ホラー映画万歳

改名しました。
今後は『LED値引き中』で行きたいと思います。
どぞ、よろしく。

地獄の謝肉祭

2004-06-16 12:56:48 | ホラー映画万歳
1980/イタリア 監督/アンソニー・M・ドーソン

これもロメロゾンビの影響を大きく受けている作品である。
ロメロの作り出した感染、食人、死者のキーワードは姿かたちを変えながら色々な作品に流用されていく。ロメロ作品の根底に流れるのは人間の生きる強さ。ネバーギブアップの精神にこそあると思うのだが、この作品にはそんな精神は微塵も流れてはいない。
全くもって、ただの三流ホラー映画でしかない。

そもそもやはりこの映画でも善良と思われる人間も悪人も出て来ない。出て来るのはどこか頽廃的な病んだ人々ばかりだ。主人公も脇を彩る人々も何処か病んだ描写をなされている。
ベトナム戦争がアメリカ人に与えた影響は日本人の僕には理解できないが相当な精神的ストレスを与えたのは間違いないようだ。
だからと言ってこの映画が反戦映画とゆうわけでもなく、脚本は全くグダグダで、テーマもメッセージも何も無い。一体何がしたいのだこの作品は!!
中々ショッキングなパッケージをしているのに中身は典型的なクソ映画だった。

実はいくらでもマトモな映画に成り得る題材だと思う。反戦をテーマにして、戦争で傷ついた兵士の心理描写をもっと確り描けばクソ映画などとは呼べないはずなのだが、料理人である監督はそう思わなかったようだ。

ストーリー
ベトナム戦争のさなか、米軍は捕虜を救出すべく活動していた。しかし激戦の末救出した捕虜達は極限状態での空腹で精神異常をきたし、人の肉を食べて飢えを凌いでいる状態だった。それでも彼らをアメリカに連れ帰る。そして数ヶ月が過ぎた・・・。

28日後...

2004-06-16 12:50:16 | ホラー映画万歳
2002/イギリス  監督/ダニー・ボイル

余りよく知らなかったのだが、この作品の監督は中々有名らしい。
だがこの映画の内容は惜しい。実に惜しい。
ハッキリ言ってしまえば、ロメロのゾンビ映画のコピーでしかないのだが。ロメロのゾンビ映画が健常者がゾンビに噛まれてから感染してゾンビ化するには、数時間から数日掛かるのに対し、こちらはなんと感染後10秒から20秒で発症してしまう。
この超スピード感染が映画から心理面での描写を難しくしている。とても10秒や20秒で今まで話をしていた仲間や相棒を殺す決断など出来るわけも無い。この設定自体がこの映画からリアリティーを奪ってしまっている気がしてならない。
しかも正確にはこの映画の感染者は狂犬病に感染した犬と同じで、死体が歩き回る訳では無い。ただ凶暴化しただけで、あくまでも病人として扱われるべきなのだが。映画の中では、この極悪な感染症に対する説明描写が極端に少ないのだ。いやこの感染者に対する対策が見られないと言うべきか?
人間が凶暴化したのなら仕方が無いのだ、変な話だが仮に核ミサイルが東京に着弾したら、それはそれで仕方が無いのだ。その起きてしまった現実はどうやっても覆らないからだ。
それを受け入れるのが人間だと思うし、しぶとい事こそが人間の魅力の一つなのだから。
しかしこの映画に出てくる人間達は、その世界観と余りにかけ離れた行動をとり続ける。
とにかく画面からのんびりした空気が漂っていて緊張感が無いのだ。主人公が自分の家に戻るのはいいのだが徒歩は無いだろう。擦り傷程度で感染してしまう狂気のウィルスの持ち主たちが町にはウヨウヨ居るとゆうのに。
まともな思考をしてくれない出演者達に視聴者はどんどん置き去りにされていく。最後には、もう好きにしてくれって感じになってしまった。
映像は綺麗だしそれなりに面白いのだが、いかんせん脚本が不完全でしょ。

