ものわすれネットカフェ 2号店

物忘れが始まった?
怖がらずにここへおいでよ。
一緒に考えて一緒に歩こう。

帰って来ました。

2006-09-30 21:49:15 | Weblog
ご心配をかけましたが、今日戻ってきました。
足の方は、痛みも腫れも引いて何とか歩けるようになりました。
るすの間、にんじんクラブや沢山の方にお気遣い頂きとても嬉しく思いました。
ありがとうございました。

また、毎日の暮らしの中から、今の自分を見つめて書き綴って生きたいと思います。これからも宜しくおねがいします。

閑話休題

2006-09-23 10:55:46 | Weblog
今朝の NHKテレビ(3チャンネル)の短歌のテーマは「忘れる」でした。
この番組は視聴者からの投稿を元に、作った人の思いを解いたり、添削したり、という番組です。
いつも12首が放送されます。その中からいくつか紹介します。

何見ても 何をきいても 新鮮ね
     忘れん坊に なったとうさん

物忘れ しまい忘れの 繰り返し
     忘れ上手に なりて老いゆく

忘れたい 忘れたくない 忘れない
     六十一年前の あの夏の宙(そら)

幾たびも 心なくして いるわれか
     わすれな草の 季も終わりぬ

それぞれに、作った人の思いが伝わってきます。だれに言うともなく口ずさんでいると、自分でも思いがけない自分の一面に出会うこともあったりして、なかなか面白いです。書き留めなくても良いですから、大切な人の介護の合間に、ふっと出て来た言葉を呟いて見ませんか。

今日のゲスト選者は専修大学、フランス文学の山本慧一先生でした。
選者の一句、書き添えます。

想うとは 心の上に 相手置く
     表意文字の 見事なかたち

寝たきりの 妻を七年 介護して
      生きる尊さ 何度知らさる

                   (あやちゃんの短歌友達の薗部翠)

再び、9月21日のさくらさんへ

2006-09-22 09:29:11 | Weblog
今日は、慎太郎のえさやりと散歩をさせるためにあやちゃん宅に来て、21日のさくらさんのページを読ませて頂きました。にんじんクラブの高瀬です。
それで、一言何かお話ししたくなって、ものわすれネットカフェに立ち寄りました。

症状が、進んでいないこと何よりですね。私は、今日のさくらさんのお話の中で、自分が大きく変わっていったこと、と書かれていたことに、共感したんです。病が
進んでいかない大きな原因が、そこにあるのではないかなあと思ったのです。

私たちは家族でもないのに、勝手に出しゃばってあやちゃんの周りであれこれとお節介をしています。私自身は、昨年の11月からにんじんのメンバーになりましたから約10ヶ月になります。
その間に、あやちゃんは少し戸惑うことが多くなったと思います。
でも、そのとまどいに出会って、私は、自分を考えるようになりました。
なぜそうなるの どうしてそうするの と相手を観察しても無駄なことだと分かったからです。それよりも、今自分が出来ることは何かな、と考える方が早いかな、と思うのです。

さくらさんがおっしゃることと少し違うかも分かりませんが、自分のあり方で変わるのですね。あやちゃんが今していること、を明るく見ているか、暗く見ているか
それで全く違ってしまうように思うのです。

はじめから明るい方を見ていけたら、もっと楽しいですよね。
今日はあやちゃんのことと言うより自分色が濃い話になりました。
でも自分が明るくなったのは実感出来ます。

とりとめもない話ですが、何かしら言いたくなりました。

始まりです 2.

2006-09-21 12:26:25 | Weblog
9月18日の水木さんのブログに、始まりです とありました。

今日は、9月21日、世界アルツハイマーデーです。
その日、つまり今日の一期一会の水木さんのコメントの中に、10月の国際会議に一期一会が英語訳されて報告されるとありました。今年はドイツで開かれます。

始まりですね。

ゴールインスタートという言葉があります。
ここまで来た、そこから次へ出発すると言う意味で使われています。また何かを成し遂げた時、それで終わりではなく今までのことが活かされて次に繋がっていくと言う意味です。私は、ああ、まさにこういう事をいうのかな、と思いました。

小さな種を蒔いたのは水木さんでしたが、その種は、もう水木さんの手を離れて
飛んでいった先できっと芽を出して育って行くことでしょう。
私達は、その芽がそこで育つように、ここからそっと見守っていたいと思います。

