紫陽花が目を奪うシーズンになった
昨日は三島出張に合わせて前日から修善寺入り
陶芸家の従妹ヨーコの陶器を買い付けに行った
断捨離をはじめてから半年、私の住処は劇的にモノが減った
すると今度は、残されたモノが目立つようになってくる
その残されたものの統一感の無いことが浮き彫りになる
統一感の無さは、食器やタオルなど、特に既に使っていて今後も使うものに多くみられた
数は間引いたものの、毎日使うものなので、基本的な数になれば、捨てるか捨てないかの対象にすらなっていなかったものだ
そのサバイバーの質が気になり始めたのだ
質や統一感はその形状や色だけのことではなくって、自分が本当に好んで大切につかっているかどうかという点が最も重要だった
気に入っているものと全くそうでないものが混在している
これまでは、しょっちゅうつかうものは、どうせすぐ壊れたり摩耗したりするからなんでもいいやと、安かったかり、人からもらったり、引き出物にあったものなんかを適当に取り揃えて、とくに思いも込めずに使っていた
ドンキや100均なんかのものもざらにある
でも、そうではなくって、日常生活で頻繁に使うものこそ選び抜いて豊かなのではと思うようになってきた
毎日使うものだからこそ、お気に入りにのもので揃えて大切につかいたい
眺めて、使って、いつも気分の良いものにしたいと意識が変わっていった
そうすれば豊かな時間が増えることになる
かと言って、無論食器はマイセンだとかロイヤルコペンハーゲンだとかの一流ブランドにこだわるということではないし、そもそもそんな経済力もない
私の場合、豊かであることと、お金がかかることは比例しない
ただし、茶碗を手にするたびに、さして気にっているわけでもない、ドンキホーテの格安茶碗や100均を想起するのもいかがなもんかと
気に入ってもいないモノだと、どうせ価値ないものだからと、どうしても知らず知らずのうちにぞんざいに扱ってしまうし、「ぞんざいに扱う気分」でいる自分と向かい合う時間が増えるということだ
そして、無意識に私はせいぜいドンキか100均に値する存在なんて思っていたり
そんな自分や時間は好きか?
NOだ
私はヨーコの陶器はお気に入りだったから、いつも割らないように注意をし、なるべく使用頻度を下げ、お客様が来るときに使っていた
でも、お客さんはうちにはめったに来ない
となると、お気に入りの素敵な食器は出番がなく宝の持ち腐れ。。。
自分にはどうでもいい安っぽい食器ばかりを使っている。。。
毎日「ぞんざいな気分の食器」と時間を過ごしている
願わくば、毎日素敵な食器で素敵な気分で食事をしたいのに。。。
うちの甥っ子たちですらヨーコの素敵な茶碗でご飯を食べているのに。。。
お気に入りのヨーコ作の器
だから決めた
これからはいつも素敵な気分で食事をする
お客様だけでなくて、自分をちゃんともてなしてあげる
選び抜かれたモノでシアワセな気分にしてあげる
自分をちゃんと特別扱いしてあげる
自分もお客さんもおんなじ食器を使う
かれこれ10年以上、「いつかお気に入りの食器で揃える」と夢見ていた
そのいつかがいつまでたってもこなかった
本当に欲しい「いつか」は自分で意識してつくらないと来ない
私はそのいつかに値する存在
素敵な食器を使うに値する存在
で、お気に入りのヨーコの食器で揃えることを決めた
昔から仲の良い気心知れた従妹が丹精込めて作った作品で
色やデザインも私好みであればパーフェクトだ
そんな食器での食事はワクワクするし生活を豊かにしてくれる
ヨーコは年内に独立してしまうから、そうなると作家モノで一気に値が上がってしまう可能性大
その前が狙いどきとも思ったのだ。。。うっしっし
上場前の有望株を買う気分だ
ヨーコが駅に迎えに来てくれて修善寺チェックイン
工房に向かった
ワクワクワクワク♪
ヨーコが出来のよい作品を選んでくれる
5こずつ全部そろうものを依頼したけど、ビシっと形や仕上げの揃っているものがなかった
「でも、みんな2個とか3個とかで揃えているよ?通は1個ずつバラバラで遊び心もって揃えてるし、そういうのも面白いよ?」
ヨーコが応えた
確かに。。。
なんで私は5個揃える必要があるんだろうか??
