ヤッちゃんパパ奮戦記

HFAの息子に啓発されて、化学を専攻した小父さんが畑違いの自閉症療育の世界へ。50の手習い、子育て奮戦記…

北海道紀行 第五日目…比較文化論もまた療育に通ず

2007-08-03 20:48:38 | 星槎大学

(星槎大学の校庭。北海道らしい風景の一こま。遠くに見える建屋は星槎国際高校でここに宿泊することもできる。)

8月3日(金)

5時15分起床。今日は同じホテルに宿泊している伊藤一美先生と仙台から来ている学生さんを大学まで送る約束をしていたので、少しのんびりムード。8時20分にホテルから出発。いよいよスクーリング最終日である。

昨日述べたように共生科学概論 I は今までにない楽しい講義である。教科の内容によるのか、金子先生の個性によるものかよく分からないが、ある意味絶対的に「これが正しい」という結論がない世界の話であるので、講義自体が双方向性でもあり、ひとつの事象に対して学生側からも投げかけができ、議論ができるあたりがなんとも新鮮である。発達にハンディキャップを持つ子ども達の療育をどう進めるか?という命題を持つ私にしてみれば、そのことを念頭に置き文化論で考えながら、講義を聴いていくというのも、なかなか良い。

子どもの療育ではないが、講義内で紹介された老人介護のヘルパーをしている大橋さんという25歳の女性の経験話が印象的であった。大橋さんがデンマークとスウェーデンの福祉介護制度の実際を視察する際に出会う異文化との接触について描いたドキュメントであった。

講義で使っている教科書によれば、個人主義的かつ女性的文化を持つこれらの国の福祉介護システムは老人に対するケアが厚く見える。起床時間も強制されなければ、食事の時間、何時食べるか、どれくらい時間をかけて良いかといった点なども全て老人のペースに合わされる。時間に追われ慌しく日々の対応をし、それでも何時までも追いつけないといった感じの日本の介護とは雲泥の差があるように見える。大橋さんは;
「スウェーデンでは全ての介護活動がクライアント中心で、クライアントに合わせた、クライアント別(個別)の介護方式が最優先されている。日本ではクライアントよりも、次のシフトの職員に仕事を残して迷惑をかけない、ということを最優先している。」
と指摘した。集団主義で男性的な文化を持つ日本との大いなる相違点の縮図のように思える。

「療育や教育プログラムがまず有りき。そこに子どもを合わせていく。」という姿勢が学校教育の場面で多く見かけられる点と合い通じもするように思える。子どもに合わせた療育プログラムを個別に立てる。「個別指導計画をお仕着せでなく、親も含めた場で立案し、きめ細かくレビューしながら療育や教育を実践すべき。」という私の主張はこの大橋さんが見たスカンジナビア諸国の介護福祉と大きくラップする。尤も、私の考え方が個人主義的といわれるのは構わないが、女性的と言われることには抵抗感があるが…!

スカンジナビアの介護福祉は「人間的」に映る。しかしこのスカンジナビアの手法をそのまま日本へ持ち込んだらどうなるか?ということも考えてみる必要もあることだろう。きっと大橋さんは、ご自身がスカンジナビアで体験したカルチャーショック以上のものを感じることになるであろう。勿論、25%の消費税、高い所得税(デンマーク50%、スウェーデン30%)で裏打ちされた潤沢な資金的バックグラウンドを持つ福祉制度とは、人的体制において大きな差があるであろうということは最初から想像できる。資金的な問題は横に置いておいても、老人介護に従事する他のヘルパーや経営者の共感を得るのは、多大なエネルギーを要することであろう。大橋さんは自分で事業を興すしか方法がないかも知れない。しかし最大の問題点はクライアントもまた、日本人固有の文化を持っているという点にあるということではないかと思える。

介護福祉に限らず、教育・療育プログラム、ビジネスにおける経営手法、マーケティング手法を外国から持ってきてそのまま使用することが困難であると主張することには、今更ながらの感がある。しかし誤解をしないで頂きたい。だから「プログラムに子どもを合わせれば良い。」と言っているのではない。この点はまったく別の話である。十分に年輪を重ねた老人個々の尊厳を大切にすると言う思想は、日本の介護福祉であっても、否定されることではない。ということと同様に、療育においても個を大事にすることは、何よりも尊いことなのである。