ストーリー
病院のベットで主人公は目覚める。しかし病院には誰も居ない。外に出ても誰一人なく町は死んだように静まりかえっていた。主人公の意識が戻るまでの28日間に世界では一体何が起こったというのか。やがて恐るべき事実があかされていくのだが・・・・。



呪怨2

2004-06-16 12:23:00 | ホラー映画万歳
2003/日本 監督/清水 崇

世の中には多くの続編映画があるが、意外と成功した作品は少ない。
個人的には「ジョーズ2」「エイリアン2」「プレデター2」「ターミーネーター2」「デモンズ2」「死霊のはらわた2」あたりが成功した続編だと思っている。
良い続編映画とは物語の大幅なスケールアップと前作では謎とされていた部分の解明などや予算や撮影期間の都合で削られた未知の部分が監督の好きなように手直しされた作品ともいえると思う。
何故これらが必要かなのは言うまでも無い。観客はもう知っているからである。鮫は凶暴であり、ターミーネーターはロボットで不死身であり、エイリアンは人間に寄生する化け物で、死霊は極悪な憑依生命体であることを、デモンズは感染力のある化け物であることもプレデターが光学迷彩で姿が消せることも全て予備知識として知っているのだ。
そう、前作で得た情報から観客はあらゆる可能性を考え創造を膨らませて続編を見るのである。
一作目では恐れおののき震えるだけだった人間達が化け物に強力なカウンターアタックを見まわせる機会が巡ってきたともいえるのだ。目にもの見せてくれるぜ!!化け物ども!!
ホラー映画の続編に必要な要素とはズバリ「対決」と「復讐」だと思っている。
人間の環境適応能力の高さを、知恵を、勇気を今こそ示すときが来た。それが最も成功している作品が私は「エイリアン2」だと思っているし、CGの発展により、予想を遥かに越えた強敵を用意した「ターミーネーター2」は興行的には大成功だった。そして逃げるだけだった前作よりも、来るべき未来に備え戦う準備をしていたサラやジョンの生き方や新旧ターミーネーターの対決はやはり面白かった。

さて「呪怨2」だ。
上に挙げた作品に大量の文章を書いているのは理由がある。
「呪怨2」について、ずばり書くことが無いのだ。全く無い。
クソだのクソじゃないなど評価の仕様が無い。前作から一年の時間を置かず作られた今作は、セルフリメイクとしての評価も難しい。何故セルフリメイクなどという言葉を使ったかというと、映画の内容が前作と全く違いが無いからだ。
前作も映画として不完全な物なのに、その不完全な作品をそのまま役者を代えて作ったのが「呪怨2」だから始末に終えない。
観客は「あの家」が危険な事をもう知っているのだ。子供の霊が、女の霊が危険な存在で意味も脈略も無く人間を呪い殺すことを本当に良く知っているのだ。
観客は知っているのに、映画の出演者達は相変わらず知らない。これが理由でこの映画は観客との距離を縮める事が出来ず恐怖もへったくれもなくなっている。観客の出演者への共感がおきないのだ。埋めがたい溝が生まれてしまっていると思う。
そこには、もどかしさと間抜けな出演者達に対する苛立ちしか起きやしない。

日本のホラー映画が物語りの終結を描かないのは、いつまでも続編を作りつづけ観客を騙しつづけたいだけだからかも知れない。役者を代え、手を変え品を変えていつまでも儲け続けたいのだろう。
もし「呪怨3」が作られるなら今度こそ人間の頑張りに期待したい。
これはホラーだけに限った話ではないのだが。

悪魔のいけにえ

2004-06-16 12:08:50 | ホラー映画万歳
1974/アメリカ 監督/トビー・フーパー

ハッキリ言って好きにはなれない映画である。
映像も音楽も脚本も映画としてとても良く出来ていると思う。だけどこの完成度の高さこそが、私がこの映画の嫌いなところなのかも知れない。