ここに集う一人一人と、一日にわずかな時間を共有して心通わせていくこと、それが、飛んでいった水木さんの種の育つ土壌になることを信じて。

今日の、あやちゃんのブログジャックをしたのは、木下でした。

9月19日のさくらさんへ

2006-09-20 08:37:31 | Weblog
初めまして、にんじんクラブの堀田と申します。
19日の、さくらさんのふたりごとを読ませて頂いて、共感することがあり、あやちゃんのページを、ブログジャックしました。勝手に占拠しましたが、きっと許してくれるでしょう。

まず、アリセプトの有効期限の事です。どれくらいの期間有効なのかはお話しされる医師の方によってだいぶ違いがありますよね、半年から一年の差があります。百人百様と言われるこの病のことですから薬の薬効もそれくらいの差が出てくるのでしょう。
でも、その半年一年が患者にとってどういう意味を持っているかはお医者さんはご存じなのでしょうか。

この病の患者は、病気との闘い、即自分との闘いなのですよね
だから、話したいこと聞きたいことがいっぱいある、でも、
自分の状態を知って欲しいと診察に行く患者の顔よりも、介護する人の顔をみて話をすることが多いのです。患者が取り残され感に陥っていることにも気が付かない
。せめて、新しい薬のことや、今進んでいる研究の経過などわずかでも良いから、希望に繋がるお話をしてはいただけないものでしょうか、ね。

まろんさん、状態が変わりないとのこと、何よりです。
19日の読売新聞に、「認知症からの回復」というシリーズで記事が連載され始めました。このところ、認知症に関して色々なところでかつてないほどの取り上げられ方がされています。そう言う「今」の中で自分を見失わないで、私達はまろんさんやあやちゃんや、ここの集う人たちに寄り添っていきたいですね。

水木さんから、拡がってきたこの「ものわすれネットカフェ2号店」はそう言うことを願って開店したのです。私達に希望がなくては・・・。
これからも嬉しいこと、楽しいこと、頑張っていることを、お裾分けしあっていきましょう。沢山の人が集ってくださると嬉しいのですが・・。長くなりましたのでこの辺で。
(この願いは、あやちゃんもきっと同じだと、思いつつ)




どうでもいいこと?

2006-09-15 08:46:11 | Weblog
一期一会の掲示板に、A子様からのお便りがありました。
今は落ち着かれていらっしゃる様子が分かりました。家のことを楽しんでなさっておられる様子が伝わってきました。

私も嬉しくなり、その日のことをお知らせしました。
その中で、29年間も捨てられないで持っていたこどもの産着を、ガラスを拭く布に切ったことを書きました。そして終わりに、
こんな事はどうでも良いこと、と書きました。

その事で、水木様が「?」を投げかけてくださいました。

どうでもいいことってどういう事かしら
私は、考えました。

どうでもいいと言うときは、少し投げやりになっているときに使います。それから、その事があまり意味のないときにも使います、自分に関係のなさそうなときにも使います。

産着を切ったことは、そういうことだったの?
私は私に聴きました。
違う!
その産着は、子供の小さかった頃を私に思い出させてくれました。
なかなか切ると決められませんでした。
切ろうと決めて、机の上に拡げても、
どんな風に切ろうか、迷いました。
ハサミを持っても、思ったようには切れませんでした。
四角い形に、なかなか出来ませんでした。
頭で思う形に、なりませんでした。

そうして出来た物でした。
投げやりではありませんでした。
意味のないことどころか、沢山の意味を持っていました。

本当に、どうでもいいこと ではありませんでした。
わたしの今は、何でも簡単にはいかないことばかりです。
出来ていたことが不思議、と思うこともあるくらいなのです。
今できることがも出来なくなっていくときも来ます。

その事を思うと、どうでもいいこと なんて一つもない。
一刻一瞬が大切、と思っていましたがこういう事なんですね。
水木さん、気付かせて頂いてありがとうございました。


リーフレットを届ける。

2006-09-13 08:34:03 | Weblog
私も、アルツハイマーデーにちなんで、何か出来ることはないかしら、と考えました。それでにんじんクラブの人と相談をして、リーフレットをお配りすることにしました。

認知症の人と家族の会の支部の方にお願いして30部、送って頂きました。
「学ぼう語ろう認知症 家族で社会で支えようー呆けても安心した暮らせる社会をーというものです。支部の方が、認知症 早期発見の目安 という小さなカードも一緒に送ってくださいました。