文化の違いは、私達個々人のレベルにもある。面白い事例がある。金子先生は忠臣蔵について;
「上司は自分自身の失敗に責任を取って、割腹自殺を遂げ、部下たちの生活を守る。やがて部下たちは機会を伺いあだ討ちをする。このように『家』を支え、『家』の犠牲になることへの美学と賞賛が日本人の共感を誘う。」
とレジメに書き、高校時代に忠臣蔵に大変感動したという逸話語られた。

実は私も忠臣蔵の話は嫌いではない。多くの役者が演じてきたものであるが、取分け、三船敏郎が大石蔵助を演じ、テレビ朝日が年間を通じて大河ドラマとして放映した大忠臣蔵には、高校生だったか大学生だったかは忘れたが、金子先生と同じぐらいの歳の時、大いに感動したものである。しかしそこで展開される世界に対しては全く違った社会観を持つ;
「一時の感情に身を任せた、発達障害にも見える世間知らずの上司は、彼の社会ではタブーとされることを犯してしまう。本人は『罰』として、死罪になり、部下は城を明け渡し(苫小牧のミートホープ事件ではないが、今風に言えば会社が倒産するような状態で、再就職も可能性が全くない状態と言えよう)、収入の道を閉ざされて、苦しむことになる。一部の部下は(一つの藩に仕える侍が47名と言うことはなく、ほんの一握りの人たちだった訳であるが)この事実を受け止めきれず(受容できず)、今日の価値観で言えば無用の『面子』にコダワリ、家庭をも省みず、あだ討ちにはしる。」
のである。美学どころではない、そこには人間の愚かさしか見えてこない。では何故感動したのか?それは『演出された悪役としての吉良上野介という存在』がキーとなる。勧善懲悪の世界が展開される。簡単に言えば水戸黄門などにも通じるものであり、日本的文化の一つのエッセンスとも言えよう。

金子先生の捉え方と私の捉え方、是非論ではない。個々人の持つ文化的受け止め方の違いに他ならない。


全てが終わり、スターライトホテルに戻る。今日学友でこのホテルにもう一泊するものは誰もいない。ステーキと赤ワインの夕食を摂り、露天風呂へ。米国インディアナ州から来て、木材関係の仕事をしていると言う白人のおっさんと出くわした。普段シャワーを好み、バスは使わないというこのおっさんには、ぬるめの湯でもかなり熱く感じるとのことであった。思いもかけず、久々に英会話を楽しむことができた。明日は土曜日。北海道での休暇。友人の家に寄せて頂く。台風が近づいてもいる。
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北海道紀行 第四日目…楽しきかな星槎大学

2007-08-02 22:17:05 | 星槎大学

(一階の教官室が並ぶ長い廊下。ローラースケートが欲しくなる)

8月2日(木)

朝8時過ぎに大学に到着。表玄関の扉を開けようとして近づくと何やら怪しげなものが…ム、ム、ム、ム、ムー…体長40cmぐらいのマムシが扉に挟まって動けないでいる。生きている。マムシを見れば駆除しようと言うのが普段のメンタリティーであるが、今日の講義は共生科学概論 I である。共生!躊躇して覗き込んでいると事務長が丁度出勤されてきたので、後は任せることにした。

本日の受講は18名。男性6名。教育系の発展科目ではなく、必修の基盤課目であるためか、生涯学習を目指す年配者が半数ほど。いつも一番年上の群に属する私であるが、今日はちょっと雰囲気が違う。

共生科学概論 I は比較文化論であり、社会学あるいは文化人類学の範囲に入る学問である。1970年代IBM社が全世界に展開する(と言っても当時のソ連、東欧諸国、中国は除外される)自社のオペレーションに対して実施した企業経営のため(20年後ぐらいの感覚でいうならばグローバリゼーションのためのということになるかも知れない)のアンケート資料を基に展開された比較文化論である。

IBMという会社は1960年代から1970年代にかけ日本に定着することに成功した数少ない米国資本の会社のひとつである。多くの米資の会社が、アメリカ流の経営手法とマーケティング手法を持って来日し、やがては失敗して撤退して行った中で、ジョンソンや私のいたW.R.Graceのように根付いた企業であった。その成功の秘訣は経営やマーケティングをお仕着せにするのではなく、日本流にアレンジしたことにあると当時言われていた。この講義に触れて成る程、成功の影にはこういう世界的規模での企業努力が払われていたのだと思い当たった。ちなみにW.R.Graceがこのような世界的視野での調査を実施したのは1990年代初めになってからのことである。

