人だすけ、世だすけ、けんすけのブログ

愛知13区(安城市・刈谷市・碧南市、知立市、高浜市)
衆議院議員 おおにし健介

「國酒」を国家戦略として推進!

2012年06月01日 | 政治
 私は、2月15日の予算委員会で、「國酒」を採りあげ、酒どころの東北の被災地を応援するためにも、また、日本が誇る食文化の日本酒を振興するためにも、税金で行う国の公式行事等では、乾杯等で日本酒を積極的に使うよう提案しました。かつて、大平内閣で、日本酒を「國酒」として、各省に日本酒の消費を奨励するよう閣議で了解した例があります。酒税を所管する安住財務大臣も、ガイトナー財務長官に日本酒をプレゼントしたエピソードを紹介しつつ、日本酒や焼酎を政府としても盛り上げていきたいとの答弁をいただきました。

 そんな中、私の質問がきっかけになったのかどうかは分かりませんが、政府は、去る5月28日、「ENJOY JAPANESE KOKUSHU(國酒を楽しもう)推進協議会」の第一回会合を開催し、古川国家戦略担当大臣が先頭に立って、日本酒、焼酎などの國酒の魅力を発信していくことを発表しました。

 最近では、韓国で日本酒ブームが起きていると聞きます。一方で、中国で「森伊蔵」が勝手に商標登録されてトラブルになっているというニュースもありました。私は、ワシントンの日本大使館で米国議会対策をを担当していました。アイルランド大使館が米国議会の近くのバーを貸し切って、アイリッシュモルトウィスキーの試飲会を開いて、若い議会スタッフに好評だったのも見て、日本大使館でも日本酒のイベントを行ったことがあります。ワインがそうですが、私は、國酒のブランドを確立すれば、日本にとってのよいツールになると思っています。早速、5月18日には、古川国家戦略担当大臣名で外務省に対して、「在外公館、飯倉公館等における國酒の一層の活用促進について」という要請を発出していただきました。

 「國酒なんて言ってないで、もっと大事なことをやれよ」とのお叱りがあるかもしれませんが、私は、どんな小さなことでも国会議員として行動したことが結果に結びついたことは、いいことだと思っています。

【書評】雑巾がけ

2012年05月22日 | Weblog
「雑巾がけ 小沢一郎という試練」 石川知裕・新潮新書

 読んでいて、「あるある」と、共感するところが多かった。私も立候補をする前に、馬淵澄夫代議士の秘書をしていた。ある時期は、一日の中で夫人よりも長い時間を馬淵代議士と過ごしていた。もっとも、私が秘書をしていたのは3年ほどだし、代議士も私のことを地元秘書に比べれば、ずっと優しく扱ってくれたので、私が「雑巾がけ」なんて言うのはおこがましいが、秘書経験者としては石川代議士の気持ちはよく分かるし、自分も代議士となった今、「秘書道」とも言うべきこの本の内容をうちの秘書にも、ぜひ、読んで欲しいと思う。

 私は、秘書をしていた時に周りの先輩秘書を見ていて、思っていた「よい秘書の必須条件」、それは、ボスへの思いが強いことと、「先読み」して仕事ができること。石川代議士は、そのどちらにも当てはまる。石川代議士は、高校生からの小沢ファンで、スーパーチルドレンだと自称する。小沢さんを心から尊敬しているのが、よく分かる。しかし、盲目的に礼賛しているのではない。本書には、小沢さんの「ダメ」なところも書いてあるし、心の中で小沢さんに対して「おい、おい。」と突っ込みを入れている場面が何度も出てくる。その気持ちは秘書経験者として、すごくよく分かる。これから修業する人へのアドバイスにある「政局に予定を入れない」というのは、まさに「先読み」そのものである。
 小沢さんの前では、妙に緊張することや、自らの立候補についてボスの了解を得る時のボスとの微妙な関係なども自らの体験と重ねて読ましてもらった。

 もう一つ感じたのは、小沢さんと馬淵の共通点である。石川代議士が小沢さんに魅かれたのは「強さへのあこがれ」だと書いてあるが、最近は、「父性」を感じさせる政治家が少ない気がする。野党時代の小沢代表のポスターに、たしか「日本のオヤジ、動く。」といったキャッチコピーのポスターがあった気がする。小沢さんは、まさにこわいオヤジのイメージだ。馬淵は、私生活でも6人の子供の父親で、現代風のパパの優しさもあるが、怒ったら、こわいオヤジだ。私も自分にないその力強さ、「父性」に魅かれてついてきた。