これをいつもお世話になっている商店街の人や、お隣さん、新聞配達のお兄さん 
公園で会うお母さん達・・・ 顔の見える人たちに手渡しするのです。

私は、よく散歩に行くお寺の庭師さんと、新聞配達のお兄さんと、お隣さんの4人に手渡ししました。にんじんクラブの人も手伝ってくれて八百屋さん,お肉やさんなどに、届けてくれました。残りは2枚です。どなたに見て頂こうかと思案中です。

私はカミングアウトする勇気がないので、この病についてどなたにもお話していませんが、リーフレットをお渡しするとき、「わざわざ言わなくてもいいよ、分かっているよ・・」と言ってくださっているような感じがしました。思い過ごしかも知れませんが。

お疲れ?

2006-09-11 11:02:03 | Weblog
(枯らせてしまった酔芙蓉)


昨日は、久しぶりに電車に乗って出かけました。
普段は、ほとんど出かけませんので、電車に乗る事が緊張そのものでした。
切符を買う、ゲートを通る、プラットホームまで沢山の人、ぶつからないで歩く事が大変でした。電車が来て乗ったらまた人、・・夫の腕にしがみついたら、知り合いの人に出会って、挨拶をして・・・
 目的の、映画館に付いたときには、もうくたびれてしまいました。
 UDON と言う映画を見に行ったのですが、映画を見るときには、耳栓をして目をつむっていたので、夫は大笑い。

帰りは、贅沢にタクシーで帰って来ました。
(で、映画は、家でプログラムを読んであれこれと、楽しむつもり・・)

疲れたと言っても身体、ではなく、頭かな。
頭が、かかとをこするざらざらした石でこすられているような、感じがするんです 。上手に言えないんですが家に帰っても、ぼんやりしていたようでヴォイスレコーダーにはほとんど夫の声や何か分からない音が入っていただけでした。

今朝は、7時まで眠って頭のがさがさが止まっています。
 



ヴォイスレコーダー

2006-09-10 07:39:27 | Weblog
今日の散歩コースは、興善寺さんのコースです。春には花の美しさで参観の人が多くて賑やかな境内も、今頃はひっそりとして桜の葉が色づき始めています。
庭師さんに、木の葉が落ちる話を聴きました。
 ・・木はいいね、こうやって一年に一度必ず素っ裸になって、自分を見ることが出来るんだから・・・悪い伸び方をしてたら切ってくれってもンだろ?人間はそうはいかないもんねえ、悪い考えも悪い癖も切ってしまうことが出来ないから辛い・・。
 いつも花のことでは、教えて頂くことがありますが、こういうお話は、初めてでした。
 何かありましたか・と聴いてみましたが、木を見上げて、まあ、そう言う事よ。と言ってまたお仕事を始めました。

新しいヴォイスレコーダーを持って行ったのですが、ずっと切れることなく
こんなお話まで撮っておいてくれました。
聴いただけではすぐに忘れてしまう事をちゃんと、記憶していてくれます。

それにしても、庭師さんにお手渡ししたリーフレットと早期発見の目安、読んでくださるでしょうか?

お詫び

2006-09-09 07:41:02 | Weblog
昨日の今日で・・・
間違ったことをお知らせしてしまいました。

9/17のアルツハイマーデーの京都の講演会の会場に、水木様がご参加されると書いてしまいましたが、それは間違いです。
私の聞き違いでした。ごめんなさい。
水木様は、会場へはいらっしゃらないと言うことですので、昨日の記事を訂正してお詫び申し上げます。

水木様、関係の方々にご迷惑をおかけしたかも知れません、申し分けありませんでした。

リーフレットを配る

2006-09-08 06:37:56 | Weblog
9月21日は、世界アルツハイマーデーです。

ドイツのアルツハイマー博士が、この病のことを報告してから100年がたちました。日本でも9/17に、京都で記念の講演会などが開かれます。

その会場で、水木様のブログ「認知症一期一会」が、紹介されます。

その事は、私が「認知症一期一会」にであって元気になったように、また沢山の人を勇気づけることになるでしょう。
そうして、また一歩前に進むことになっていくでしょう。

その日は、各地で様々な催しが、開かれるとも聴いています。
その動きにふれた人たちからまた、少し和(環,輪、話)が拡がって行くことを願っています。

その日は、水木様も京都の会場にはおいでになると伺いました。

ずっと「蟄居」を続けてこられたお心をほどいて
お出かけになられる事を知って、私は、何かうまく言い表せないのですが、
じーんと感じるものがありました。(語彙の貧弱さを嘆きます。)

