きつねの戯言

銀狐です。不定期で趣味の小説・楽描きイラストなど描いています。日常垢「次郎丸かなみの有味湿潤な日常生活」ではエッセイも。

desire 2 -傾国妖狐伝説-

2013-02-14 15:39:16 | 日記


第2幕 本陣

 この地方の若き征服者、琉斯覇獣王(るしは・ししお)と、その小姓として拾われた青年、尾咲水藻(おさき・みずも)を乗せた白馬、疾風(はやて)が獣王の本陣の前に到着した。
 獣王はひらりと鞍上から降りると、女の衣服を着ている水藻の手を取って馬の背から降ろしてやった。
「疾風、ここで待っておれ。すぐ戻る。」
疾風を見張りの兵に預けると、獣王は陣中に向かって大声で呼び掛けた。
「猿!今戻ったぞ!」
奥からひょろりとした銀白色の髪と銀灰色の瞳の若い男が姿を現した。
「獣王様…また単騎にてお忍びで出掛けられましたか。貴男というお方はいつもの事ながら無茶ばかりなさいますな。
今や父君は名代の貴男に任せて戦場にはお出にならず、貴男が我が軍の実質的な大将だと知らぬ者はおりませんぞ。
いつお命を狙う刺客に襲われぬとも限らぬお立場である事を、お判りにならぬ筈もありますまい。
一言お命じ下さればこの猿めがお供を…と申しても人の言う事なんぞ聞き入れられる様なお方ではないが。」
その男はにやにやしながら言った。
「猿。俺は一旦居館(やかた)へ戻る。本陣(ここ)は頼んだぞ。」
「はっ。」
獣王が命じると白髪(しろがみ)の男は真面目な顔つきになって答えた。
「ふふ。貴様は何も訊かぬのだな。この女の姿をした面妖な若者が目に入らぬ筈はなかろうに。相変わらず貴様という男は全く食えん男だ。」
獣王は悪戯っぽく笑いながら白髪の男に言った。
男はちらりと水藻を見て獣王に答えた。
「獣王様のご酔狂は毎度の事。いちいち付き合うてはいられません。
大方私と同じく焼け跡から拾うてきた野良犬というところでしょう。」
「ふっ。一目瞭然、訊くまでもないという訳か。よかろう。
この者は尾咲水藻。野良犬ではなく、いうなれば野狐(やこ)だ。今日から俺の小姓にする。
水藻、この男は…」
獣王が言いかけた言葉を遮る様に白髪の男は言った。
「失礼。私の名は豊川猿彦(とよかわ・さるひこ)。獣王様付きの武官だ。お見知りおきを。尾咲水藻殿?」
猿彦は意味ありげな薄笑いを浮かべ、水藻に右手を差し出して握手を求めた。
水藻がその手を握り返すと、二人は互いに相手の眼を見て感じた。
(自分と同じような匂いがする…同類かも知れない…)
臣下の非礼をたしなめるでもなく獣王は握手する二人を見て言った。
「水藻。この猿彦も貴様と同じくかつて俺が滅ぼしたある村の唯一の生き残りだ。」

