あの人の不満に、私は気づいていた。私の尽くした男は、いつでも同じ不満を抱いた。でもそれを認めるのは怖かった。だから私はみないふりをして、それでもまだ演技を続けた。
私はいつでも、相手と一緒に歩きたかった。二人で一緒に、並んで歩きたかった。でも、同じペースで歩いていくれる人がいない。だから私は、ゆっくりと歩く術を覚えた。相手よりも遅く歩いて、後ろをついていく術も覚えた。
あの人は歩くのが早かった。私よりふた回りほど遅かったけど、十分だった。それほど遅くしなくてもいい。その居心地の良さに、私は寄り添った。少しだけ歩みを遅くするだけで、その人は私の前を歩いてくれた。でも私たちの前に石がありそうなとき、私はそっと先に行って石を取り除いた。あの人は、そのときの私の歩みを見逃さなかった。
ずっと、あの人より歩みが遅いふりをした。それでも疑念は少しずつ増え、私は自分の歩みの早さが露呈するのを感じた。それはいけないことだった。私たちは同じくらいの歩くペースで、だからぴったり居られることになっていたのだ。本当は私だけが早く歩けるなんて、一番あってはいけないことだった。だってあの人は、自分より少し歩みの遅い私に頼られてきたのだ。
その疑念は少しずつ、少しずつ二人を苦しめた。それも、いつものことだった。私は、自分より速く歩く人間にまだ会ったことがない。だからいつだって、相手の歩みに合わせた。合わせてないふりをするのもうまくなった。
私は歩くのなんて速くない。あなたたちだって、私と同じくらいに歩けるんだ。幼い私は、一緒にいる人にそう叫び続けた。たくさんの人が倒れていった。
私が悪いのだ。ずっと、隠し通さなきゃいけなかったんだ。尊厳を傷つけて、歩みを緩めてたなんて教えて、それでも一緒にいてほしいなんて。どれだけ人を馬鹿にしてるんだろう。一人で歩こう。だからそう決めた。