ホラー映画万歳

改名しました。
今後は『LED値引き中』で行きたいと思います。
どぞ、よろしく。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

やまびこ学校

2006-03-24 23:34:12 | 歴史って何さ?文化って何さ?
1951年3月5日 初版発行
編者  無着 成恭


この本は山形県山元村中学校の生活記録です。

ホラーとは微塵も関係ないし、誰かを楽しませる為の本ではありません。

昭和10年代から20年代前半にかけての当時の中学生達の生活が生徒達の作文によって描かれている作品集です。

派手なハッタリも演出も皆無な素朴で素っ気無い拙い文章ばかりです。

ですがその文章から伝わってくる迫力は余りに雄弁で私を打ちのめしました。

この作品に出て来る世界は日本がほんの数十年前にあった現実です。

ハッキリ言ってもう私は誰かに何か文句や不満を述べるような文章は一切書けません。

ハッキリ言って恥ずかしいのです。

文句ばっかりの自分自身がです。

ですからお別れです。

今回の更新を最後に『この』ブログは終わりに致します。

今まで来てくれた方々に御礼を申し上げたいと思います。

ありがとう。


最後に『やまびこ学校』から勝手に一遍だけ抜粋したいと思います。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ながぐつ
         川合 哲男

こまやのすみこから見つけた

ぼろくそのながぐつだ

ペシャンコにつぶれたながぐつだ

父にきいたら

「十年も前のだなあ」といった


ながぐつ一足千円もするときだ

これで上等

「よし明日からこれをはいて行くぞ」とわくわくしながら

母にモメト(木綿糸)をもらった

白いモメトだった

「なにかまうもんか」と思って

アバグチ(破れた口)をブツブツぬいつけた


父も母も見ていた

だまって見ていた


「三月の雪みちを

わらのでっしりいれた(藁をどっさり入れた)