余りに救いが無いのだ。惨殺される若者達にではない。惨殺する側の殺人一家のほうにである。確かに人間には狂気や残酷な部分があるだろう。でも一家揃って殺人狂では、人の姿をした怪物でしかない。しかもこの一家はエイリアンに体を乗ったられた訳でも、薬をやっている訳でもない。
極めて正常に殺人を楽しんでいるのだ。嬉々としてである。
殺人一家の描写が実に丁寧に細やかになされているのだ。小道具や歪んだ家族関係や台詞全てに狂気がちりばめられているのだから恐れ入る。
本当に一切手抜きが無い。
余りにカルト過ぎないだろうか?何度も何度もリメイクを重ねている作品なのだから世界中でそれなりに評価は高いのだろうけど。
私はまだ「悪魔のいけにえ」以上の丁寧に作ったイカレタ映画を見たことが無い。
衝撃的な内容なのは間違いない。
監督のトビー・フーパーは他の作品で名を聞く事は無かったが才能のある監督であったのは間違いない。例えその才能が狂気に彩られていたとしても。

ストーリー
楽しい小旅行を楽しむために若者達がやってきた田舎町。ただ何も無く、のどかな空気が流れるだけの田舎町のはずだった。しかしヒッチハイクの男を車に乗せたところから何かが狂っていく・・・。

この映画に出てくるチェーンソーを操る男こそがレザーフェイス。映画の中では名前が出てこないのだがフレディやジェイソンと同じくらい有名人らしい。
いつも皮で作った仮面を被っているのだが何の皮で作った仮面かは言うまでも無いだろう。

サンゲリア2

2004-06-16 11:58:48 | ホラー映画万歳
1988/イタリア 監督ルチオ・フルチ 
          ヴィンセント・ドーン

私がまだ中学生だった頃。映画「ゾンビ」を見てしまった私は、その完成度の高さと面白さに完全にやられてしまっていた。
当時はそれほど映画に詳しかった訳でもなく、今ほどインターネットで簡単に情報収集が出来た時代ではなかったし、何より少ないお小遣いでは写真の多い高価な映画雑誌を買うことも出来なかった。それでもある日の下校途中のレンタルビデオ屋で見たサンゲリア2のポスターは私の胸をときめかせた。「また凄いゾンビ映画が見れる!!」もう忘れてしまったがかなり期待を煽る素敵な文面のポスターだったのだ。
私はまだロメロの名も、ましてやルチオ・フルチなんて名前も全然知らなかったのだ。

そうして記念すべき私が見た生涯二本目を飾るゾンビ映画「サンゲリア2」は私の期待を粉々に打ち砕く事となる。
法則性,関連性、因果関係,起承転結全て無し。意味不明、回答不能まさにフルチワールド全開の映像の数々は一緒に見てくれた友達も完全に引いてしまうほどの劣悪な代物だった。

それでも鳥ゾンビによる感染など小ネタ満載のアイデア満点なのだが、その数々のアイデアは映画の本筋には活かされず、まさに宝の持ち腐れ状態。
このフルチワールドのアイデアの数々は、ゲーム「バイオハザード」が世に登場するまで,一般の人々にはまるで認知される事はなかった。
ゲームの「バイオ」では、ゾンビ映画からの物凄い数のアイデア流用が見られるが、フルチ作品からの流用が最も多かったのではないだろうか?
だが初期の「バイオ」こそロメロの精神が感じられたが、作品を重ねるにつれて悪趣味なフルチ化現象が起きて行ったのは不幸でしかない。根底に流れるロメロの精神が失われた時、「バイオ」も廃れていったのだから世間の人々の感覚は全く正しい。

ちなみにこの映画の撮影中にイタリアの巨匠であるフルチ大先生は、病に倒れたらしい。代打で選ばれた監督のヴィンセント・ドーンに才能が無かったのも、この映画の不幸だろう。

