第8章 エピローグ ~道~
淳子はいつも自由気ままに見えた幸治がそれほどまでに自分のことを思ってくれていたことに驚いた。
時折何気ない優しさを見せることには気づいていたし、それが不器用だけれど幸治の愛情表現であることもわかってはいた。
しかし自分が幸治を愛しているのかと問われれば、正直淳子にはよくわからなかった。
かつて九条に対して抱いたような情熱はなかったし、幸治は自分の女らしくないところが気に入ったと言ったから、そのイメージを壊さないようにすることでどこか自分を偽っている様な気になることがあった。
幸治は淳子に[偶像を追い求めて夢を見ているだけ]と言ったが、幸治もまた淳子に対して理想化した妻の姿を求めているように思えてならなかった。
幸治が求めるような自分になろうと努めることに淳子は少し疲れていた。
(私はこれからの人生をこの人と共に歩いて行けるのだろうか…)
稲荷山駅に各駅停車の列車が到着し、淳子がホームに降り立った。
改札口を出て淳子は家へと続く道を歩いて行った。家では幸治が待っていることだろう。
「ただいま。」
玄関を開けるとリビングから幸治が答える。
「おかえり。」
いつもと変わらない日常がそこにはあった。
1時間ほど前、淳子はターミナル駅へと続く地下街を歩いていた。
鞄の中にある浅黄色の封筒には「信田森市役所 市民課」と書かれている。
その中には薄い紙が入っている。…[離婚届用紙]が…
淳子は今、自分自身の心の声に耳を傾けようと決めていた。
自分が抱き続けていた九条への思いが幻だと分かった今は、彼との思い出はもう感情を伴わないただの記憶になっていた。
そして幸治の自分に対する思いもまた同じように幻であることにも気づいた。幸治はそのことに気づいてはいないだろうが。
もうそんなことは全てどうでもいいことだった。
今淳子の心の中にこだまするその声が叫ぶ言葉は
「自分を取り戻せ!」
自分が本当は何を望み何をしたいのか、どんな自分になりたいのかを見極めようとしていた。
ずっと他人に合わせることで生きてきていた淳子の中に初めて生まれた感情だった。
「自分らしく生きたい。」
愛の形は人それぞれ。
自分が相手に望むことと相手が自分に望むことは必ずしも一致しない。
どちらかが相手に合わせなければすれ違ってしまう。
今まで淳子はずっと幸治に合わせ続けてきたつもりだったが、淳子が望んでも幸治が淳子に合わせてくれることはなかった。
幸治を責めるつもりはない。
九条を思い続けてきたのも、本当はただ寂しかっただけなのかもしれない。
ただ、淳子はもう疲れ果てていた。
幸治の理想の妻を演じ続けることにも、求めても得られない虚しさに耐え続けることにも。
これまでの人生に比べればこれからの人生の方が短いだろうけれどこのまま続けて行くには長すぎる。
淳子は自分らしく生きる道を歩もうと決めた。
幸治が自分を変えることはできないだろうし、淳子ももう幸治に合わせ続けることは限界だと思った。
どちらも自分を変えられないなら、別の道を歩むしかない。
幸治には理解して貰えないかもしれない。
それでも淳子の決心は固かった。
ターミナル駅から出発する列車に乗り淳子は家路についた。
Die Ende
淳子はいつも自由気ままに見えた幸治がそれほどまでに自分のことを思ってくれていたことに驚いた。
時折何気ない優しさを見せることには気づいていたし、それが不器用だけれど幸治の愛情表現であることもわかってはいた。
しかし自分が幸治を愛しているのかと問われれば、正直淳子にはよくわからなかった。
かつて九条に対して抱いたような情熱はなかったし、幸治は自分の女らしくないところが気に入ったと言ったから、そのイメージを壊さないようにすることでどこか自分を偽っている様な気になることがあった。
幸治は淳子に[偶像を追い求めて夢を見ているだけ]と言ったが、幸治もまた淳子に対して理想化した妻の姿を求めているように思えてならなかった。
幸治が求めるような自分になろうと努めることに淳子は少し疲れていた。
(私はこれからの人生をこの人と共に歩いて行けるのだろうか…)
稲荷山駅に各駅停車の列車が到着し、淳子がホームに降り立った。
改札口を出て淳子は家へと続く道を歩いて行った。家では幸治が待っていることだろう。
「ただいま。」
玄関を開けるとリビングから幸治が答える。
「おかえり。」
いつもと変わらない日常がそこにはあった。
1時間ほど前、淳子はターミナル駅へと続く地下街を歩いていた。
鞄の中にある浅黄色の封筒には「信田森市役所 市民課」と書かれている。
その中には薄い紙が入っている。…[離婚届用紙]が…
淳子は今、自分自身の心の声に耳を傾けようと決めていた。
自分が抱き続けていた九条への思いが幻だと分かった今は、彼との思い出はもう感情を伴わないただの記憶になっていた。
そして幸治の自分に対する思いもまた同じように幻であることにも気づいた。幸治はそのことに気づいてはいないだろうが。
もうそんなことは全てどうでもいいことだった。
今淳子の心の中にこだまするその声が叫ぶ言葉は
「自分を取り戻せ!」
自分が本当は何を望み何をしたいのか、どんな自分になりたいのかを見極めようとしていた。
ずっと他人に合わせることで生きてきていた淳子の中に初めて生まれた感情だった。
「自分らしく生きたい。」
愛の形は人それぞれ。
自分が相手に望むことと相手が自分に望むことは必ずしも一致しない。
どちらかが相手に合わせなければすれ違ってしまう。
今まで淳子はずっと幸治に合わせ続けてきたつもりだったが、淳子が望んでも幸治が淳子に合わせてくれることはなかった。
幸治を責めるつもりはない。
九条を思い続けてきたのも、本当はただ寂しかっただけなのかもしれない。
ただ、淳子はもう疲れ果てていた。
幸治の理想の妻を演じ続けることにも、求めても得られない虚しさに耐え続けることにも。
これまでの人生に比べればこれからの人生の方が短いだろうけれどこのまま続けて行くには長すぎる。
淳子は自分らしく生きる道を歩もうと決めた。
幸治が自分を変えることはできないだろうし、淳子ももう幸治に合わせ続けることは限界だと思った。
どちらも自分を変えられないなら、別の道を歩むしかない。
幸治には理解して貰えないかもしれない。
それでも淳子の決心は固かった。
ターミナル駅から出発する列車に乗り淳子は家路についた。
Die Ende