このながぐつで

けちらしていくぞ」

と思いながら

ひとはりひとはりぬいつづけた

(一九四九年三月一日)

~~~~~~~~~~~~~~~~~

この本は現在文庫になっていて比較的簡単に入手可能のようです。

興味があったらどぞ。


でわ!!皆さんお元気で!!

御縁があったらまたネットの海で御会いしましょう!!

朝御飯と仕事仲間とホラー映画をこよなく愛するLEDでした。
コメント (8)   トラックバック (1)
この記事をはてなブックマークに追加

そしてXBOX360へ!!

2006-03-18 01:54:32 | ゲームも万歳
それはある昼下がりの出来事・・・。

ヤマーダ電気で見かけたデモ画面・・・。

世間の評判を覆す全く次元を超えたグラフィックを見せているマシンに出会ってしまった。

そいつの名はダメボックス。

もとい全方位ダメボックス。

いやさXBOX360。

世界の富豪ビル・ゲイツが自分の為に開発したと噂される凄いゲーム機だ。

だがそいつは嘘ってもんだ・・・。

こいつは・・・。

このゲーム機は・・・。

俺っちの為に開発されたんだよー!!!!!!

カプコンが開発中のソフト『デッドライジング』の動いているデモ画像をネットで見ていたので実は買う気満々でヤマーダ電気に行ったのですが、やはり日本国内では苦戦どころか全く日本人ゲーマーには見向きもされていないゲーム機を買うのは不安だったのです。

だがマイクロソフトよ・・・。

このゲーム機は凄いな・・・。

PS3の発売時期が年末にズレ込んでしまう様なので、もしXBOX360にチョットでも興味が有る方は直ぐにでもデモゲームを店頭でプレイして見てください。

画像の美しさがもう半端でなく凄い事になっています。

だけど最初は私もこのゲーム機の凄さは正直全然実感出来ていなかったのです。

それは私のプレイ環境が原因でした。

私が愛用しているテレビのサイズは14インチのモノラルカラーテレヴィジョーン。(映画のレヴュー記事を書いている人間のTVが14インチって何・・・しかもモノラルって・・・)

美しい画像も美しい効果音も全て台無し。

いかん。

全く持っていかんぞー!!

せっかくの美しいグラフィックをコレでは全然堪能できん!!

こうなったら私は迷いません!!

預金通帳残高を確認し、財布の中身を確認し、俺何か間違ってないか?ってゆー心の声を誤魔化して今度はジョーシーン電気アウトレットショップに車を猛スピードで走らせました。たぶんアイルトン・セナよりも速かったでしょう。

そしてジョーシーン電気で『ブツ』の購入契約を済まし『ブツ』を愛車に乗せて帰る気満々だった私は、店員さんが超デカイ台車に載せて運んできたコレマタ超デカイダンボール箱に戦慄を覚えてしまった。

「でっ・・でか・過ぎ・る・・・」

明らかに愛車のフロントガラスよりもデカイ『ブツ』を収めたダンボール箱・・・しかも『ブツ』を支える為の『台』のダンボール箱も『ブツ』と変わらない人を威圧するかのようなアメリカンサイズ・・・。

泣く泣く自力で持って帰るのを断念!!

店員さんに家に運んでもらう事にした・・・。

数日後に無事我が家に到着していた『ブツ』に再び私は戦慄する事になる。

重い・・・。

重すぎる----!!

設置も頼めば良かったーーーー!!

タダだったんだからさーーーー!!

少なくとも女性には絶対無理だと言っておこう!!

『ブツ』の殺人級の重さに閉口しながらも何とか設置完了。

それにより私の気持ちも

『覚悟完了』

私の期待はビックバーーン!!

私の財政はハードランディーン愚!!

えーいい!!ヤケクソダーーーー!!

行けーー!!

チェーンジ!!ゲッターーー!!(何???)

スイッチオーーーン!!!

・・・・。

・・・・。

・・・・。

・・・・。

泣けた・・・・。

私は満足だ。

大いに満足だ。

愛する家族には大いに罵倒されたが私は満足だ。

スゲーよハイヴィジョン。

スゲーよ37インチ。

ありがとうパナソニック。

ありがとう親切に説明してくれたジョーシーン電気の店員さん。

ありがとう配達のおっちゃん達。

ありがとうマイクロソフト。

ありがとうビル・ゲイツ。

私は今、フェラーリF40で新宿の町を疾走している。

嗚呼・・・。

何て美しいのだろう・・・。

嗚呼・・・。

何故私の財布はこんなに軽くなっているのだろう・・・。

