男女間の友情は存在するか。
結論から言おう。私見ではあるが存在すると思う。
好きが必ずしも=恋愛とは限るまい。
異性の友達を好きと言えば誤解を招くというなら随分と不自由なものではないか。
かといって好きか嫌いかというと嫌いではないならそれを好きと言わずして一体何と言えばいいのか。
異性の友達を持ってはいけないというのはナンセンスだし好きな異性の友達は全て恋人かと言われたら決してそうではなかろう。
しかし相手はどうだろうか。
もしも相手に恋愛感情があれば友達のままでいられるだろうか。
最近身近なところで非リアからリア充になった人がいてふとそんなことを考えた。
と、ここまでは昨日書きかけて一時保存したままだった話。
話は全く変わるが もしもあなたが余命いくばくもない病に侵されたとしたら告知してほしいだろうか。
たまたま本業の職場で抗がん剤のパンフを見て思い出した。
10年以上前になるか実際に身内にがん患者がいて本人に告知するかどうか話しあったことがあった。
本人の納得する最期を送らせてあげるためにも知らしめるべきという意見と本人の性格からして落胆して予後が不良になりかねないという意見が対立した記憶がある。
その時は気の弱い人だからやけを起こしかねないという意見が通って告知しないことになったが今は当時と違いがんを告知する方が一般的には主流だ。
自分ならどうかというと先がわからないままよりたとえ明日死ぬとしても知った方がいいと思う。
自分の人生を自分らしく終えるためには先がわかっている方がいいと思うのだがいかがだろうか。
ただひたすら死にたいという思いしかなくて一体いつになったらこの辛いだけの人生を終われるのかということばかり考えていた時期があったからそう思うのかも知れないし最近身辺がざわついたりいつもの如くバリバリのストレッサーにものすごい負荷をかけられてまたぞろ闇に堕ちかけたせいかも知れない。
ただその頃と違って今はそんなやつにムカつくのも落ち込むのもせいぜい3日。
そういうことにエネルギーを使うのも馬鹿らしいと思うようになったから。
せっかくだからたとえ一時であっても幸せを感じられることにエネルギーを使うべきだと思えるようになったから。
刹那主義ではないけれどもう人生の折り返しを過ぎたのは確実なら今までの分を取り返してなおお釣が来るくらいくらいの幸せを望んでもよかろうと思うようになったのだ。
もう何も怖れないとは言わない。
この先また揺らぐことも不安になることもあるだろう。
でも最期まで自分らしく。
ただそれだけを願う。