 実は、馬淵自身も雑巾がけの経験がある。馬淵は、「丁稚奉公」と言うが、修業時代の思い出話を秘書をしていた時に、よく聞かされた。馬淵がオヤジと呼ぶ投資家に、草刈りや運転手から始めて、商売のイロハを叩き込まれたこと。本書では、これから修業する人へのアドバイスとして「物の頼み方、頼まれ方」ということが書いてあるが、馬淵は、オヤジから、「金の払い方、受け取り方」を教えられたと話してくれた。同じ支払いをするにも、あり難く受け取ってもらう払い方があるし、反対に気持ちよく支払いをしてもらう金の受け取り方があると言う。馬淵の運転手から、「おやじ」に認められて、30代で上場企業の役員に抜擢されるまでの話は、さながら秀吉の「信長の草履とり」の逸話のようだ。最近では、「松下政経塾出身者が日本の政治を悪くしている」という声まであるが、政経塾出身の政治家に共通するのは、若くて、政策通だが、世間知らずで、人の気持ちが分からないという批判だ。私が馬淵代議士に天下をとらせたいと思うのは、民主党の若手政治家の中で、実社会での経験が豊富で、雑巾がけも、落選も経験していて、「日本を良くするのは馬淵だ」と思うからだ。

 石川代議士も、「おわりに」で、逮捕された今でも小沢さんについていく理由を問われれば、現在の政治家の中で最も政策がよく、実行力があり、「日本を良くするのは小沢さん」と思うからだと述べている。秘書だったからではなく、客観的に、日本のためにそう考えているところが、私の馬淵に対する想いと近い気がする。さらに、続けて、「人柄」や「清廉さ」こそが、もっとも重要だと言わんばかりの世論には戸惑うと述べている。「人柄がいいが無能な社長」より「独善的だが有能な社長」を選ぶのは当然だという石川代議士の主張は、実は、私が辿り着いた「小沢一郎論」とまったく同じだ。
 私の支援者の中にも小沢さんが好きな人と大嫌いな人がいる。大嫌いな人の主張はこうだ。政治は「信なくば立たず」だ。カネの問題で国民の信頼を失った人間がリーダーになる資格がないというものだ。私は、これも一理あると思う。一方では、「清濁併せ飲む」のが政治家だ。「クリーンだけど能力のない政治家」より「グレーだけど実力のある政治家」に任せるのが当然じゃないかという声も理解できる。当たり前だが、クリーンで実力があれば、それが一番いいに決まっている。だから、私は排除するのではなく、小沢さんの「実力」をうまく使えばいいと思うし、一方で、法的にシロかどうかは別にして、現在の国民世論では、表の顔になるのは難しいと思っている。

 最後に、私も、辞めて公募に応募する許しをもらった時に、馬淵から「お前もまだまだだな、だけど、まぁ、がんばれ」みたいなことを言われた気がする。この本を読んで、石川知裕衆議院議員という人物そのものに関心が湧いた。実は、以前にこのブログに「悪党」の感想を書いたら、議員会館のエレベーターで石川代議士に会った時に「ブログ読みましたよ。感想を書いていただき、ありがとうございます。」と丁寧に挨拶されて、驚いたことがある。なかにはエレバーターで会って挨拶しても返事もしない議員がいる中で、この辺は、まさに雑巾がけで人間ができているかどうかの差だと思う。

小沢元代表の無罪判決に寄せて

2012年04月26日 | 政治
小沢氏に無罪判決 陸山会の土地取引事件 東京地裁(朝日新聞) - goo ニュース

小沢元代表の無罪判決を受けて、各局は競って、このニュースを大々的にとりあげて、「今後の政局への影響云々」と騒ぎ立てている。私は、何か虚しい思いがしてならない。それは、所詮、「政局」への影響であり、多くの国民の暮らしとは関係のないことである。

マスコミも、永田町も、「小沢!小沢!」と騒ぎすぎで、一期生の私としては、小沢を軸にしか政治を語れないマスコミにも、永田町にもうんざりというのが正直な感想だ。
私は、小沢一郎という政治は、すごい人だとは思う。しかし、70歳を過ぎた政治家に、過度に依存することも、過度に怯えることも、もういい加減にした方がよいと思う。