嗚呼・・・。

ところでハイデフって何ですか?

コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

チャイルド・プレイ/チャッキーの種

2006-02-24 22:06:00 | ホラー映画万歳
2004/アメリカ  監督/ドン・マンシーニ

大変だ。

チャッキーが・・・。

チャッキーが・・・。

チャッキーが・・・。

切れたぁ・・・。

・・・。

・・・。

・・・最初から切れてるじゃないかー!!




ささ。

早速五本目に行きましょう。

既にシリーズ五作目に突入してはネタも何もあったもんでは無いでしょうね。

何とか観客を楽しませようとして色々苦労を重ねて作っているのは見ていて非常に感じます。

しかしこの映画はホラー映画として作られている筈です。
今回は思いっきりギャグ路線で作っている為に『恐怖』とゆう点では全く持って不合格です。

恐怖を演出しようとしないで小手先の演出で話を延ばして誤魔化そうなどとしても、面白いわけがありません。

だからと言ってじゃあギャグ映画としての完成度はどうなの?

と聞かれればコレも私の中では不合格です。

この映画で使われているようなギャグは見ていて私は不愉快です。

この映画には感情移入出来る人間が出てこないために、そもそもチャッキー達に殺される人達に興味すら沸きません。

チャッキー達を『邪悪』の象徴として描くならその対比となる『存在』は不可欠だと思うのですが・・・。

次回作では是非『正義馬鹿』の『天使のような人形』を出して極悪チャッキーファミリーと大戦争でもやって欲しいです。

今回の見所は実は『倅』(娘?)ではなく『嫁』です。

この『嫁』の見せる表情は人形でありながらも非常に良く出来ていると思います。

此処だけは凄いな~っと感心してしまいました。


あ~ところで。

ブリトニー・スピアーズってそんなに嫌われてるんですか?


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

キラー・シャーク 殺人鮫

2006-02-24 21:34:04 | ホラー映画万歳
2005/アメリカ  監督/マイケル・オブロウィッツ

恐怖・・・鮫人間・・・。

ささ。

今年四本目はしょーもない映画ですわ。

この映画、ほぼ全編早送りで観賞した為に(最近映画を早送りしてしまう自分がチョット嫌です、ですが私に早送りをさせてしまう映画はモット嫌です)内容を殆ど覚えていませんが・・・・まぁどうせなら綺麗サッパリ脳内から消去して欲しいような内容なのは確かです。

ただこの映画には『あの人』

ジェフリー・コムズ

が出ているので、彼の相変わらずの馬鹿科学者振りを見る為だけに観賞するのも一興かもしれません。

いや・・・時間の無駄でしょう・・・。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ハウルの動く城

2006-01-13 01:18:09 | アニメも万歳
2004/日本  監督・脚本/宮崎 駿

え~い!!このロリコン野朗っ!!


さて早速今年3作目です。

新年早々この映画もまた、色んな意味で酷いです。

宮崎駿とゆう人は日本アニメ界にはもう必要ない人だと思います。

私としてはジョージ・ルーカスと同程度に落ち着いてしまったと感じます。

老害とゆう奴です。

別に他人の性癖に口を挟む気は無いし、この映画も何も考えずに見ている分には、まあ楽しめるんじゃないかとは思います。

でもチョット考えればこの映画が途轍もなく気持ちの悪い映画だと気付く人も多いと思います。

何が酷いかってこの映画は自らを『御伽話』だと言ってしまっている事。

ヒロインが涙を流すシーンまで私は気付きませんでしたが、あの過剰なまでの唐突な涙のシーンで『御伽話』である事を強調しているんだなと思いました。
ここまであからさまに自分の作品内で宮崎監督がこれは「これは嘘ですっよ~ん」とやった作品は他に無いと思います。
今までだって嘘はたくさんついてますが、監督の作品は『半歩』ほど現実を踏み外した嘘でした。其処が魅力だったりもしたのですが、この作品では明らかに『三歩くらい踏み外して』います。

この映画の脚本の滅茶苦茶さ加減や、設定のいい加減さは、『御伽話』なんだからつまらないツッコミは止めてよねっ!!ってゆう監督のメッセージです。