サンゲリア

2004-06-16 11:00:02 | ホラー映画万歳
1980/イタリア 監督/ルチオ・フルチ

世にマカロニウェスタンなる言葉がある、血飛沫まう西部劇映画に付けられた言葉だ。
さらにマカロニホラーとゆうジャンルを産み出した男こそ巨匠ルチオ・フルチその人である。サンゲリアはフルチの膨大なクソ作品の中でも比較的まともな映画なのかもしれない。
ある意味ではその溢れんばかりの残虐描写と突出したアイデアの数々は賞賛に値するのだが、いかんせん物語と関係無い所でばかりの暴走気味の演出ばかりなのだ。
このサンゲリアの中でも世にも珍しい鮫対ゾンビの水中戦が見られる。ハッキリ言って思い付いても誰もやらないだろうと思われる映像が目の前で展開される。無論その展開は別に物語に必要な演出とは言いがたいし,私には不必要な気がしてならない
そして笑いのネタにまでその描写が昇華されていれば許せるのだが、本人は自覚してなのか無自覚なのかいたって真面目に撮っているフシがあるのだから始末が悪い。
ネタなら観客は笑えるのだが、悪趣味なコントともいえない展開が延々続くのだから一体観客は何を楽しめばいいのか?

ホラー映画の基本としては登場人物に感情移入できなければ何も怖い事は無い、遠いお話になってしまう。フルチの映画には普遍的な善人も悪人も出てこない。(映画は2時間程度しか時間が無いのだから分かりやすい人物描写をしないと観客は中々ついていけないものなのだ。ホラー映画の基本として善人は中々死なない。それこそ善人や魅力的な登場人物が悲惨な死を遂げるからこそ観客の心は動かされるのだろう。)これが感情移入しずらさに拍車をかけている。だから誰にも感情移入出来ないまま、事件の発端も収集も何も無いままに物語りはクライマックスに突入していく。まさに観客置き去りフルチの一人舞台が続くのだ。

だいたい物語の最初はニューヨークから始まるのだ、観客の期待はアメリカを代表する大都市で一体どんな恐ろしいゾンビ物語が展開されるのか壮大なスケールを思い描いてしまうじゃないか!!
それが南の島に出かけていってゾンビに襲われて、ほうほうの体で逃げ帰ってきたらニューヨークはゾンビで溢れていましたってアンタ!!

フルチは熱狂的なファンも多いと聞くが間違ってもホラー映画素人が手を出していい代物では無い。レンタルビデオ屋のパッケージの裏にルチオ・フルチの名を見つけたら棚にそっと戻す事をお勧めする。


ストーリー
ある晴れたニューヨークの港に無人と思われるボートが入港した。沿岸警備隊がその船を調べると中から一人の血まみれの男が。その男は無言のまま警告を発する警備員の喉笛に喰らいつき惨殺してしまうが、男も海に落下してしまう。このボートに一体何が起こったのか、そして一体何処から来たのか・・・・。

フレッシュイーター

2004-06-16 10:53:39 | ホラー映画万歳
1989/アメリカ 監督/ビル・ハインツマン

典型的な低予算ゾンビ映画。
「ゾンビ」に遠く及ばず、「サンゲリア」ほどにゲロゲロではない、言うなればゾンビフリークに与える為のヘボホラー映画でしかない。
不思議に思うのは、この手のゾンビ映画は明らかに観客用に撮影されているのではなく、作る側がゾンビ映画を作りたくて撮影しているようなところにある。
しかしアイデア不足も甚だしく、いたって普通の出来に終始している所から、同人映画の匂いすら漂っている。残念ながらプロの仕事とは言い難い。
この出来でお客様から料金は頂けないはずなのだが、この手のゾンビ映画が無くならないのは本当に不思議である、それほどまでにゾンビ映画は作る側の人間から見た場合、魅力的なのかも知れない。

実は評価の難しい映画とは、こうゆう無難な出来の映画なのかもしれない。
脚本に無理も無く、設定も破綻していないのだが、全然面白くない。単純に詰まらない映画こそ人々の記憶に残らない寂しい作品なのかもしれない。