昼過ぎからは雨。ボチボチ台風の影響か?とも思えた。昨日の今日である、講義が面白くて仕方がない。この比較文化論は因子分析に立脚しているので、アンケートの質問内容にもより、結果がぶれることも大いにあり得る。例えば世界中のIBMの構成員がほぼ同質の存在であるとの仮定がそこにはあるが、果たしてそうなのか?生産工場を持つ国と、製品輸入のみをしている国とでは、当然ブルーワーカーの比率が大きく異なっても不思議ではない…!こういった点を考え、示されるデータを懐疑的に見、考察していくのも楽しい。理系出身の私にしてみれば大学の一般教養科目として社会学を取った記憶はあるものの、新鮮な気持ちで接することができるこの講義を満喫しているのである。

夜、金子先生を囲んで懇親会。金子先生のご提案であった。一度ホテルに戻り、車と荷物を置いて、紋別高等養護のAYさんの車に同乗させて頂き、芦別駅近くの居酒屋へ。二時間ほどの楽しい一時であった。
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北海道紀行 第三日目・・教えることの難しさについて

2007-08-01 19:23:12 | 星槎大学

(芦別の電話会議システムを持った教室)

8月1日(水)

5時15分起床。スクーリング2日目にして既にパターン化した生活が始まる。朝湯を使い、入浴後カップ麺による朝食を摂る。BS2の朝ドラを見た後、大学ヘ向かう。今日も学習障害概論。横浜からの配信で、エジソンクラブの高山恵子氏が講師。我々新潟の仲間内では『講演の女王』と呼ばれる方である。昨日芦別駅までお送りしたKさんから沢山のお菓子や飲み物を頂き、えらく恐縮した。

さて授業の方は、開始されるや10時から12時半まで休みなしの講義。スクリーンを通じてハルママさんやペンさん、同じポーテージプログラムの認定相談員をしているMさんの姿が、垣間見れたりはしたが、講義そのものは正に見通しの立たない状況であり、この小母さん、下手すると17時までしゃべり続けるのかしら?とすら思え、ASPの小父様としては、かなりシンドイ物があった。

12時半にさすが、しゃべっている方も疲れてきたのか、やっと気付いたのか、昼休みとなった。昼食を摂りに食堂へ向かうと、事務室から西永先生がそそくさと飛び出して来て、厨房へ。エッ?なんと西永先生が盛り付けをして下さる。今日私が選んだのはカレーライス。「○○さん、ご飯これくらい?」「うんと、もうちょっと多めに!」なんと言うノリの会話であろう。食後は図書館へ。阿寒町(行政区的には今は釧路市)のWさんが来られ、ちょっと雑談に花を咲かせた。

午後も似たような調子の講義。TV会議システムを使用した横浜会場以外にはほとんど気を使っている様子も見られず、睡眠学習というか、ちょっとタイムトラベルをさせて頂いた。札幌のKさんに至っては、15時位に対に遂に早退をされてしまった。16時30分から、一応は試験があり、16時50分書き上げて退席。伊藤一美先生と雑談をした後、帰路に就いた。

振り返ってみると、今日の講義はこれまでで最悪であった。発達障害を持つ子ども達向けの授業の組み立て方、基本的な考え方etc.,非常に多くの情報が盛られた講義であったあったことは確かである。私にとってはほとんどが知っていることでジャンク情報と言っても良かったとは言え。

しかしながら、客観的に観察させて頂けば、それらの情報が脈絡もなく、あたかも思い付きによって機関銃を撃つがごとく学生に投げつけられると言った状況であった。「こういうことも知っている…あそうそう、ああいうことも…」。加えて「どうだ凄いだろう」と言う目つきで横浜会場を嘗め回す、あの間の取り方は何なんだろう。こういった講義形式がメリハリのない話となり、時間の見通しが立たないことと相まって、聞かされる方に苦痛を招いているのである。

メリハリがなくてポイントが掴み難いと感じたのは、何も私だけではあるまい。先生をつかまえて言うべきことではないが、こういう講義、講演をする方を見るにつけ、新潟H診療所のT医師を連想し、「こいつ、本当に頭悪い奴だなぁ」と思えてきてしまう。そもそも発達障害児に対しいかに分かり易く授業を構造化して組み立てるか?という考え方、方法論を講義する授業自体が何故こうなってしまうのか?不思議でならない。…教えることの難しさと言うことなのかもしれない。

今日の授業から得た一番の教訓…『脚下照顧!』(「自分の足元を良く見なさい。」と言う意味の禅の言葉)
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北海道紀行 第二日目・・・スクーリング初日

