本日(1月15日)
東京高裁で、いわゆる「元慰安婦」の女性の証言がありました。
午後2時から5時までの3時間、少数民族の言葉から北京語、北京語から日本語という二重通訳という大変なものでした。
でも、裁判官は真剣に耳を傾けていました。そして、傍聴席には大学生多数を含む満員の傍聴者で、途中休憩に入れ替えをしてもまだ入れない方がいるほどでした。
14才の頃に畑で10人の日本へに取り囲まれて衣類をとられて辱められ、さらに家へ押し入ってきた日本兵に、父母の目前、そして怯えながら遠巻きに覗く近所の村人の前で辱められ、そして家から数十メートルのところにある慰安所に監禁されました。慰安所から見えるところにある自分の家で父母がどんな気持でいるかを思いながら、薄暗い部屋に監禁され輪姦される14,15才の少女が、どんな思いだったかは、想像も及ばない地獄です。
海南島の被害女性たちは、すむ場所も監禁された場所も違うのに、異口同音に「四つ足の牛の刑」と呼ぶ見せしめともいえるリンチのことを語ります。これは、抵抗したりすると加えられる制裁なのですが、親指を除く8本の両手の指先と足のつま先とで四つんばいにさせられ、その姿勢でじっとしていることを強いられるものです。長時間に及び意識がもうろうとして、あるいは疲れからよろけると殴られるというのです。この体勢で姦淫された女性もいました。
この苦しさ辛さは、どの女性からも涙ながらに語られました。今日も法廷でもこの話がされました。これまで、手の指先は親指もついていたのだと思っていましたが、法廷で女性が親指をつけない仕草をすることから、この姿勢のより一層の苦しさがわかりませいた。
みなさんも、試しに、やってみてください。どれくらい続けられるでしょうか。
女性は既に80才を越えていますが、60余年も前の悲惨な事実を、ありありと昨日のことの覚えています。そして、この記憶は今回の尋問のように意識的に思い出さなくても、ふっと頭にその記憶が侵入してくるのです。胸をえぐられるような思い、頭痛がしたり意識がもうろうとするという身体の変化が伴います。
また、寝ているときにも悪夢を見て、叫んで飛び起きる、動悸が高鳴り汗をかいている。こんな状態が、今も続いています。
こその女性たちは、自分は「運が悪かった」と、そう思って耐えるしかないと言います。
でも、今、命の最後の時期を迎え、
「事実を知ってほしい、あの苦しみを与えたことを謝ってほしい、そして好きこのんで村人から終生非難されるような境遇になったのではない「潔白」を証明してほしい」
そう訴えているのです。
裁判は法律も使いますが、何よりも、この事実を捨て置いていいのか、という正義感で人は突き動かされます。
この海南島の慰安婦裁判は、おそらく慰安婦裁判の最後の裁判になると思います。
なんとか、この女性たちの最後の命の中で、少しでも、安堵を与えてあげたいと思うのです。
東京高裁で、いわゆる「元慰安婦」の女性の証言がありました。
午後2時から5時までの3時間、少数民族の言葉から北京語、北京語から日本語という二重通訳という大変なものでした。
でも、裁判官は真剣に耳を傾けていました。そして、傍聴席には大学生多数を含む満員の傍聴者で、途中休憩に入れ替えをしてもまだ入れない方がいるほどでした。
14才の頃に畑で10人の日本へに取り囲まれて衣類をとられて辱められ、さらに家へ押し入ってきた日本兵に、父母の目前、そして怯えながら遠巻きに覗く近所の村人の前で辱められ、そして家から数十メートルのところにある慰安所に監禁されました。慰安所から見えるところにある自分の家で父母がどんな気持でいるかを思いながら、薄暗い部屋に監禁され輪姦される14,15才の少女が、どんな思いだったかは、想像も及ばない地獄です。