ちなみに、このビル監督は、ロメロの「ナイトオブザリビングデット」のスタッフの一人だったらしいのだが、この映画の完成度を見ると映画作りは中々敷居の高い作業のようだ。


オーバーマン・キングゲイナー

2004-06-10 15:18:10 | アニメも万歳
2003/日本 監督/富野 由悠季

面白いと風の便りには聞いていたのだが、やっと見ることが出来た。
メカデザイン、コスチュームデザイン、世界設定、音楽、キャラクターデザインどれも完成度は高く、作画もカット割りも良く出来ている。
画面から良質のアニメーションを作ろうとしている気持ちはよく伝わってくる。
だが、この作品は一体誰に向けられて作られたアニメなのだろう?
視聴者は感動や興奮や非日常をロボットアニメには求める筈だと私は思うのだが、それらの要素は非常に少ない。そもそもギャグ路線なのかシリアス路線なのかも不明瞭だし視聴対象年齢が明らかに不明瞭だ。この作品を見て子供が楽しいとは絶対に思えない。
主人公メカも登場人物も全然カッコ良く描けていないからだ。登場人物たちはもう少しディフォルメして描くべきだと思うし、大人が視聴対称だとしたら登場人物たちは余りにふざけ過ぎで緊張感の欠片も無い。だから戦闘シーンも弛緩しきってどうしょうも無いものに仕上がっている。視聴者が舐められているとしか思えない。ある意味作り手側の「本気」
を感じないのだ。プロとしての仕事の水準としては高いのだが、この作品を誰も情熱を傾けて作っていないのだろう。
主人公ゲイナーは、管理された世界からの離脱をはかり、独立した自由な生活を目指す集団の一大決起に巻き込まれてしまう冨野監督お得意の巻き込まれ型主人公である。
ここまではいい。でも管理される生活の閉塞感や苛立ちを描かずにいきなり閉塞からの離脱で話が始まってしまっては、自由を得た喜びや感動も無く、脚本での感動が描けていないと思う。本来ならここを前半のクライマックスに持って来るべき所だろう。だからなのか話は全然盛り上がらずに、斬新なデザインではあるが別にカッコ良くは無い巨大人型兵器であるオーバーマンの戦闘シーンが毎回お決まりのように極めて不自然に挿入されてくる。
もう5話も見たのだから話が盛り上がってもいいはずなのに、とにかく淡々と話が進む。
主人公達の精神的な昂揚が伝わってこないので比較するのも嫌なのだが同時期に放送していたガンダムSEEDに似ていなくも無いのだ。
特に主人公がなんとなく事件に巻き込まれ、なんとなく仲間を得て、なんとなく戦闘してなんとなく話が進む。厳然としたリーダーシップを発揮する者も無く、明確な目的地を視聴者に提示する訳でもなくただただ話が進む。本当にSEEDそっくりだ。
この「意思無く流される者達」という世界観は、監督が意図して演出しているのかもしれないが、アニメはエンターテイメントである筈だと私は思うし、少なくとももう少し過剰演出しなければ視聴者に何も伝わらないのではなかろうか?「意思無く流される者達」を描くにしてもだ。登場人物たちに明確な目的意識が感じられないのは、監督自身がこの作品の本来持つべき「開放」や「自由」という解りやすくも難しいテーマに実は興味が無いからなのじゃないのか?
冨野監督が好きなのは結局「絶望」「破滅」「悲劇」であって、明るい未来への希望など興味の欠片も無いのかもしれない。少なくとも続きが見たくなるような作品ではない。
暇な時になんとなく見続けるアニメなのかもしれない。
ロボットアニメとしての基本軸であるカッコ良さも、戦闘シーンでのカタルシスも何も無いのだから、これ失敗作でしょう。この程度の作品にOKサインは出せないよ。
もう少し言わせてもらえば、監督が産み出したガンダムの最新作であるSEEDに人気もビジネスとしての成功も全部負けていると思う。
SEEDがあざといまでにファンのオタク心を掴むために用意した数々の演出に対し、この作品は余りに今流行りの「萌え」だの「美形」だの「乳揺れ」が無いのだから、勝ち目は無い。案外今の時代には冨野監督の嫌いなものを箇条書きにしたものを全て突っ込んだ作品が受けるのだろう。あっ!!それってSEEDじゃん!!ちゃんちゃん。