2007-07-31 18:52:34 | 星槎大学

(星槎大学芦別本校の体育館、ウッディークラフトみたいと思った骨組みである)

7月31日(火)

5時15分に起床。昨晩22時30分に眠りに就いた。2時ごろいつもの癖で(習慣で)目を覚ますも再度眠りに。久々の長時間睡眠。…6時間半も。

温泉で朝湯を使い、ボチボチと支度を進めるも、時間はゆったりと流れる。7時50分にホテルを出、芦別駅近くの7iで爪切り(持ってくるのを忘れた)と爽健美茶の1㍑ビンを購入。大学へ向かう。

8時10分頃到着。既に西永先生、伊藤一美先生、松本さん、他数人が食堂で朝食を摂っていた。事務所により受講手続きをする。横浜ではないことであるが、受講はがきを提出し、学生証を胸に名札代わりに着けることを求められ、若干戸惑った。やっぱ本校なんだなぁと妙なところに感動。教室に行き、例によって最前列の席を確保。と、横浜でTV会議のセッティングをされていた伊藤さんから呼びかけが入った。早朝登校は、横浜でも同じであるので伊藤さんもさしては驚かない。「あれ、○○さん、今日は芦別!?」 芦別のシステムが富山や横浜と違うので、タイムリーにはこちらから音声を送れない。思わず腕で輪を作って○サインをしたりして。

学習障害概論。芦別での受講は15名。男性は私一人。同時進行の伊藤先生の講座は10名程度、全て女性であった。西永先生の話はなかなか笑わしてもらった。面白いのである。隣にお座りになった函館からいらしたMさんも、大丈夫?と思う程に声を出して笑っていた。

講義そのものも、かなり共感できる内容であった。ただちょっと気になったのは「心の理論」の説明。この話題はこの講義では詳細を説明することが本意でもあるまいと思えたので、私見を述べるのは差し控えた。4歳児に心の理論の第一水準の課題(いわゆるアンとサリーの課題として有名な課題)を出しても、言語的説明において無理があるのではないのかとのご意見であった。4歳児と言うことであれば健常児であっても難しいという点は私も同意見であるが、果たしてどこからこの「4歳児」と言う話が浮上したのか、よく分からない。健常児であっても7~10歳レベルの課題である、アンとサリーは。

ここで、そのようなことよりも説明して頂きたいポイントは別にある。自閉圏の子ども達の「心の理論」の理解について、まず「自閉症とは『心の理論』が理解できない、あるいは通過できない障害である」という考えが生まれた。それに対して健常な子どもであっても、その発達段階によっては、『心の理論』を理解できない時期が確実にあると言う事実。では全ての子どもは自閉症と言う発達段階を経るのか?…と言えば、確実に否! またHFAやASPの子供たちの中には第二水準も含めて『心の理論』を通過する(勿論、健常児よりは高い生活年齢でと言うことになるが)子供たちがいるという事実。この二つの事実から示唆されることは、『心の理論』は、自閉圏の子どもたちが理解に困難さを持つと言う傾向があるにせよ、自閉症の『十分条件』でもなければ、『必要条件』でもないという点にあると、私には思える。

ちなみに、西永先生が引用したK君のエピソード;
・5歳のK訓は2,500円する玩具が欲しかった。
・K君は既に2,000円貯金を持っていて、あと500円が欲しかった。
・そこで、K君はお母さんに『お年玉に500円頂戴』と言い、そのことを約束した。
・ところが、お正月にK君がお母さんからもらったお年玉には1,000円札が入っていた。
・『お年玉が500円でなかった』ので、K君は『約束が違う』と怒り出し、1,000札を500円札に交換してもらった。

と言う話は、今でこそ笑い話であるが(事実私も腹を抱えて笑ったが)、この時点で西永少年はお母さんの思いを理解できなかったに過ぎない。この事例は『心の理論』の第二水準に関わる典型的な事例であって、5歳のK君が変なのではなく、この歳の子どもが(例え5歳でなく5年生であったとしても)実際にお金を交換するとこまでいくいかなかったとしても、お母さんが嘘をついたと思うことについては、なんら不思議がないと言うことである…本当のところは。実は我々が大人の視点で、こういうことは理解していても当然と思い込んでいることの方が、可笑しいことなのである。

講義は16時40分頃終了。札幌からいらしていたKさんを芦別駅付近までお送りし、7iで夕食と飲み物を購入した。増毛の「国稀・北海鬼殺し」があって喜んだ。が呑んでみると全くの期待はずれ。コンビニで買った酒に期待した『愚かさ』を深く反省。
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北海道紀行 第一日目・・・出発

