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ブログ版ネクストテクストです。

とある事情でベトナムと香港 (2)

2006-12-17 10:05:10 | 旅のはなし
さて。(1)の続きである。最初の3日間をベトナムのホーチミン(旧サイゴン)で過ごし、その後香港で2日間滞在というのが今回の研修日程であった。そのなかで強く印象に残った体験のひとつがホーチミンでの戦争証跡博物館見学であった。

戦争証跡博物館は主にベトナム戦争でアメリカ軍が使用した武器や、アメリカ軍の行為を記した写真が展示された建物である。普通、国立の戦争博物館といえばその国の兵士たちの勇ましい姿や活躍した武器の威容などをメインに展示してあるものだが、奇妙なことにここの博物館の主体は当時の敵国たるアメリカ合衆国なのである。

それもそのはずで、この博物館、もともとは「戦争犯罪博物館」という名称だったのだそうだ。つまりそもそもがアメリカの行為を戦争犯罪だとして糾弾するための博物館だったのだ。この名称は1995年にベトナム・アメリカ間の国交が回復した際に今の戦争証跡博物館に変えられたとのこと。しかし博物館の趣旨は今もあまり変っていないようだ(あるいは国交回復前はもっと強烈だったのかもしれないが)。

展示内容の生々しさと残酷さにおいて、ここは世界でも屈指の博物館ではないだろうか。

アメリカ軍がベトナムの森林に枯葉剤を撒布する写真。その枯葉剤によって朽ち果てた森林の写真。その枯葉剤が原因で生まれたベトナム人の奇形児のホルマリン漬け標本。枯葉剤を浴びたアメリカ兵が帰国後に生んだ右腕の無い愛らしい女の子の写真。地上で爆発した瞬間に無数の釘が周囲に飛び散る釘爆弾の実物。釘爆弾を顔面に浴びて鼻の奥あたりに釘の影が浮かび上がったレントゲン写真(被害者はベトナムの民間人)。地上で爆発すると無数の小さな鉄球が飛び散る爆弾の実物。その爆発を背後から浴びて、背中から臀部にかけて数十箇所の小さな穴が開き、血が噴き出ているベトナム人の写真。爆弾の中にガソリンが詰まったナパーム弾を浴びた人の写真。全身にひどい火傷を負っているその人は、まぶたが溶け、眼球までが火傷でただれている。

いま思い出してもあまりの残酷さに気分が悪くなるような数々の展示物。この博物館は徹底的にアメリカの行為を告発し続け、それに打ち勝って共産主義革命を達成したベトナムを賛美し続ける。ではわれわれはこうした展示を、どのように受け止めればよいのか。アメリカ人がベトナム戦争中に無垢なベトナム人を非人道的な方法で大量に殺したことを認識するための場所なのだろうか。アメリカ人の開発した残虐非道な武器の数々を非難するための場所なのだろうか。

それは断じて違うと思うのだ。それではベトナム政府のプロパガンダに加担するだけだし、新たな憎しみを生み出すだけである。

この博物館は「残虐非道なAが、無垢なBを非人道的な方法で大量に殺したこと」を認識する場であり、そのAとBには無数の組合せがあったことを想起する場であるべきなのではないか。「アメリカ人」と「日本人」なら太平洋戦争中の原爆投下や無差別爆撃だし、「中国人」と「中国人」なら天安門事件だ。「日本人」と「日本人」なら沖縄戦だし、「ロシア人」と「ポーランド人」ならカチンの森の虐殺である。「ドイツ人」と「ユダヤ人」、「イラク人」と「クルド人」、「ルワンダ人」と「ルワンダ人」、「イギリス人」と「インド人」、「スペイン人」と「メキシコ人」、「中国人」と「チベット人」、「イスラエル人」と「パレスチナ人」・・・その他過去にあった、あるいは現在も続いているすべての組合せを認識するための場なのである。

それとともに「残虐非道なAが、無垢なBを非人道的な方法で大量に殺すことができること」。つまりあらゆる人間があらゆる人間に対してこのような行為をする可能性が未来にあること、人間とはそういう生物であることを認識する場でもあるのだ。

正視するにはあまりにも無惨な展示物に囲まれながら、『夜と霧』の一節を思い出した。

「わたしたちは、おそらくこれまでのどの時代の人間も知らなかった「人間」を知った。ではこの人間とはなにものか。人間とは、人間とはなにかをつねに決定する存在だ。人間とは、ガス室を発明した存在だ。しかし同時に、ガス室に入っても毅然として祈りのことばを口にする存在でもあるのだ」

ホーチミン市を訪れたなら、ぜひ見学をお薦めしたい場所であります。


夜と霧 新版

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3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
率直な疑問 (paradisemaker)
2006-12-17 15:01:05
組合の研修で戦争証跡博物館見学ってどういうつながりなんすかね?
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Re:率直な疑問 (fujikata)
2006-12-17 16:19:48
いちおう「平和学習」という名目でした。

われわれの属する組合は民主党支持なので、反自民→反米→戦争証跡博物館見学により反米意識を醸成、というのが狙いなんじゃないかと。

私個人としてはいまのテータラクな民主党をとても支持できないんですけどね。

そもそも戦争博物館なら、まずは国内で遊就館に行くべきだと思います。
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うーむ (paradisemaker)
2006-12-24 22:46:49
やはりそういう話ですか。
いまどきアンチ自民・反米じゃあ支持は得られないっすよね、実際。

組合運営も根本的な見直し時ですね。


「平和」学習で戦争博物館行くなら遊就館。同感です。
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