呪怨

2004-06-10 14:57:16 | ホラー映画万歳
2003/日本 監督/清水崇

映画「リング」のヒットのお陰でクソみたいな和製ホラー映画が増えた。
この呪怨も御多分に漏れず完全なクソ映画でしか無い。
そのクソの理由は簡単である。
この映画に出てくる悪霊達に何の法則性も必然性もないからだ。
「リング」はその後産まれてしまった多くの続編達を無視すれば、起承転結の整った見事な作品として成り立っている。観客は馬鹿ではないのだ。ホラー映画が観客に受けたのではなく、映画として「リング」が面白かったのがヒットの理由だったのだ。
だが映画製作会社はそう思わなかったのだろう。気味の悪い悪霊を散りばめて低予算で小銭を稼ごうとしたとしか思えない。「呪怨」は正に柳の下の泥鰌を狙った、産まれた時からクソが約束されたような作品だったのだ。
とにかくこの映画では人が死ぬ。だが悪霊達が何がしたいのか?どうして人が死ぬのか?
物語の基本的な部分を置き去りにしたまま話は進んでいく。
悪霊の発する不気味な声も、不気味な動きもコケ脅しでしかない。起承転結という物語の基本が存在しない為に数パターンの人が無意味に死ぬシーンを見せられては飽きてくる。
関連性や法則の無い「死」は、隕石に頭をぶつけて死ぬような劇的に運の悪い事故にすら思えてくる。それほどこの映画に出てくる「死」は物語としての意味が無いのだ。
さらにこの映画の中の登場人物達は最後まで悪霊に対峙する事をしないのだ。もうこうなったら現実逃避だ。謎は謎のまま、登場人物達は謎に挑戦すらしないで物語りは終結してしまう。観客に蓄積される悪霊に対するデータが出演者達には何も蓄積されないので本当に無意味に登場人物達が死んでいくのでストレスすら感じてしまった。

この作品を見るくらいなら「稲川淳二の怖い話」の方が遥かに面白いし怖い。
無駄な時を過ごした。

ブラックマジック M-66

2004-06-10 12:31:41 | アニメも万歳
1987/日本 監督/北久保弘之・士郎正宗

今や一般人にもその名を轟かせ始め、むしろ日本国外で有名になってきた士郎正宗の初期アニメ作品である。レンタルしているビデオ屋がどれほどあるかは疑問であるが探してみて欲しい。むろん時間があればの話だが。

さて話は簡単で。近未来、軍が極秘に開発した女性型戦闘用アンドロイドが輸送中に事故で起動してしまい大暴れするという到ってオーソドックスな脚本でしかない。
しかしその内容はしょうも無いが、そのオタク的な内容は現在の彼の作風と全く変わっていないのが良く分かる。
一見すると専門用語と説明不足のせいで話が全く見えなくなる素人お断り状態だし、尺の都合だと思うがカット割が早すぎて画面上で何が行われているのかも分かりにくい。
さらにヒロインが不明確なうえシナリオが単純すぎるために盛り上がりにも欠ける。

うーん。この士郎正宗という人は才能があるんだか無いんだか微妙だ。
だが本気で近未来を描こうとしている姿勢には好感がもてるし、いたって真面目に作っているのも理解できる。この真面目な未来の世界構築への姿勢が後に攻殻機動隊やリメイクされたアップルシードを産み出していくのだから真面目さとは侮れない。

ただしこの作品の主人公が持つ巨大なビデオカメラだけは、現代人から見た場合、未来を興醒めさせる一因となっている。作者もここまで急速にテクノロジーが発展するとは思わなかったに違いない。未来を描く難しさを感じさせると共に、ほんの少しだけその間抜けさが微笑ましい。