かなり前だが、大学の一般教養の「哲学」の講義で精神医学を中心として話を組み立てたことがあった。
つまり、一年間27回ぐらいの講義のうち3-5回を精神医学の話題に充てるのではなく、前回を通して精神医学の話にしたのである。
講義の副題はたしか「哲学と精神医学」であった。
使ったテキストは新書が三冊。
蜂谷英彦『心の病と社会復帰』(岩波新書)、大原健士郎『うつ病の時代』(講談社現代新書)、池見酉次郎『心療内科』(中公新書)である。
これを中心に「哲学と精神医学」という講義を一年を通して行ったのである。
聴講生は262人で、一般教養の科目が多数ひしめく月曜日の夜にしては非常に多かった。
そしてかなり好評であった。
ある熱心な学生(毎回出て、試験もレポートも満点近い)が最後の授業の後で、「先生すごくためになりましたよ。ものすごく面白かったです」と目を輝かせてお礼に来た。
その学生は経営学部の学生で、平凡な印象だったので、意外だったが。
で、その学生の試験の答案に「今年は可愛かずみ の自殺などいろいろあったけど、今後精神療法と薬物療法はバランスを保ちながら、進歩していくと思います*。哲学的観点から精神医学の科学的基礎と人間の本質を論じた今年の授業はほんとにためになりました。ありがとうございます」と書いていた。
また、「この授業をまじめに聞いていた人は誰もこれが{哲学の講義じゃない}とは言わないと思いますよ」とも書いていた。
類似の答案や意見は他にもいくつかあった。
心身問題の観点から「哲学と精神医学」というテーマを扱った講義は、およそ出席者の三分の二にとってたいへん好評で、抽象的な話題に終始する一般的な「哲学」の講義よりはるかに面白く感じたようである。
残りの三分の一にとっても決して悪いものではなかったらしい。
哲学史や思想史といった哲学入門的講義を期待する人からは「哲学の話題をもう少し多くしてほしかった」という意見もあったが。
私も色々な試行錯誤の結果、こうした大胆な哲学の授業をやってみたのだ。
だいたい、大学の一般教養、共通総合科目の「哲学」なんて、一年聞いてもソクラテス、プラトン、カント、ニーチェといった数人の大哲学者の名前を覚えるだけで終わってしまうしね。
ちなみに、最近は英米の心の哲学を軸として、脳科学や精神医学や意識科学の話題を取り入れ、随時西洋哲学史に言及するという手法を取っている。
英米の心の哲学は科学と密着してるからね。
*注 このように精神療法と薬物療法の両方の重要性を理解し、その統合ということを理解してくれる学生は意外と少ない。多くの人は心と身体を暗黙の裡に別次元の存在と考える癖があるからだ。これこそ心身二元論の臨床的克服というこで、「哲学と精神医学」というテーマの核心の一つをなしているのである。
*可愛かずみ とはhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%AF%E6%84%9B%E3%81%8B%E3%81%9A%E3%81%BFである。