2007-07-30 20:38:36 | 星槎大学

(星槎大学芦別本校・正面玄関)

7月30日(月)
いよいよ芦別に向かう朝が来た。荷物を軽くするためにノートPCを持っていくことを止めにした。手書きで日記を付けて、戻ってからブログに移すことにしたのだが、いざ帰ってきてみれば、ノートにゆうに20頁を超えた分量になってしまった。ちょっと時間が掛かるかも知れない。

3時半起床。4時25分に家を出る。早朝のことゆえ、海老名駅までのバスはない。徒歩で駅まで向かう。幸い天気予報がはずれ、雨は降っていない。徒歩25分で駅に到着。5時4分初の始発の相鉄線で横浜に向かい、京急に乗り換えて羽田空港へ。6時6分過ぎに空港到着。8時丁度発のANA53便には、楽勝である。これから講義を受ける共生科学概論 I の視点で言えば、不確実性は極度の回避された状態である。ゆったりとした気持ちで朝食を摂った。

9時35分新千歳空港に到着。気温16℃曇り。ちょっと肌寒い。長袖のシャツを1枚しか持ってこなかったことを少し後悔する。十時過ぎにレンタカーに乗り、新千歳を後にする。カーナビに芦別本校をセット。事前に道央道を滝川まで北上し、国道38号で芦別へ向かう予定であったが、このナビが三笠で降りて国道452号を北上することを指示してきた。知らぬ道を通るのも一興と従ってみることにした。

結果的には山岳道のドライブとなり、かえって時間が掛かってしまったが、高速代も少し浮き、それはそれで楽しい道行であった。12時20分過ぎに芦別本校に到着。明かりがついている様子もなく、深閑とした雰囲気である。今日はスクーリングの予定も入っておらず、お休みと言う雰囲気である。食堂に食材を納入していると思しき業者出入りしていたので、中に入ってみることにした。事務所に顔を出すと女性が一人居らしたので、声掛けをして、中を見せていただくことにした。元々70年以上の歴史を持つ小学校の後を借り受けているのであるが、大規模である。往年の三井炭鉱の賑わい、繁栄が偲ばれる。レンガ造りの長い廊下、ウッディークラフトを彷彿させる木造の骨組みの体育館。なかなかのものであった。

1時過ぎ、西永先生に紹介されたスターライトホテルに向かう。大学からは14Kmぐらいの距離がある。山の中。芦別温泉である。1993年に来たことがあるので、14年振り。ちょっとしたリゾート感覚である。素泊まりで1泊6,000円。本当は15時からのチェックインなのだが、早めにチェックインさせて頂き、軽く午睡を取る。

5時過ぎに下のレストランで早めの夕食。トマトのサラダ、野菜のスープ、フィレミニオン・ステーキ200g、ライスにビール。〆て4,462円也。ちょっとリッチな感じ。

部屋に戻り家人に電話。今日上越では特総研(久里浜の独立行政法人・特別支援教育総合研究所)の広瀬由美子先生と藤本裕人先生の講演会があって、家人はこれに参加してきた。実は私も出たかったのではあるが…。様子を詳しく聞いてみた。3時間ほどの講演で繰り返し視覚支援の重要性を説いていたそうだ。特別な支援が必要な子どもに対して、特に自閉症とその周辺ハンディキャップを持つ子どもに対しては視覚支援が重要であると言うことは、よく言われることでもあり、今更と思われるかも知れない。広瀬先生が強調していたの、市内のモデル校になった飯小学校を含めて取られたデーターが、健常児であっても視覚支援をすれば、しない状態に比較すると理解度が上がり、成績が向上すると言う事実である。

困り感がある子ども達、特別な支援が必要な子ども達、ハンディーキャップを持った子ども達が、スポットライトを浴びない支援、真の意味でのインクルージョンに沿った支援とは、実はそう言うことなのである。プロの教育者が「そんなことは分かっているが、時間がない…」と目を背けてはいけないところがそこにある。筑波大学の藤原教授が、実際に実践したことがない人には、極めて分かり辛いことであると指摘する、本当は最も大切なことがそこにあると言うことである。

その後、私の本職の方で、若干のトラブルがあり、東京の事務所と高岡の代理店とに連絡を入れ対応を取った。そして大浴場へ。硫黄臭のする温泉に漬かり、ちょとのんびりした気分を味わう。

