『黒マリア流転―天正使節千々石ミゲル異聞』

太東岬近くの飯縄寺に秘蔵の黒マリア像を知った作者は、なぜこの辺境に日本に唯一のマリア像があるかと考え小説の着想を得た。

ミゲルの遺書

2018-03-04 | 連載小説
  マリア様の台座の下の遺書
 村人たちは、道善坊様の大切になさっていたマリア像を祀る場所を考えて、岬の南側の大川のほとりにある寺院に預かってもらうことにした。ただ、役人にマリア様だと知られてはならないので慈母観音様とした。飯縄山で修業なさった行者の物だと言うので住職も快く秘仏として引き取って下さった。この像を運ぶときに台座の下から書付が出て来たので、住職に読み解いていただいた。それは、こうでした。

我は、未だ少年の頃にヴァリヤーノ巡察使様に選ばれ、遥か彼方の西洋まで派遣されたのです。憧れの羅馬法皇に謁見を賜り、洗礼も受け、貴族に列せられました。また、この世のすべての国々の中で最強の西班牙国のフェリペ王にもお会いし、優しゅうしていただきました。
我らは、国を出づる時は、織田信長公からも祝福され、胸膨らみ、意気揚々と船に乗ったのですが、八年もの歳月を経て、ようよう日の本に帰れば、二十数か国の切支丹を信仰する諸大名が信仰を変えていて、三十余万人を数えていた厚き信仰の同志も、豊臣秀吉の切支丹禁教令によって、ほとんど壊滅させられておりました。
その訳は、日の本の国を切支丹の国にする目的であるから危険な信仰を禁止してしまおうと言う秀吉の浅慮がもとです。しかも厳しゅう転向を迫り、拷問にも従わない者は処刑してしまうか、国外に追放してしまうかと言う非道なものでした。この迫害は、徳川の世においても改まず、我は法華経に転向し、ついには修験道の道に進み、心の内と外とを使い分ける苦渋の選択をしたのです。
思うに仏の道の「極楽」も、切支丹の道の「天国」も来世の幸いを祈り願うことにおいては違いは御座らぬが、我らのデウスの神の教えは、この世の国づくりを如何にするかも述べられているのです。日の本の国は、数百年に及ぶ領土争いの戦国乱世によって、国土は荒廃され、無辜の民を路頭に迷わせ、人々の博愛の心をも破壊してしまったのです。
願わくば、この日の本を天主様のもとに諸人が互いに助け合う夢の国となることを祈るばかりであります。我は、天国へと先立ちまするが、島原に残して来た妻子もマリア様の御加護のもとにこの世をパラダイスとするために尽くされよ。我は、天国にてこの世の愛に満ち満ちた姿を祈り、見届けたく思うのです。

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