ですが今更ですが宮崎監督の作品はその綿密な世界構築であったり、其処に住まう人々の生活まで考慮した空気感すらも表現する事こそに才能を発揮させる監督だと思います。

『ハウル』でやっている御話のレベルは『まんが日本昔話』で語られるようなお話であり、監督が得意とする綿密な舞台装置は必要ありません。

原作を読んだ事が無いので、宮崎監督が原作の何処をチョイスして作品を構築したのかは解りませんが、彼の作風と今回のお話しが噛み合っていないのは間違いありません。

『クレヨンしんちゃん』のような絵柄でこの内容ならば誰も文句は言わないと思います。

しかし宮崎監督は世界を作り込んでしまう為に、その異世界の空気感さへも感じさせてしまうが為に、観客にリアルな世界と主人公達の余りの無軌道ぶりとのギャップに、ついて行けなくなるのでしょう。少なくとも私は全くついていけませんでした。

しかしこの問題は監督の作風と原作とのマッチングの問題であり、原作選びに失敗したなで済みます。

いきなり宮崎監督を罵倒したのには訳があります。

問題は此処からです。

ズバリ言いますが主人公『ハウル』は監督自身であり監督の理想の姿です。

世界に影響を及ぼすほどの強大な魔力を持ちながら、世界に全く興味を示さず。しかし気儘に介入し、好き放題しながら暮らす『ハウル』。

何処へでも自在に行ける城に住み、何処でもドアーで好きな町に行ける『ハウル』。

容姿端麗、実にモテモテ、おまけに『声』はキムタクときたもんだ。

戦争?知らない。

責任?知らない。

女の子?だ~い好き!!

これらは宮崎監督の願望であり本心です。

彼の作品を今まで支持してきたファンは愕然とするでしょうが、この映画で宮崎監督は、もう難しい問題である、貧困、戦争、環境、など描きたくないと言っているのです。

実に天晴れ!!とも思いますが、人様に見せる映画で此処まで個人趣味に走られても困ります。

「このくだらない戦争をやめましょうね」っと誰かが手を叩いて終わるまで世界の事なんて考えるのはやめよーぜってゆう乱暴なメッセージです。

これは観客への絶縁状とも取れます。

「エヴァンゲリオン」はアニメオタクへの絶縁状でした。

「こんなもん見て喜んでんじゃねーよ」「馬鹿共が」それがアノ作品の本質だと私は思っています。

『ハウルの動く城』は宮崎監督の『日本人』への絶縁状だと思います。

こんな映画見て喜んでいるようじゃ日本もお終いよ~です。

さてまだ問題は続きます。こんなに問題だらけの映画も珍しいのですが、看過しかねる表現満載の『ハウル』なので続けます。

私は男ですので女性の心理の深いところはハッキリ申し上げて解りませんが、少なくとも私が女ならば『ハウル』のような男には絶対に惚れません。

ありえません。

ヒロインである『ソフィー』が一生懸命掃除をして綺麗にしたお城。其処に女性の素晴らしさ、環境を、澱んだ空気を清浄なモノに変える力強さを感じます。

ですが『ハウル』は魔法でチョイチョイと部屋を模様替えし、簡単に小奇麗に出来てしまうのです。

『ソフィー』が一生懸命掃除をしているのを横目で見ながら彼は一体何を考えていたのでしょうか?それが優しさなのでしょうか?

この映画での恋愛模様において惚れていたのは完璧に『ハウル』の方です。

『ハウル』=宮崎監督なので監督の理想の女性が『ソフィー』なのでしょう。

ですがこれは余りに女性に対して無礼ではないのでしょうか?

そもそも『ソフィー』に対して正面から「好きだ」と言えない為に、ワザワザ『ソフィー』を『老婆』の姿にして、自らの意思で『ハウルの城』に迷惑そうに招き入れる描写など反吐が出ます。

『ハウル』が『ソフィー』をさらって来て、尚且つ紆余曲折あって『ソフィー』が『老婆』の姿になり、しかし『ハウル』が『ソフィー』への『愛』を貫いたのならば文句のつけようなどありません。そいつは『漢』ってもんです。

ですが物語りは限りなく『ハウル』に都合良く動き続けるのです。

この徹底して自分に都合の良い『女性』を描く姿にはある意味カンドーすら覚えますが、監督の頭の中がこの程度だったのには心底驚かざるをえません。

「死ね!!」とは申しませんが、隠居はして欲しいです。

あ~。

やっぱり死んで下さい。


それと最近ふと考えるようになったのですがアニメーション業界はそろそろ架空の世界を描くのを止めて、現実を描いて見てはどうでしょうか。