なんで「5個」と信じているんだろうか??
土まみれの工房の床を見ながら考えてみた
自分が5人家族だったからだ
食器といえば5個に決まっていると思っていた
デパートやら通販やらの棚を見ると、なんだか5個セットが多いから「そういうもの」と信じていた
またもやモノ軸・世間軸
NOT私軸
今私は一人暮らし
素敵な誰かさんが来ても2人
その友人の誰かさんが来ても3人
5個揃ってないと困る状況も困る人もない
いや、たとえ5人客が来たとするぞ、そこで。。。
「あーらやだのんさんったら、食器がちゃんと揃ってなくてよ」
なんて言う人間は私のまわりにいるか
いない
ってか、たとえいたとしてもそんな人間は私の神聖な空間には招き入れない
こちらから お・こ・と・わ・り・ の 断・断・断
よって気を使うまだ見ぬ誰かさん対象でなく、まず自分、そして素敵な人たち仲間たちだけとわかちあえる
実用的な器を1-2個バラバラ「遊び心買い」!
今回選ばれた器たち
キャハキャハ♪
か~なりご機嫌
選ばれた素敵なモノに囲まれて、素敵な気分の素敵なワ・タ・シ・
ハッピーな気分でヨーコとわさび沢へドライブ
暗闇の中、わさび沢のせせらぎと棚田の蛙の合唱を背に源氏蛍がゆ~らゆ~ら
幽玄の世界を散歩した。。。
器を手にするたびにヨーコと今日のホタルを思い出そう。。。
ホタルが限られた時間を輝くみたいに、私の限られた時間を輝かせていこう
≪ 断捨離 19 ~掃く・磨くへ≫
((本家本元断捨離サイトはこちら))
がざわざわし始めます。
先週の日曜日、息子に2階の本棚の断捨離を命じ、私
は、仕事にでかけました。
みごとに断捨離して、玄関に並べられていました。
「元気な赤ちゃんを産むために」
「男の子の命名」
「賢い子どもの育て方」…
ブックオフでも引き取ってもらえないような古本の
ラインナップです。
息子が熊本弁で「こぎゃん本ば読んで、どぎゃん息子
にしたかっとやら。思い通りにはならんもんたい。」
と冷ややかに言います。
「その通りです。息子さま。もうすでに理想の息子像
は、断捨離していますから…!」とは、言いませんで
したが、こころで叫びました。(^^)
それにしても妊婦時代の本までとっておくわたしは、
どんだけ物モチが良いやら…
それを息子が断捨離してくれるというのもなんとも
味わい深いというか。。。
断捨離はたしかに良い変化をもたらします!
私も高校生の頃かしら
実家の本棚で「親業」やら子育て本を発見した時のことを思い出しました。
・・・母はそれらを参考にしつつも挫折感をたくさん味わったであろうこと・・・
子育てをはじめてからはまた別の感慨も持ちましたが
まだむ・りさまの <物モチの良さ>より
息子様にそれらの本を断捨離される という
その感慨になんとも言えぬ 母心を感じました。
私、『私にはもったいないという病』の結構重症なんです。(-_-;)
のんさんの食器素敵です。これはお料理も楽しくなりますね。
食器や衣類は気を取り込むと聞きましたので…
私ものんさんの日記で触発されました。
私なりにも取り組んでみまーす。(^人^)
息子さんかなり素敵です♪
でも、断捨離の概念が入ってこなかったら、きっといつか孫ができるときのため。。。と。。。男の子の名前に孫兵衛とかつけちゃったかもしれませんね
それはそれで味わい深いですが。。。
本日高山、明日熊本に向かいます♪
熊本の家族に会えるのを心よりたのしみにしています
もちろんムサシとメリーも
私も実家の断捨離でどんな本があるか確認してみたいと思います
ちなみに、実家にはまだ私の本があることを思い出しました。。。
ちょっと憂鬱。。。
私は本が一番苦手なのだすぅ
では、儀式をしましょう
次回の高山で、ぷれしゃすさんがいつもつかう何かで、素敵なものを一緒に探しに行きましょう
これは私もかなりわくわく
ぷれしゃすさんとの高山スイーツもワクワクだけど
今日はもしかしたら明日の熊本入りNGだったかもトラブルシューティングありがとうございました