海南島の被害女性たちは、すむ場所も監禁された場所も違うのに、異口同音に「四つ足の牛の刑」と呼ぶ見せしめともいえるリンチのことを語ります。これは、抵抗したりすると加えられる制裁なのですが、親指を除く8本の両手の指先と足のつま先とで四つんばいにさせられ、その姿勢でじっとしていることを強いられるものです。長時間に及び意識がもうろうとして、あるいは疲れからよろけると殴られるというのです。この体勢で姦淫された女性もいました。
この苦しさ辛さは、どの女性からも涙ながらに語られました。今日も法廷でもこの話がされました。これまで、手の指先は親指もついていたのだと思っていましたが、法廷で女性が親指をつけない仕草をすることから、この姿勢のより一層の苦しさがわかりませいた。
みなさんも、試しに、やってみてください。どれくらい続けられるでしょうか。
女性は既に80才を越えていますが、60余年も前の悲惨な事実を、ありありと昨日のことの覚えています。そして、この記憶は今回の尋問のように意識的に思い出さなくても、ふっと頭にその記憶が侵入してくるのです。胸をえぐられるような思い、頭痛がしたり意識がもうろうとするという身体の変化が伴います。
また、寝ているときにも悪夢を見て、叫んで飛び起きる、動悸が高鳴り汗をかいている。こんな状態が、今も続いています。
こその女性たちは、自分は「運が悪かった」と、そう思って耐えるしかないと言います。
でも、今、命の最後の時期を迎え、
「事実を知ってほしい、あの苦しみを与えたことを謝ってほしい、そして好きこのんで村人から終生非難されるような境遇になったのではない「潔白」を証明してほしい」
そう訴えているのです。
裁判は法律も使いますが、何よりも、この事実を捨て置いていいのか、という正義感で人は突き動かされます。
この海南島の慰安婦裁判は、おそらく慰安婦裁判の最後の裁判になると思います。
なんとか、この女性たちの最後の命の中で、少しでも、安堵を与えてあげたいと思うのです。
平成19年4月27日の最高裁判例が示しているように、
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/18778369.html
中国国民の個人の請求権は、日中共同声明によって放棄されております。この法理を適用すれば、実体的裁判を行うことなく、法律的審理のみで判決を得ることができ、それで必要にして十分なことになります。
しかるに、この裁判でいかなる事実認定が行われようと、先の最高裁判例に変更をもたらすほどの材料がない以上、原告敗訴の結果は目に見えています。この証拠調べは、判決を得るためには、不要なものです。無用な口頭弁論の費用は、我々国民の納める税金から支出されているのであって、審理は、判決を得るに必要にして最小限とするという当然の訴訟指揮を行わない裁判長に、納税者の一人として真剣な怒りを感じます。
なお、仕事でこれまで再三通訳を務めて来ましたが、通常は当人の言いたいことの半分も訳せればよい方です。これは、他人の通訳を傍で見ていても同じです。当人の持つ真剣みや感情を自国語の訳に込めることは、まず無理でしたね。それが本裁判では二回もの翻訳を介しているわけですから、どこまで原告の主張が真実味を持っているかは、多分聞いている誰にも分らないでしょう。
高裁の裁判長は、「無駄」などではなく、控訴人側を逆に鼓舞する発言をされました。
もともと、慰安婦問題について、宇宙戦士さんは、このブログでのスタンスと違うことははっきりしていますので、今後この問題でのコメントは管理人限りで受けさせていただきます。
裁判所も法律の範囲で最大限、発言の機会を設けてくれたのでしょう。
残念ながら、売春も、強姦も、拉致や人身売買もまだなくなっていません。「慰安婦」のためというより、これからの日本のために、きちんと事実調べをすることは、税金を使う価値が充分あると思います。
将来への指針になるべきものだともっています。
それに付加して裁判官が質問します。
15日の法廷では、国側は反対尋問をせず。
裁判官はPTSDに関して、いくつか質問していまし。