20時過ぎに外へ出てみる。うす曇の空模様は満天の星空とは言いがたいが、それでも首都圏で見る夜空よりは星が多い。久々に北斗七星や北極星を見た。さすが緯度が東京より約10度高い芦別、これらの星々も高角度であった。星ふる里、芦別のスターライトホテル、名前にあったホテルである。
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学業は順風満帆の感

2007-07-28 05:19:05 | 星槎大学

 今期の学習もほぼ完了の見通しが立った。昨日2通目の教育学のレポートを提出。これで、今期のレポートはFゼミを残して全て完了。10月生の私の場合ゼミのレポートだけは変則的に来期の提出になるので(そもそもゼミ自体が始まってもいない)これは例外。

これで、9月一杯まではレポート作成から開放される訳である。今日、明日は「発達障害と医療」、太田昌孝先生の講義、翌日は芦別に出発。「学習障害概論」、「共生化学概論I」のスクーリングの後は、昔の部下の家に寄せて頂く。レンタカーを借りての北海道一人旅。ちょっとした夏休み気分!

後は残りのスクーリングをエンジョイさせて頂く。おっと北海道から戻ったらゼミの準備に集中しなければ!
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富山でのスクーリング

2007-07-23 18:29:45 | 星槎大学


金曜日に高岡での仕事。月曜日に上越での消化器系の検査という事情から今回は富山で教育学のスクーリングを受けることにした。

教育学。受講生は3名+オープンスクールということで参加の2名を加えたスタートであった。地方発信される講義の場合には、発信元であるライブの授業に参加することが好ましいという考えは変わらないが、今回は少人数であったこともあり、21型?の液晶ディスプレーも見やすく、何よりも金先生がPowerpointのスライドを使用しなかった点がよかった。私自身は自分の仕事などでもPowerpointは好んで使う方であるが、こと星槎の講義にあってはPowerpointのスクリーンが受像機に写ってしまうと、配信先ではその時話している教員の表情は見ることができないからである。

教育学は応用行動分析などの発達心理学に比べると内容的にはマクロ的であり、ちょっと異なった視点での教育の捉えかたは、普段自分が見ている世界を再考する上で新鮮であった。

一日目の晩は、富山市恵光学園の橋本先生とご主人の3人で食事をとった。

翌日は、結構自然体で質問等も出来、地方での配信授業も捨てたものではないと思えるようになった。突然横浜会場から「ヤッちゃんパパに質問があります。」と切り込まれたのには、さすがに驚いたけれど。ふくちゃんだったのかな?テリーさんもいたな。

レポートの残っているのがこの教育学の2通。提出期限が8月14日なので、あと3週間。1通はほぼ構想が固まった。今期も、もう少しである。
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集中スクーリングの開始・・・台風・・・そして地震(3)

2007-07-16 22:17:56 | 星槎大学


今日は終日お休み。神奈川に居るので子どもの面倒を見るということもない。書かなきゃいけないレポート課題もない。全くのフリー。

ということで、まずはゼミ用に設置をしなければならないSkypeの設定と、新潟で使ってみて気に入ったBambooという手書きパッドの設定をすることにした。

Skypeの設定。購入して来たカメラの設置とドライバーのインストール。ヘッドホーン・マイクの設置。Skypeのソフトダウンロード。まずは碓氷先生に登録申請を行う。何やかんやしていると、突然眩暈を感じた。え、メニエルシ症候群?いや地震だ。妙にゆったりとしたローリング。余り経験しないゆれ方でもあり、かなり遠方の地震と思えた。PCのセッティングに集中していたので、特に気にも留めていなかった。10分程して、碓氷先生からPC電話が入る。『新潟が大変だよ』と言う話を始めて聞き、慌ててTVをつけた。

携帯から自宅に電話を入れるが繋がらない。固定電話で再チャレンジ。繋がった。家人はかなり慌てている。ヤスが私の部屋でDVDを見ていたらしいが、お父さんの部屋が大変と言って飛んできたという。見て来てといっても家人は怖くていけないと言う。仕方が無いので、一回電話を切る。Skypeの設定続行。ん?Festoon Betaのダウンロードサイトに繋がらない。何か変更があったのか?事情は良く分からない。「サーバーが見つからない」というメッセージが出てしまう。これは仕方が無いので数日間様子見をすることにした。

