雑記

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小説 山あいの町6

2016-10-16 22:20:02 | 小説 山あいの町


 お母さんの声が聞こえて、私と始ちゃんは台所へ向かう。食卓に着く前に、お風呂のお湯を止めた。秋が深まりつつある今の季節は、すき焼きには少し早いけど、それでもやっぱりおいしかった。
 ご飯を食べ終えると、始ちゃんはお礼を言って帰って行った。もうちょっといればいいのに。そう思ったけど、言えるはずもない。始ちゃんが持ってきたカステラをつまみながら、私は今日のことを考える。
 始ちゃんが発した言葉。始ちゃんが見せた仕草。始ちゃんを始ちゃんたらしめる、そういう何か。体の奥の方がふわりと熱くなって、私は始ちゃんが好きなんだって実感する。


 私は始ちゃんが好きだ。始ちゃん以外の人を好きになったこともないし、好きになれる気もしない。だから、少し怖い。今の私は始ちゃんによって満たされている。始ちゃんがいなくなったら、私はどうなるのだろうか。台所のテレビには、くだらないバラエティが流れている。私はカステラをつまみながら、テレビに映る軽薄そうな男を見ていた。始ちゃんと、全然違う。この俳優、藤森が好きなんだっけ。どこがいいんだろう。始ちゃんの方が、ずっといい。格好いい訳じゃない。ただ、始ちゃんの方がずっといいんだ。


 カステラをつまみながら惚けていると、お母さんがコーヒーを出してきた。カステラにコーヒーはないだろうと言いたくなるが、お母さんはいつでもコーヒーしか飲まない。
「ありがと」
「ほどほどにしなさいよ。ダイエットはどうしたの」
 そんな風に笑いながらお母さんが言う。余計なお世話だ。それでも、ちびちびとつまむカステラとコーヒーはおいしくて、だから私は、始ちゃんのことを考えていられた。
 そうだ。明日、ミヤマに行こう。ミヤマは私と藤森が発掘した喫茶店だ。高校にほど近い商店街の、薬局の二階にある。細い階段が店の外についていて、注意深くないと見逃してしまう。仄暗い店内で、古めかしいレコードが回っていて、お美人なお姉さんがのんびりと作業をしている。立地のせいかお客さんもあまりおらず、他の人がいない時は、お姉さんがおしゃべりをしてくれた。
 お姉さんはとても優しくて面白くて、私と藤森はほとんどお姉さん狙いで通っている。こう言うと、なんだか肉食系の男の人みたいだ。ともかく、私たちはお姉さんが大好きだった。
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