今まで多くの作品において現実世界への警鐘や人間の在り方を考えるアニメを多く作ってきた日本のアニメ業界ですが、『今』が貴方達が描いてきた『危機的状況』の真っ只中だと私は思っています。

『架空の世界』を用意する必要など、もう全く必要ありません。

『今』が其の時です。

『現実』を描かないと言うのなら日本アニメの役割は終わりを告げたと思います。

宮崎監督はこの『ハウルの動く城』で『現実』に『サジ』を投げました。

日本のアニメ業界は死んだのではないのでしょうか?

あ、とっくの昔に死んでたかな・・・。

もう一作くらい宮崎監督は作品を作るでしょうが流石に次回作では多くの日本人が『夢』から目覚めちゃうでしょうね。

こんな映画をみてカンドーしてしまうような感性の『男』じゃ今後の日本じゃ生き残れないぜ。

監督?『男』ってこんな生き物じゃ無いよ。


コメント   トラックバック (1)
この記事をはてなブックマークに追加

ザ・チャイルド

2006-01-12 23:19:26 | ホラー映画万歳
1976/スペイン  監督/ナルシソ・イパニス・セラドール

ま・・本気(マジ)かてめぇ・・・

甘く見ていたぜスペイン野朗・・・(死霊のえじき風に)



ハイ、今年早速二本目です。

新年早々ですが今作も酷いです。

最初に断りを入れさせて貰いますが、この映画、既にお子様をお持ちの方、妊娠中の方、そしてホラー映画が嫌いな方は絶対に見てはイケマセン。

特にTVで『はじめてのおつかい』を見て手に汗握って、さらに涙まで流してしまうような方は、明らかに見るべきでもないでしょう。

それぐらいこの映画の倫理観は打ち壊れています。

いえ、決して派手な流血シーンがあるとか、人体破壊シーンが有る訳でもないのです。しかし其れを補って余りに余る程の破壊力が、この映画自体には有ると思います。

この映画の嫌らしさは映画のオープニングで誰にでも直ぐに理解できると思います。

現実の『人』の歴史。

まず最初に観客に人間の行なってきた『愚行』『蛮行』を見せ付けるのです。

もうこの時点で大半の方はウンザリする筈です。

またも古い映画ですので本編についての言及は避けたいと思います。


しかし、しかしですよ。

現在の目で見た場合、私なら平気で『あれら』(敢えて『あれら』と書かせてもらいます)を『殺してしまえるんじゃないか』と思ってしまえる自分自身が恐ろしかった。

ハッキリ言えば是ほど『このような事態にだけは遭遇したくない』と思う映画も珍しいと思います。(ホラー映画とはそうゆうモノなのですが)

特にこの映画のラストシーンで主人公がボートの櫂で『あれら』をガンガンと打っ飛ばすシーンは一生忘れる事など出来ないでしょう。

そしてこの映画の救いようの無さよりも、実際に人間の行なってきた『行為』の方が遥かに救いが無い事に愕然とさせられます。

この映画も今の映画界では絶対にリメイクされないでしょうね。

載せといてなんなんですが見ない方が良いかも知れない映画です。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ソイレント・グリーン

2006-01-06 00:57:36 | ホラー映画万歳
1973/アメリカ 監督/リチャード・フライシャー


明けましておめでとう御座います。

やっとこさの更新で御座います。

今年も宜しくです。

さっそくですが今回の映画「ソイレント・グリーン」で新年そうそうイヤ~ンな気分に陥りましょう。

この映画は「ボーリング・フォー・コロンバイン」で余りに有名になってしまった全米ライフル協会会長の主演映画として「猿の惑星」に並ぶ代表作でしょう。

私はこの映画をホラー映画として紹介しますが、レンタルビデオ屋ではSFの棚にあると思います。古い映画なので探すのは大変だと思いますが未見の方はかなり楽しい時間(?)が過ごせると思います。

今回初めて私は見たのですが、とても面白かった。

物語は2022年のニューヨークシティーが舞台です。
チャールトン・へストン扮する刑事が、ある殺人事件の捜査を続けるうちに、衝撃の真実に辿り着くってお話です。

オチ自体は知っていたので、ラストの衝撃はなかったのですが、物語のSF魂溢れる余計な説明描写を省いた、淡々とした静かな展開ながらも私たちの生きている世界とは決定的に違う世界観を描く事に成功していると思います。