再度上越に電話を入れる。全員無事。電気・ガス・水道・電話などのライフラインも無事。若干の家具が倒れ、私の本棚の書籍が落下した程度で済んだようである。長兄の高校はJRが止まっているため明日休校と相成ったそうである。

多くの友人から電話やメールを頂いた。前妻との間の息子は自衛官で朝霞に居る。彼は柏崎に派遣されるそうだ。一人暢気に神奈川でPCをいじっているのが恥ずかしい位である。

その後Bambooのセッティングをし、少しサボっていたブログの書き込みをした。だから、昨日、一昨日のブログのタイトルにも地震の文字が…三部作である。
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集中スクーリングの開始・・・台風・・・そして地震(2)

2007-07-15 20:15:48 | 星槎大学


3時に起床。小父様の朝は早い。何時から習慣になったのか、歳をとったせいか、朝は早いのである。台風のことが気になり、TVを点け、インターネットを見たりする。まだ紀伊半島と四国の間を南に行った辺りに居る。動きが遅いのか速いのか良く分からない。

7時位まで今日登校すべきか、かなり迷った。下手すると電車が止まる。青葉台にはビジネスホテルがないらしい。電車が止まればタクシーも無理!そのうち箱根登山線が運転見合わせ、伊東線も。何やら外房線や成田線といった千葉県のJRも…。時間が経つにつれて止まる電車が増えている。東海道線にも遅れが…。で、休むことにした。帰れなくなったら困るからねぇ。ということで親にもそう宣言し、わざわざ家人の携帯にまで連絡をし、そう宣言した!『何馬鹿を言ってんの』という感じであったが、『こっちの天気も知らず、何を言うか』である。

ところが7時を回ってから、NHKの天気予報士が交代したせいか、何やら天気予報のトーンが変わってきた。どうも台風は早く抜けそう。午後には雨も止むかも知れないという雰囲気である。これが先行刺激。早速方針変更で、予定していたバスの一本後のバスで出かけることにした。これが行動。結果として、実際には休講にならなかった講義に参加でき、追加の課題をしなくても応用行動分析学はスクーリングを無事に終了した訳である。ついでながら、誤解がないように言えば、この場合の強化子は「雨が止むかも知れない。」という天気予報ではなく、講義に参加すべき、参加したらば満足するという、自己の認識である(自己強化という)。

今回のスクーリングのメインテーマの一つはこの三項随伴を基にしたABC分析の理解であったと思う。新潟いなほの会の会長である沼田夏子さんは折に触れてこのABC分析が大事であることを親に説かれている。子どもの行動を理解する上でこのABC分析をすることは極めて有用であるのは、紛れもない。しかしながら本当の意味でこの簡単に見えるABC分析が、果たして、何のトレーニングも無しに誰でも出来るか?といったら、結構難しい。普段偉そうなことを言っている(事実私より偉いかも知れない)家人にしたって、結構怪しいものだと、内心思っている。

何が難しいか?演習で行った課題を事例にしてみよう。先生と生徒の会話;

先生はプリントを小林君なる生徒に提示する。
先生 「小林君、このプリントやってください。」
生徒 「嫌だ、やりたくない。」
先生 「なら、いいです。」
先生はプリントを引っ込める。

デフォルメされた極めて簡単なやり取り、会話である。この例は生徒が「やりたくない」と言ったことに対して、先生がプリントを引っ込めた形である。題意としては、「やりたくない」と言う意思表示によって、先生が生徒にとっての嫌悪刺激を除去した。即ち、生徒は「やりたくない」と意思表示すれば、嫌悪刺激が除かれると言う経験をしたことにより、自分がしたくない事項から逃避するには「やりたくない」と言う行動が強化されたことになる。負の強化がなされた事例である。問題行動はこうして増えていくと言う事例である…。

で、果たしてそうか?というと、実はこれは負の強化がなされているかどうか分からないのである。その可能性は勿論ある。しかし、例えばこの生徒がこの教師に特別な思い入れを持っていた場合は如何であろうか?「ならいいです。」といって先生がプリントを引っ込めた場合、「先生が僕から遠ざかってしまた。しまった!」と思うケースも考えられる。この場合は同じ行動を繰り返そうと生徒はしなくなるであろう。正の弱化である。山口薫流では「罰 I」。この先生は単純にムッとしてこう言ったのかもしれない。あるいは過去にこういう態度に出ると上手く行くと知っていたからこういう行動に出たのかも知れない。この寸劇ではそれは計り知れないのである。