それで、私も自分の出来ることがしたいと思いました。
にんじんクラブの方と相談をして、ほんとにささやかですが、いつも、お世話になっている人にリーフレットをお配りすることにしました。

私はカミングアウトしていませんが、周りの皆さんはそれとなく知っていてくださる事は、私は感じていました。わざわざ言わなくても良いよ、と言ってくださっているように思えるのです。

今回はそのお礼も込めて、このリーフレットをみて頂きたいと思っています。

お肉屋さん、お魚屋さん、八百屋さん、クリーニング屋さん、花屋さん、
新聞屋さん、公園で会う若いお母さん達・・・顔が見える人たちにお届けする・・・
9月は、ゆっくり、そうやって過ごすことにしました。


ぽ~れ ぽ~れ

2006-09-07 08:39:01 | Weblog
本が届きました。

なぜか、分かりませんがふたりが一冊づつ持ってきてくれたのです。
 サバンナの話をしよう   神戸俊平 著
 寄生虫博士のプーランプーラン  藤田紘一郎 著
と、言う本です。

アフリカとアジアで、活躍されてお(
られるドクターのお話です

本を読むことが、辛くなっている、と言ったからでしょうか、
面白いよ、と言って置いていきました。
それからどうして、別々の人が持ってきたのに
似たような本なのでしょうか。

今、頭が自分のことで精一杯だから、一息入れなさいよ、
ということだろ?
だって、この二つの共通のキーワードはぽーれぽーれだよ。と夫。

私、頑張りすぎているのかしら?

(今日の写真は豚の蚊遣りです、季節はずれなので特価で買ってきました)


ずっと我が家で

2006-09-06 23:39:59 | Weblog
今日のコメントはあやちゃんではありません。友兼が書いています。

ずっと我が家で、暮らしたい。
そんな願いは無理なんでしょうか。

一人でいるのも、社会性がなくなるから、とデイサービスへ
デイサービスだけでは、家族が疲れるから、とショートステイへ
ショートステイだけでは、短いから、とローケンへ
ローケンで3ヶ月が過ぎたからと 特養へ

こういう事は、介護する側にとっても
される側にとっても辛いことだと思うのですが・・・・、
仕方のないことだと、承知もしているのですが、・・・
誰を責めるつもりもありませんが・・・、

そして今現在も、心を込めて一生懸命家族の介護を続けておられる方が、
たくさんいらっしゃることも承知の上で、言いたいのです。

ずっと我が家で暮らせるようには出来ないでしょうか
そう言う制度や仕組みを作ってはもらえないでしょうか。

弱いひとが動くのでなく、弱い人の周りを、元気な人が動く社会・・・、
というのはどうでしょうか。
(アルツハイマー月間にちなんで)

よく聴いて その通り

2006-09-05 19:36:40 | Weblog
とても暑い中、生け花の先生が来てくださいました。

私は、朝から気分が良く、お掃除をしたり、お茶の用意をして待っていました。いつも楽しいことを考えては、私を驚かす友達が一緒に来て、先生を紹介してくれました。野沢先生です。

沢山のお花を抱えてきて、これが今日の花材です、とおっしゃりテーブルの上に並べたので、もう気分は一流の華道家になったつもりではしゃいでしまいました。
そうしたら、野沢先生はこうおっしゃいました。
  お花を生けることには、テーマがあります。
  それは、良く聴いて、その通りやること、です。

ちょっと、分からないなと言う顔をしたのでしょう、友達が、小学生に言うように
私に言いました。
  先生のおっしゃることを、まず聴く。それから、先生のなさることをよく見て
  そのとおりやってみる。

ああそうね、私は初めて生け花をするんでした。何も分かっていないんだから
そう言う事ね。 と思いました。

それで、おっしゃることを良く聴いて、分からないときは何遍も聴いて、やってみました。花の切り方がなかなか難しく、何遍もきってみじかくなったり先生の
いけられた物とは全然違う物になってしまいましたが、出来ました。

良く聴いてその通りやろうと思っても、そのとおりにはなりませんでしたが、
とても楽しかったです。何度も聴いても、何度も同じように教えてくださり有難う
ございました。

玄関にあった金魚鉢を居間に、引っ越して貰って飾ってみました。どうかな。