最近の映画のようにCGをバリバリ使って未来を描かなくても、未来に住まう人々の『価値観』や『生き方』が現代に生きる人々と決定的に違うなら(少なくとも日本に居る私達の価値観とは違う世界ならば)、其処は異世界に成り得るとゆうことをこの映画は教えてくれます。

最近のハリウッド映画業界では多分こうゆう映画はもう作らないと思います。
こんな未来は御免ですが、今現在自体がこの映画で描いていたような未来に一直線に向かっているように私は感じています。

「ゾンビ」も70年代だった事を考えると、未来の事を大真面目に考えていたのは現代人よりもむしろ昔の人達だったんだと考えてしまいます。

古い映画ですし未見の方も多いと思いますので内容については書きません。

ネットで内容を調べないで見たほうが絶対面白いと思いますよ。

ん?

「ベン・ハー」が代表作じゃないかって?

そんな上品な映画は知りませんな。



コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

あずみ2 Death or Love

2005-11-04 01:00:47 | 日本映画は残念
2004/日本  監督/金子修介

原作版の「あずみ」は原作者である「小山ゆう」氏のサディスト魂が炸裂しただけの美少女虐待漫画だと個人的には思っている。

ハッキリ言っちゃえば酷い漫画だ。

端正な顔立ちの主人公「あずみ」が酷い目に遭えば遭うほど、悲惨な境遇になればなるほど良いらしい。登場人物も変態ばっかりで救いが無いのも特徴だ。

さて、前作の映画版「あずみ」では北村龍平監督の変態趣味が原作と合っていたのかは知らないが結構原作に近い雰囲気は出ていた。

次々と仲間を失うストーリーの悲壮感もさる事ながら、人を人とも思わぬ悪役達の言動も原作どうりだし、上戸彩の中性的な不思議な美少女剣士ぶりも中々原作の「あずみ」と見た目は大分違うが雰囲気は出ていた。

かなり原作の雰囲気は忠実に再現されていたと個人的には思っている。

で、今回の「あずみ2」なんだけど幾つか確実に抜けている部分がある。

「悲劇性」と「変態性」である。

で、この二つは「あずみ」を構成するうえで最大最高の要素の筈なのだ、これが抜け落ちてしまうと、その物語は既に「あずみ」ではなくなる。

書いててちと馬鹿馬鹿しいが続ける。

原作を読んでいた時の私の関心は、少女「あずみ」に平穏の日々は訪れるのか?であったのだが当の原作者は無意味に「あずみ」を精神的にも肉体的にも窮地に追い詰めるだけだった。既に原作は読むのを止めたので原作には興味が無くなっているが、映画版の「あずみ」は早々に終わりにして欲しい。

それが『死』としての安らぎであったとしてもだ。

そもそも幼い少女が修羅の道を無限に歩くような映画を嬉々として見たい奴など世の中そんなに多いのか?

そしてさらにこの「あずみ」とゆう物語の悲劇のピークは、同じ境遇で育った仲間同士で殺しあった物語最初の場面であり、今後これ以上の悲劇を用意するのは事実上不可能だと思われる所に「あずみ」とゆう物語の最大の問題がある。
原作でも物語が進むにつれより激しく変態的に「あずみ」を追い詰めて行くのだが、何だかあんまり巧くいっていないのだ。

当然である。

大好きだった「なち」を殺した時点で「あずみ」の心は死んだのだ。

少なくとも私はそう解釈しているのだ、だから誰を出そうが誰が死のうが主人公「あずみ」の心は揺れない。

「あずみ」の心が揺れない以上読者の心も揺れはしない。

今回の「あずみ2」で「あずみ」の心を揺らす為に「なち」にソックリな「銀角」を用意したのだろうが、余り上手には機能していなかったように思われる。
ようは金子監督の変態振りが足りないのだ。

たぶん金子監督は人間としてマトモな大人なのだろう。

マトモな人間に「あずみ」を監督するのは無理があるのだと思う。

続編はもっと変態野郎な監督を用意しないと駄目だよ。

ブライアン・ユズナとかさ・・・。

思い切って次回作は頼んで見れば?きっと喜んで引き受けてくれると思うよ。

凄い作品が出来そうだ。





コメント   トラックバック (1)
この記事をはてなブックマークに追加

バタフライ・エフェクト

2005-11-03 23:53:30 | ホラー映画万歳
2004/アメリカ  監督/エリック・ブレス


私の心に何も残らないのは、主人公の思考形態が私の倫理観や価値観と余りにそぐわないから。

確かに係わらなければ傷付けない。

愛しているからこそ近づかない。