そこに難しさがあるのである。ではどうすれば良いのか? それにはこの一連の結果、小林君の行動がその後どうなったかを観察しなければならない。もし小林君のこの問題行動(?)が増えるのであれば、先生の行動は負の強化であった訳であり、減るのであれば正の弱化であった訳だ。

私は山口先生とは考え方がちょっと違うので罰と言うことば使わず「弱化」と言うことばを使う。『罰』と言うことばの語感が、とかいった国語的な意味合いからではない。強化と弱化ということばの対比、それの正負という考え方が最も強化原理を理解し易いと考えるからである。三田地先生が言われるような負の強化と罰の混同とか、ごっちゃになると言うこと無しにすっきりするからである。加えて、弱化と罰はしばしば同義語として使われるが、本当は異質なものであると言う考え方が、スキナーの思想でもあると思うからである。

つまり、罰とは「強化刺激を奪うこと」あるいは「嫌悪刺激を随伴させること」を意味し、対象児・者の行動を変容させるか否かということは無関係ということだと考える。弱化は実際に行動が変わって初めて弱化行動であったと言えるという点が違う。例えば駐車違反に50円の罰金が科せられたとしよう。多くの人は「たかが50円」と思えば、有料駐車場に停めるより安いと思って、駐車違反を止めようとはしない筈(行動変容なし)である。しかし50円と言えどもそれは罰には違いない。いや、駐車料金より安い罰金は、ご褒美である、あるいは強化子であるという意見もあるかも知れない。ならば、罰金の額が駐車料金+50円とか+100円とすれば良い。一方、もし罰金が50万円出あったらどうか、おそらく一度罰金を課せられたら、二度と違反しないことだろう(行動変容が起きる)。この時初めて交通違反金は弱化子(負の教化子あるいは嫌子とも言う)となるのである。

強化子とご褒美も同様の関係。ご褒美は必ずしも強化子と同じではない。B.F.スキナーはこう言っている。

『ご褒美は一般に、楽しい随伴性と考えられるが、強化のほうは楽しいかどうかを問題にしない。キャンディー、お金、おいしい飲み物、褒めことば、抱擁など楽しいものをご褒美と考えている。しかし、強化の方は、楽しいとは限らず、行動の生起頻度の増大が必須条件である。その好例が次のような事態である。ペンは紙の上にインクの痕跡を残す。インクの痕跡は書字行動を強化する。即ち、もしインクの痕跡が残らなければ、ペンで字を書いたりはしない。インクの痕跡があるからこそ、文字を書くという行動の生起頻度は高く維持されるのである。紙の上のインクの痕跡は、この場合「強化子」であるが、決して楽しい感情を引き起こす訳ではない。』

昼過ぎに横浜では晴れ間が見えた。講義が終わって外に出るとまた雨降り。神奈川の自宅に着く頃はそれは止んでいた。
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集中スクーリングの開始・・・台風・・・そして地震(1)

2007-07-14 21:53:00 | 星槎大学


7月・8月はスクーリングが集中することになる。応用行動分析学、教育学、特別支援教育I、発達障害と医療、学習障害概論、共生科学概論I、発達障害の判定と教育的対応、ゼミの対面学習…数えてみれば延べ17日間!今日、明日ははその第一講目、応用行動分析学。何時ものように9時頃登校。一番前の座席を確保。と、泥縄式に教材を準備しているとしか思えない三田地先生がビデオ教材を作るからという理由で、教室から追い出されてしまった。廊下で待っていると9時半頃山口薫先生が到着。お会いするのは2ヶ月ぶりぐらいだが、心なしか少し弱られた様な印象であった。9時40分を回ってやっと教室に入れた。

大型で強い台風とテレビが盛んにいう台風4号が九州に上陸。インターネット回線で配信各サイトの内、福岡サテライトは終日休講。広島、今治サテライトも午後からお帰りとなった。講義は結構面白かった。山口先生の講義は、概ねポーテージの認定相談員相手の講義と同じで、復習という感じであったが、三田地先生の講義は新鮮であった。

講義が終わりバスで青葉台駅へ向かう。やたらと渋滞していた。交通渋滞は海老名でも同じ。タクシーの運ちゃんは『明日は台風だから、表に出かける奴は居ないよ。だから混んでんだよねぇ!』と、のたまう。明日もあるんだよなぁ~!私の場合は と思いつつも家につく。何時もよりは1時間位、余分にかかった感じだ。

ヤスは今日は家人と親の会の催し物で、糸魚川に一泊。本音を言えばそちらも出たかったのだが、これだけは、仕方が無い。
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