 三年前、奇しくも水藻が故郷の村を去った頃、猿彦は西方のある村で母親と弟達・妹達と暮らしていた。
その村は貧しい一寒村に過ぎないが、東西交通の要となるこの一帯を手中に収める事は天下取りの戦略上決して外せない為、幾度となく戦に巻き込まれ全滅の危機にさらされてきた。
 猿彦は貧しい農家の長男に生まれたが、いつも立身出世を夢見ていて、血筋や家柄はなくとも金や地位や権力を手に入れる事を“望んで”いた。
 生まれ持った商才を生かして薬売りの行商に出ては小金を稼ぎ、いつの日かこんな貧乏臭い村を出ていく日を夢見てこつこつと金を蓄えていた。
 ある日、いつも通り猿彦は行商の旅支度をしていた。
「猿彦。また行商かい?家や畑の手伝いはするじゃなし、稼いだ金を家に入れるじゃなし、お前は本当に親不孝もんだよ!」
母親が浴びせかける罵声も毎度の事と返事もそこそこに家を飛び出した猿彦の背中に母親の声がいつになく頼りなげに響いた。
「最近この辺は物騒だって噂だ。どんなに稼いだって死んじまっちゃあ元も子もないんだからね。どんな馬鹿息子でもお前はあたしの大事な息子だ。…ちゃんと、無事で戻るんだよ。気を付けて行っといで…。」
 農夫だった猿彦の父親は昔当時の領主に歩兵として無理矢理戦に駆り出されて命を落とした。
母親は女手一つで猿彦と幼い弟達・妹達を育ててくれた。
口を開けば「クソババア」と喧嘩ばかりしてはいたが、猿彦が行商の旅を終えて家に戻ると、「ドラ息子」と悪態をつきながらも無理して少ない食費をやりくりして腹いっぱい食わせてくれる母親に心の中ではいつも手を合わせていた。
いつか夢が叶う日が来たら、母親にも旨いものを食わせ綺麗な着物を着せて安楽に暮らさせてやりたい。本当はそう思っていた。
 行商の旅に出てあちこちの町で薬を売り歩くうち故郷の村が戦場になるという噂を聞いた。出発の時の母親の言葉が頭の中に甦る。
(母ちゃんっ!生きていてくれっ!)
早々に商売を切り上げて猿彦は急いで村へ戻った。
…しかし村のあった場所は判別も出来ない程に焼け焦げた死体の山だけが残された一面の焼け野原になっていた。
猿彦はがっくりと膝を折りその場に崩れ落ちた。
「くそっ!…くそっ!…くそっ!…」
まだところどころぷすぷすと白煙の立ち上る真っ黒い地面を何度も拳で殴りながら繰り返した。
項垂れた猿彦の頭上から若い男の凛々しい声が聞こえた。
「貴様はこの村の生き残りか?」
顔を上げると白馬に乗った隻眼の男が見下ろしている。
「俺はこの村の新しい領主・琉斯覇高望(るしは・たかもち)が嫡男・獣王だ。貴様の名は?」
猿彦はがばっと身を起こし、馬の脚元に土下座して言った。
「私はこの村出身で薬の行商人、名は猿彦と申します。
獣王様。お願いがございます。広いお心で何卒お聞き届け下さいませ。」
「ほう?貴様はこの村に身内が居たのであろう?いうなれば俺は貴様の仇。その俺に貴様は何を願う?」
獣王は猿彦に大変興味を持ったらしく、身を乗り出す様にして訊ねた。
「…貴男にお仕えさせて下さい。何でも致します。どのような事でも仰せのままに。ですから、どうか…どうか…。」
猿彦は地面に額をこすりつけんばかりに平伏して訴えた。
「ふっ…はははは。面白い。面(おもて)を上げて貴様の顔をとくと見せい。」
獣王はからからと笑いながら言った。
煤だらけで真っ黒に汚れた顔の猿彦の眼の中にはぎらぎらと燃え滾る熱い炎の様なはっきりとした強い意志が見て取れた。
「よかろう。今日から貴様の名は豊川猿彦。俺付きの武官として召し抱える。
俺は貴様が気に入った。側近中の側近として俺の右腕に…いや俺の右目になってもらうぞ。
ついて参れ!」

 再び疾風に騎乗した獣王は前方を見て馬を走らせながら背後に同乗させた水藻に話し掛けた。
「…あの男、猿彦は生きんが為、己の目的を果たす為ならどんな事でもやってのける男だ。
その為なら仇の俺に飼われる事さえも厭わない。
本当の奴の“望み”は俺を踏み台にして天下を取る事なのであろう。」
余りにも淡々としたその言葉はまるで他人事みたいだと水藻は思った。
「…それを知りながら彼をお側近くに置いておかれる。…僕にしたって得体の知れない妖(あやかし)と聞いても気にも留めない。全く貴男は不思議な男性(ひと)だ。
…ふふふふ…どうやら貴男は僕が思った以上の漢(おとこ)のようだ。」
「ははは。それはそれで楽しいではないか。こんな戦世(いくさよ)だ。常にいつ寝首をかかれるかも判らぬ連中に囲まれておれば、気が緩まなくて良かろう?…これから戻る居館にも一人居るぞ。気を許せぬ男がな。」

to be continued
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