確かにそうかもしれないが・・・。

そんなのは嘘っぱちだ。

話としては面白いけど・・・これはTVゲームか?

この映画の結論では近付かない事こそが『究極の愛』だとのたまってしまっているが、本当にそうだろうか?

この映画の結論に至ってしまうような思考形態の監督の映画は、私はもう見たくない。

映画としての面白さは十分にあるし、最後まで一気に楽しく見れる映画だとは思う。だがそれらを差し引いてもこの監督の価値観は気持ちが悪い。

あんた誰かを愛した事がないんじゃないの?

DVDで見たのだけれども別ヴァージョンのエンディングが収録されている所も何だか薄ら寒い。
こうゆう手法が乱立すると、映画のテーマ自体がブレるし監督のメッセージが弱くなる。いや、別ヴァージョンのエンディングを創る事は否定しないが、テーマが一貫していないヴァージョンは入れるべきではないと思う。
終わり方一つで映画の印象がまるで変わってしまう以上、エンディングこそ監督が自信を持って創るべきだろう。
サービス精神で入れたのかもしれないが余計なお世話だ。

映画自体はかなりゲーム感覚に進んで行くのだが、もしかしたらこの監督は、余りにこの『ゲーム感覚』に毒されていないだろうか?
人生の醍醐味は一回ポッキリな所こそに意味が在ると思うし、好い事も悪い事も人生の『過程』が最も重要であり、この映画の結論のように余りに『結果』を重視してしまうのはどうかと思う。
第一人生の『結果』を何処に設定するのかなんて誰に決められようか?


思いっきり哲学的で深いテーマを扱っていながら、監督自身は余りそれらには興味がなさそうなのが、この映画の最大の問題かも知れない。
監督は物語の意外性にのみ集中してしまい『愛』も『時間の重み』も『人間』も描いてはいないと思う。

私としては監督がコメントで否定していたエンディングこそ最も相応しいエンディングだと思う。アレが人間だろうと私は思うよ。(確り別ヴァージョンも見てしまっている私)

まあ、どっからどうみてもこの映画の主人公は最低男だよ。

久々に見たよこんなに酷い男は。


内容は昔TVでやっていた堂本剛主演の「君といた未来のために」ってドラマとほぼ同じような展開です。

うほっ!!

凄いネタバレだ。
コメント (1)   トラックバック (1)
この記事をはてなブックマークに追加

0:34  レイジ34フン

2005-11-03 22:51:22 | ホラー映画万歳
2004/イギリス、ドイツ  監督/クリストファー・スミス

やは~り~ドイツが~絡む~

映画は~危険~だった~

このタイトルでは、この映画がミステリーなのかホラーなのか、はたまたスタイリッシュなアート風映画なのかサッパリ解らないと思う。

コ・レ・はホラー映画です。

もう頭が悪いくらいバッキバキの純正スプラッター映画と言って何ら問題は無いでしょう。悪い意味で昔のホラー映画のような妙に古臭く馬鹿馬鹿しい程内容の無い映画です。

場所はイギリスのロンドン。地下鉄の最終電車を待っていた女性がホームで眠ってしまい駅に閉じ込められてしまう。そしてそこには恐ろしい『何か』が潜んでいたって内容です。

物語冒頭は結構良い感じで進みます、下水管理の職員が真っ暗な下水管の中を進むところは「アリゲーター」を彷彿とさせますし、私としては一体全体どんなモンスターが出てくるんだろうとワクワクしてしまいます。

『虫』か?『鰐』か?それとも『地底人』か?はたまた『宇宙人』なのか?ホラー映画ファンにとっては、出て来るモンスターについての予備知識が無い映画は、此処こそが楽しみだったりします。

実際問題として物語中盤までの展開はスリリングだし、決してツマラナクありません。むしろ良く出来ていると思います。

ところがギッチョンチョン。

この物語の主役である『何か』が画面に姿を現した瞬間から急劇に物語のテンションが下がります。

御都合主義炸裂の「13日の金曜日」みたいな展開になります。

物語の最後の最後まで『何か』の姿を隠し通して、最後にチラッと見せる程度にすればテンションが保てたと思います。

結構惜しい映画でしたね。

続編の制作が決定しているらしいのですが、『何か』が分かっている場合、この手の映画の魅力は半減すると思います・・・。

地下鉄とゆう舞台設定自体は大変魅力的なので、違う『何か』でまた映画化して欲しいですねぇ。

コメント   トラックバック (1)
この記事をはてなブックマークに追加