温泉クンの旅日記

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京都・嵯峨、愛宕念仏寺(1)

2024-05-19 | 京都点描
  <京都・嵯峨、愛宕念仏寺(1)>

 山城国と丹波国の国境、愛宕山(あたごさん)の山頂に建つのは「愛宕(あたご)神社」で、その参道の山麓入口に建つこの寺は「愛宕念仏寺」である。

 

「愛宕念仏寺」の読みだが「あたごねんぶつじ」ではなく、「おたぎねんぶつじ」と読むからややこしい。
 すぐ前にある京都バスの停留所も「愛宕寺前(おたぎでらまえ)」と読む。停留所へいき、バスの時刻表の、本数少ない帰りの候補時間を頭に刻みこむ。
 今回はこの寺にある、千二百躰ともいわれる石造の羅漢を観賞しに訪れたのだ。

 

 

 参道入口の「愛宕念仏寺」から「愛宕神社」へは、徒歩で90分から120分掛かる。しかも当然のことだが、山頂への山路だからきつい。

 愛宕神社には、あの長谷川平蔵も参詣に訪れている。

 

  『平蔵は、忠吾をつれての、愛宕山・参詣をおもいたった。
  愛宕山は京都の北西四里のところにあり、祭神は稚産日命(わくむすびのみこと)、
  伊弉再命(いざなみのみこと)ほか数柱。鎮火の神として古いむかしからの朝野の崇敬があつく、
  戦国のころ、かの明智光秀が愛宕神社へのぼって、織田信長弑逆の吉兆をうらなった
  という・・・・・・ま、このくらいのことは木村忠吾もわきまえていたようである。
   保津川の谷間をへだてて嵐山をのぞむ絶好の地で、檜や杉の鬱蒼たる樹林につつまれた
  愛宕山頂の社家へ一夜を泊したのは、三浦奉行の紹介によるものであった。』

                       文春文庫刊 鬼平犯科帳3巻「凶剣」より

 嵐山から清滝行の京都バスで上がってきて、「愛宕念仏寺」を嵯峨野めぐりの始発点とすれば、後の見所はすべて下り坂で便利この上ないそうだ。

(ここを嵯峨野めぐりの始発点だとォーっ!)
 そんなウマい手があったとは、露ほども知らなんだ。

 

 嵐電の嵐山駅から出発して嵯峨野は何度も歩いているが、たいていは「化野念仏寺(あだしのねんぶつじ)」か、その先5分ほど歩いた愛宕社・一ノ鳥居そばにある「鮎茶屋 平野家」までで、Uターンして嵐山方面に戻っていた。あともう5分歩けば愛宕念仏寺なのだが、そのころはまだ羅漢像などにまったく興味はなかったのだ。

 

 平野家は、平蔵と忠吾も、愛宕山一泊参詣の往復に立ち寄っている。

  『山頂より五十余丁の山道を下り、清滝川をわたって試坂(こころみざか)をこえると、そこが
  愛宕社・一ノ鳥居である。


 

   この鳥居ぎわに、わら屋根の、いかにも風雅な掛け茶屋があって、名を[平野や]という。
   平野やは、享保のころからある古い茶屋だそうな。愛宕詣での人びとが、ここへ来てひと休みし、
  いよいよ山道をのぼろうというわけで、平蔵も往きには足を休めている。
   夏になると、保津川や清滝川でとれる鮎をこの平野やまではこび、荷の中の鮎へ水をかえてやり、
  一息入れてから京へはこぶのだ。

              文春文庫刊 鬼平犯科帳3巻「凶剣」より

 

 平蔵と忠吾は参詣帰りに平野やで、こころゆくまで嵐気にひたりつつ、おもうさま酒をのみ、鯉や田楽などを食べたようだ。

 

 さて、それでは目的の、羅漢像をたっぷり観賞するとしよう。


  ― 続く ―


   →「嵯峨野、化野念仏寺で出会った名言」の記事はこちら



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