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平成日本紀行(144)隼人 「熊襲と隼人」

2016年10月16日 17時59分41秒 | 鹿児島県
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九州地方の皆さん、此の度の大震災に謹んでお見舞い申し上げます。
(この記事は震災以前のものです)






 平成日本紀行(144)隼人 「熊襲と隼人」   .






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神話と歴史の主要地、大隈隼人の「隼人」とは・・、

霧島神宮を後にして、国分、隼人方面に下る。
この地方は名称からして、往時の薩摩地方の中枢部といえるのではないか・・? 
西の川内から入来、姶良、牧園、霧島、そして、この地の隼人、国分、都城、西都、日南、その他の周辺地域も古代日本の歴史が表舞台に現われている地域でもある。


古代の九州の南部地方は「日向の国」(ひむか、ひゅうが)と言われて「日向:ひゅうが」、「薩摩:さつま」、「大隅:おおすみ]の三つに分けられたは、律令国家が成立した奈良朝以降のことである。 

この隼人、国分は薩摩(地域)半島と大隈(地域)半島との付け根、中間に位置しているが、どちらかと云えば大隅地域に属している。 


この地に「大隅隼人」という人種が根拠を持っていて、これらの部族を「隼人族」とも称している。 

古代の隼人族は北方系の民族であるとか、沖縄経由の南方ルートからやって来た(隼人・ハヤヒトのハヤはハエ・南風で東南アジア方面を指すとも、国分市上野原遺跡〉民族と関係があるとか伝説、史実入り混じり諸説あるようだ。 

又、この辺り「熊襲」という名も目に付く。 
熊襲(くまそ)とは、日本の記紀神話に登場する一族名で、南九州に本拠地を構え、ヤマト王権に抵抗した一族名であろうが、地域名をも意味するとされる語でもある。 
日本書紀には「熊襲」と表記され、古事記には「熊曾」と表記されてるという。


有史の初めのころは熊本の南部の広い地区を「球磨」と呼び、現在の宮崎県の日南海岸から鹿児島県大隅半島の志布志湾以北を「曽於」とよび、総称として球磨と曽からいつの時代からか熊襲と呼ぶようになったとされている。 
その熊襲が、隼人のルーツであり対象ともされるともいわれる。


熊襲というと、北海道・東北の蝦夷(エミシ)を連想する・・?。 
蝦夷については、アイヌ民族とのかかわりで歴史上の様々なできごと、とりわけ何世紀にもわたるヤマト政権つまり天皇制国家との紛争を通してある程度のイメージを描くことできる。 

これはアイヌ文化と伝来の弥生文化(稲作における)の抗争でもあるとされるが、しかし熊襲・隼人は、蝦夷にくらべて早いうちからその独自な人間集団としての存在を失い、まったく過去の存在となってしまっていた。 


一般に、蝦夷地は日本古来のアイヌ民族の地であり、大和朝廷に属さない東北以北の原住民であったが、朝廷に服属した後は俘囚(朝廷の支配下に入り、一般農民の生活に同化した蝦夷・アイヌで、同化の程度の浅いものは夷俘・イフと呼んで区別)と呼ばれた。 

熊襲は隼人族の地であり朝廷に属さない南九州の原住民であったが、朝廷に服属した後は熊襲とは言わず隼人と呼んだようである。 

いずれにしても熊襲、蝦夷の共通するのは縄文期における日本の原住民であったことである。 


次回も「熊襲と隼人」(Ⅱ)

  
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