岐阜/医大生が指導する明光義塾長良教室&芥見教室

医大生が個別指導する全国でも珍しい塾が明光義塾長良教室、芥見教室に登場しました。

★無名作家

2016年09月18日 17時58分19秒 | 日記

★新たなスタート

 台風が次から次と押し寄せ風速60メーター、66メーターなんてのを聞きますと怖い気がいたします。いくら私が台風の通り道の四国で育ったと云いましてもやはり大変なことです。そのために色々な工夫をしてきた建築物を構築してきましたがこの中部圏ではそこまではいってはないようです。

 さて、今日は無名作家と云うことで書いてみます。先日は芥川賞の村田紗耶香氏の『コンビニ人間』、直木賞の萩原 浩氏の『海の見える理髪店』を読んでみました。私の好きな作家は村上春樹や立松和平などが好みなのですがそれぞれの持ち味が違いますので同じようにレベルと云いますか比較するのは難しいかと思います。此処では二つの賞のことについては省きます。

 ここで云いたいことは私がやっと小説を書き始めたということであります。私のやりたかったことは実は作家としてと云うよりも書いておきたいことをしたいと思ったからであります。
 無名作家・・・なんと響きのいい言葉でしょうか。この言葉に今まで縛られてきたわけですがこの鎧を外しますと気が楽になります。今まで書こうとしましたがどうしても呪縛に縛られ書くことができませんでした。

 『純文学』、この言葉が今まで私を縛ってきた言葉です。私は純文学を目指していましたが中間小説として絶賛されそしてそれが自分の才能の限度と知り筆を折ってしまったのです。そういう意味で昔討論会でM大のサークルに招待され小林多喜二の『蟹工船』は文学ではないと云って激論を交わしたことを思い出します。そういう意味で文学には大衆小説にしろ中間小説にしろ純文学にしろ一線を引くことの難しさを感じてしまいます。色々な芸術があります。絵画、音楽、美術など表現するテーマはそれぞれに形は違えど基本は同じなわけです。つまり手法の違いだけのことなわけです。当時の若さゆえ蟹工船の悲しさは理解せずに云ったことを非常に今は恥ずかしく思っています。ただ純文学ではないことは明確なわけでそういう意味では私が目指したものとは世界は違っていました。

 凡そ、小説家と云うものは書いてなんぼの世界ではありますが発表を目的とし、あるいは商業的に書くのであればまた話は少々違ってきます。村上春樹の小説に『職業としての小説家』と云う本が19015年9月に出されていますがそのあとがきの中で彼は
 「書いたものを読み返してみると、文章の流れが幾分生硬というか、とんがっているというか、もう一つ上手く気持ちに馴染まなかった。そこで試しに、人々を前にして語り掛けるような文体で書いてみるとわりにすらすら素直に書ける感触があり、それならと構造原稿を書くつもりで全体の文章を統一してみることにした。(中略)そのような、ある意味では身勝手で個人的な文章—メッセージと云うよりはむしろ思惟の私的プロセツのようなものかもしれないー」
 
 このように書いているわけです。別に彼のやり方を模倣したいとは思いませんがやはり書き方やり方は自己流と云いますか何十年も経っても治らないです。ただ表現的には多少変化は見えるようですが基本的なものはテクニック的なものばかりでなく思想的にも随分変化を感じることはあるかと思います。

 最近は自分の小説(あれが小説といえるのならば)がどのような形であれ拘りは捨てようと考えました。そうして身軽な気持ちで語る様な言葉で私は数十年の蓋を取り除いたのです。友人と話をしましたが今回は兎に角出来の良し悪しは別として書くことができた喜びを感じているのです。

 最初から原稿用紙100枚という短編に決めていましたが『文学界』や『小説現代』『小説すばる』などに出す気はありませんでしたが、基本的に原稿は100枚から150枚が主流になっているようです。そして万年筆で書くのではなくパソコンで書くようになっているのも今の時流のようです。

 そんなわけで慣れないパソコンを駆使して何とか書き上げましたが文章に勢いと云いますか状況描写や登場人物の表現能力が今一つ低いかなと感じておりますが折角立ち上げましたのでこの際脱稿し投稿いたしてみました。

 タイトルの横に氏名や住所を書く項目がありますが年齢も書かなくてはいけないのですがなんとなく照れ臭く苦笑しました。この年で新人賞?本来はこの9月末で岐阜市の児島信夫の応募に参加をしようと思いましたが250枚もと云いますとなかなか今まで書けなかったのですから無理だと最初からあきらめたということです。

 そんなことで今回はエネルギーを凝縮しやっと小説らしきものを書くことができたということでいいのかもしれません。結果は来年のお話です。

 そう云う中で大学時代のOB会が10月に行われます。2年毎にあるのですがその年がこの10月15日(土)となります。果たしてどのようなことになるのでしょうか。

 塾の方では秋季生と云いますか9月生の募集をいたしています。講師と生徒は年がら年中募集中であります。これって通常途中からって不思議ではありませんか?個別指導塾は何処からでも入れるのです。一番極端なことを言いますと新規オープンした教室はいつを持ってオープンと云うのかってことなのですがこれは新聞の折り込みを最初にした日がオープン日となります。私も18年前は200万(今考えたらすごいお金・・・)をかけて岐阜新聞、中日新聞などに毎日織り込んでいました。芥見教室では最初の日は相当な人が応募があり忙しかったですが反面長良教室では(当時は福光教室と云っていました)誰一人問い合わせがありませんでした。あの時は私が長良教室を担当していましたが体を壊すまで約半年間は籍を置いていました。しかしながら病に倒れ芥見の方に帰らざる得ませんでしたので現在に至っています。懐かしさでいっぱいです。

 ですから生徒一人一人の苦しさや悲しさはよく理解できます。希望の高校に行きたいのに成績が伸びない・・・。結局愚痴や不満がこちらに来るわけですが泣きながら訴えられたことも一度や二度ではないです。しかし、合格した時はまた泣き出してこちらも涙腺が弱くなっていますのでもうそれは誰にもはばからず涙を流したものです。顔を上げるとお母さんも一緒になって泣いているのです。塾とはそんなものではないでしょうか・・・。喜びも悲しみも一緒になって目標に向かっていく。辛い困難なことではありますが私も出来る限り頑張っていこうと決意も新たにしているところです。

 今日は久しぶりに日記を書いてみました。今まで書けなかった原稿が書ける喜びもうそれは口には表すことができない喜びであります。一つの長いトンネルを脱しました。これからは益々自分の時間を大事にして頑張ろうと思っています。

<今日の言葉>
『凧が一番高く上がるのは、風に向かっている時である。風に流されている時ではない』
                       ウィンストン・チャーチル

<今週のYouTube>
今週もやはりこの人 森田童子の『チチよハハよ』何という心に響くのでしょうか。
https://www.youtube.com/watch?v=psgqW3ysm1Q

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無料体験実施中!

<詳細>
http://mm-homepage.com/dozan/

長良教室 058-210-1730
芥見教室 058-244-0170

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