私は、国民が抱く民主党のもともとのイメージは、松下政経塾出身者に代表される若くて、政策通の代議士のイメージだと思う。しかし、そこには、反面、ひ弱さ、未熟さがあったことも事実だ。政治は、正しいことを訴えていれば国民はついてきてくれるというような甘いものではない。小沢一郎は、民主党に、権力を奪取すること維持することの厳しさ、選挙重視という異質のカルチャーを持ち込んだ。私たち、一期生は、小沢幹事長の下で選挙に勝ち上がった、いわば、オリジナル民主党と小沢イズムのハイブリッドなのだ。だから、小沢さんを必ずしも排除しない。反小沢と親小沢という党内の対立はもうたくさんだ。これは国民にも共通する思いではないか。

私は、控訴がないなら、執行部は小沢氏に謝った上で、党員資格停止処分は解除すればよいと思う。一方で、もう、いい加減に、小沢さんに依存したり、小沢さんに怯えたりする政治はやめよう。元秘書である石川知裕代議士も自らの著書「悪党 小沢一郎に仕えて」の中で「『小沢頼みから脱却しなければならない』よく仙谷さんはこう言っている。確かにそうである。我々一人ひとりの政治家は自分自身の考え方をまとめ小沢一郎への依存から脱却し自ら政策を掲げ、それが日本の指針となるような、または対立軸となるようなものを作り上げなければならない時期に来ている。」と書いているが、まったくそのとおりである。

私、個人は、次の選挙で民主党は「元総理と立候補時に70歳を超えている者は公認しない」とすべきだと思う。これが意味することは、鳩山、菅、小沢は、民主党が公認しないということだ。小泉さんは、中曽根、宮沢という元首相に引導を渡した。自民党にも「70歳以上ベテランや元総理にはもう退場願いたい」と思っている若手は多いのではないか。それくらい、過激なことをしないと政治は変わらないのではないかと思う。

「君舟也、入水也」

2012年04月24日 | 政治
 「貞観政要」という中国の古典に「君は舟なり、人は水なり。水はよく舟を載せ、またよく舟を覆す。」とあります。ポピュリズムはいけません。しかし、民意に背けば、船はひっくりかえってしまいます。「野田」丸は、ただでさえ嵐の中の航海なのに、大丈夫かと心配しています。最近、私が気になったことをいくつか挙げます。

 まず、第一は、前田国土交通相と田中防衛相の問責決議可決について。野党の問責決議を盾にした審議拒否は、天に唾を吐く行為であり、論外です。しかし、我々も野党の時にはやってきました。お互いに与党と野党をそれぞれ経験し、一回ずつ頬をはりあったのだから、もうこんなバカげたことを止めにしようと紳士協定を申し入れすべきです。一方で、与党の責任がないかと言えば、私は、我々与党も猛省しなければならないと思っています。私も予算委員として田中防衛相の答弁を直接聞いてきましたが、見ていられないというのが正直な感想です。百歩譲って専門知識がない大臣はこれまでもいましたが、あの焦点の定まらない目線やしどろもどろの様子を見た国民が「国の安全をこの人に任せていて大丈夫か」と思うのは当然です。なぜ、こんなことになってしまったのか、それは防衛相の人事が一川防衛相の辞任による参院枠の補充として行われたからです。我々は、野党時代、「派閥均衡人事や当選回数で閣僚ポストを回すのはおかしい」と適材適所を求めてきました。なのに、政権交代しても自民党政権と同じことをやってしまっているのです。これでは、国民がそっぽを向くのは当たり前です。

 第二は、原発への対応です。馬淵代議士は、原子力発電所再稼働をめぐる新たな安全判断基準について「目の前に再稼働が迫り、2日間で泥縄式に作った。無責任極まりない行動で、国民に理解いただくのは困難ではないか」と述べました。これは一般の国民の感覚に極めて近いと思います。私は、時間をかけて原発依存率を下げてゼロに近づけていくべきという立場ですが、そのためにも当面は「つなぎ」としての再稼働は必要と考えています。しかし、こんないい加減な形で再稼働をすれば、「つなぎ」として安全な原発を再稼働することさえできなくなってしまいます。新たな原子力規制組織もできていません。また、国会事故調の結果も出ていない中では、事故原因を究明し、それに対する対策を立て、新たな安全基準を作ることも不可能です。野田総理も長期的に「脱原発依存」社会を目指すと言ってきました。段階的に原発依存率を下げてゼロに近づけていく工程表を早く国民に示すとともに、「泥縄式」の安全基準で再稼働を急ぐことは避けるべきです。

