の正妻であるが、桑名に移った忠勝にはついて行かずにこの大多喜に忠朝と供に残った。桑名では側室の乙女が忠勝の世話をしている。徳川四天王の猛将も今は忠朝の兄、忠政に家督を譲り、乙女と供に静かに暮らしている。忠朝が父の忠勝の勇猛な血を引き継ぎ、関ヶ原でも家康から「流石に平八の息子。」と絶賛されたが、兄の忠政は忠朝に比べればおとなしい性格である。忠勝は忠政よりも忠朝の勇猛さを愛し、大多喜に残る愛息子のために実母を残したという説もあるが、実は正室の久よりも側室の乙女を愛していたのではないかというのは勝手な想像だろうか。
 ちなみにこの側室の乙女が生んだ娘が、家康の養女となり、真田信之に嫁いだ小松姫である。この小松姫は関ヶ原の戦いの時に信之と袂をわけた義父の真田昌幸が沼田城に立ち寄ったときに「父といえども、敵は一歩も城には入れぬ。」と薙刀を片手についには追い返してしまったという豪のものであった。さすがに忠勝の娘、忠朝の姉である。

 さてさて、本多家の家族の話はさておき、、

 支度を整えた忠朝はロドリゴと按針が待つ大手門へと向かった。忠古が按針と話し込んでいる。人当たりの良くない忠古が饒舌に客人と話し込むなど珍しいと忠朝は思った。どうやら、昨日の宴席の忠古の狂言のことを話しているようだ。按針もロドリゴもこの男の能面のような顔つきの裏には実は人情とひょうきんさを隠し持っていることを感じ始めているらしい。饒舌な忠古の表情は相変わらず冷たいが、昨夜のぶっきらぼうな口調とは違い、この二人の異人に心を開いているように忠朝は感じた。
 その後、忠朝自らが先頭に立ち大多喜の町を案内し、父から譲り受けたこの領地をもっと豊かにするために新田開発を考えていること、本多家は桑名の父、兄とともに徳川幕府の安泰に力を尽くしているなどという話をした。ロドリゴはその領民たちを慈しむ心と徳川家に対する忠誠心を知ると、大多喜藩主としての忠朝に感心をした。荒々しい性格ではあるが、キリストの教えを知らないこの若い領主が慈悲の心を持っていることがロドリゴには不思議に思えた。
 江戸への旅立ちの時、ロドリゴは言葉が通じないながら忠朝と忠古に友情を感じ、その別れを惜しんだ。こうして、静かだった岩和田と大多喜をさわがせたロドリゴ一行は按針と供に江戸へ旅立っていった。
 忠古はその後ろ姿を見送り、ほっとする半面、なんとなくさびしさを感じた。あのロドリゴの感謝の表情が忠古には忘れられなかった。
 

 



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