 第三は、政治改革、行政改革への対応です。ほとんどの国民は、消費増税率の引き上げは、いつかはやらなければならないことだと理解してくれていると思います。しかし、増税の前にやるべきことをしっかりやれと言っているのです。「八ッ場ダムに代表される大型工事をなぜ、止められないのか」、「議員自ら身を削る姿勢が見えない」というのが大勢の声です。特に、議員定数の削減は「どうせ口先だけで、やるつもりなんかないでしょ」と見られています。私は、個人的には、比例定数80削減の法案を国会に提出して、会期末までの間に与党が多数を握っている衆議院で可決してしまえばよいと考えています。参議院は、「ねじれ」状態なので、参議院では法律案は通りません。しかし、私たち衆議院の議員定数を減らそうという法案に、なぜ、参議院が反対できるのでしょうか。もし、反対をすれば、それこそ、国民は「参議院なんて要らない」と言うのではないでしょうか。

 消費税もTPPもがれきの広域処理も国民が諸手を挙げて賛同してくれることのない難しい問題です。私は、これからは、国民が嫌がることに国民の理解を求める役割が政治家には増えてくると思っています。だからこそ、ひとつひとつの政治課題に対して、丁寧な対応を心がけなければ、思わぬところで足をすくわれることになりかねないと思います。

「レバ刺し禁止令」の愚かしさ

2012年04月12日 | 国会
 ウガンダに出張中の新聞記事等にざっと目を通していて、「『レバ刺し禁止令』の愚かしさ」という4月4日付の社説を見て、わが意を得たりと思ったので、紹介しておきたい。次のようなことが書いてある。

 >ただ1つの事業者が引き起こした不祥事を機に「官」による規制が際限なく広がる、典型的なパターンだろう。耐震偽装事件のあと、建築基準法が強化され、業界を萎縮させた >のと同じだ。

 まさに、私がこの問題に関心を抱いたのは、耐震偽装と同じものを感じたからに他ならない。

 >そもそも、生レバーに危険性があるのはたしかだが、1998年以降の食中毒事例は年間10件ほどだ。食中毒全体の1%に満たず、生ガキの食中毒などと比べて突出しているわけで >はない。およそ食べ物から完全にリスクを取り除くのは難しい。魚の刺し身も生卵も、食べる、食べないは、突きつめれば個人の判断だ。食文化というものは、そうした微妙な >均衡のもとに育まれてきた。そこに「お上」が乗り込んでメニューそのものをご法度にするとは、ほかの分野での過剰規制にも増して愚かしい対応と言わざるを得ない。へたを >すれば「闇レバ刺し」がはびこることになる。

 生食は、食文化であり、何を食べていいとか、悪いとか、そんなことを一々お上が口出しすることが愚かだ。これは、規制のあり方に関わる話だ。

 >抵抗力の弱い子どもや高齢者には肉や魚の生食をさせない。ルールを守らない事業者は個々に処分する。禁止令の前に、やることがあろう。危険を見分ける消費者の自覚ももち >ろん大切である。

 安くて広いヒューザーのマンションに落とし穴があったように、一人前280円のユッケを、子どもに食べさせる側にも過失がないとは言いきれない。従来の基準さえ守っていなかった業者が引き起こした事件によって、多くの真面目に安全なものを出してきた業者がとっばちりを食うのはおかしい。
 本当に、この日経の社説が述べているとおりだと思う。

 今朝の厚生労働部門会議では、長妻座長の求めに応じて、「平成24度の厚生労働省の計画等の主な予定」という一覧が配られた。この中に、「牛レバーの生食の取扱」も含まれている。法律案は、与党の事前審査があるために、事前に我々、与党議員に対する説明があるが、法律事項になっていない計画等の中には国民生活にも密接にかかわるものであるにもかかわらず、与党議員への事前の説明どころか、事後の報告さえない中で、スルーしてしまっているものもある。
 
 議連からの「慎重な検討」を申し入れた直後の審議会での決定には、やはり不信感をぬぐいきれない。