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椎葉神楽に民俗の本質を見る! 渡辺一弘

2010年12月02日 00時52分43秒 | 原稿
椎葉神楽に民俗の本質を見る!
渡辺一弘

「うちの神楽は後継者の心配はないです。」
尾手納神楽の師匠、椎葉道生さんはきっぱりと言った。

平成一一年一二月二五日、
収穫感謝と願成就の祈りを込め、
尾手納集落でも神楽が執り行われた。

宮崎県東臼杵郡椎葉村の西端にある尾手納集落は、
標高七五〇メートルを超える山村。
役場がある上椎葉から車で約四〇分、
わずか一七世帯で夜神楽を伝承している。

この日は、冷え込みも厳しく、
神楽が始まる夜七時には雪が舞いはじめた。
今年の神楽宿は、椎葉繁則さんのご自宅であった。
最近では椎葉村でも神楽が民家で行われることは少なくなり、
公民館などが使われることが多くなっている。
襖や障子はすべて取り払われ、
中央の四畳半の部屋を御神屋(みこうや)とし、
天井には赤と青のタスキが十字に掛けられ、
壁面には大きな榊や麻ひも、
その下の祭壇には真っ赤な四本の御幣が飾られ、
二頭の猪頭などが供えられている。こうした設えはまさに伝統美である。
御神屋を取り囲んで、
県内外から訪れた延べにして約三〇〇人の観客が
夜を徹して神楽を楽しんだ。

神楽は、「板起こし」の神事に始まり、
朝神楽の「火の神」まで二十四番が舞いつがれる。

なかでも夜半過ぎに舞われる「一人神楽」は
「太夫さんの神楽」とも呼ばれ、
最も人気のある舞である。
太力明神(たぢからのみょうじん)の大きな面を着け、
大地を力強く踏みしめる所作、長く大きな手足の動き、
素早く回す御幣などが特徴で、
次第に早く回転するとともに歓声と拍手が沸き上がる。
太力明神の面は、年に一度神楽の日にだけ披露され、
それ以外では一般の目には触れず、
集落外に絶対に出さないというのが氏子たちの総意である。

平成三年二月、椎葉神楽は村内二六か所の神楽が一括で、
国の重要無形文化財に指定された。
このことは伝統を引き継いできた村民にとって
自らを誇れる自信につながった。
しかし、一方では、椎葉神楽を知ってもらうために、
村外での公演に出かける要請も増えることになった。
村外の公演を積極的に受け入れる集落もあるが、
「尾手納神楽はこの土地に来て見てもらいたいので、
外では舞わない。」と道生さんは言う。

集落芸能である神楽は、その土地の信仰にもとづき、
収穫を感謝し、五穀豊穣・豊猟祈願を願って行われる神事である。
洗練された舞い振り自体にも十分な魅力はあるが、
集落における祭りとして舞われることが重要なのであろう。

過疎化に悩む山村が多い中で、
尾手納集落では、地元に戻ってくる青年は多い。
この日、「扇の手」を舞った
椎葉智成さん(二二歳)と椎葉元春さん(二一歳)は
最年少の舞手である。
神楽を初めて二年目になる元春さんは、
昨年椎葉に戻り家業を手伝っているが、
「椎葉に住みたくて熊本から戻ってきた」と力強く語る。

林業主体の生活は経済的には決して余裕のあるとはいえないだろう。
しかし、山村において、自然の恵みに感謝し、
収穫や豊猟を神々に祈る心には、
都会にはない生きるリアリティーがある。
 文化財の指定や観光への利用のため、
民俗芸能の意味が大きく変容している現代。
民俗の本質を垣間見ることのできた一夜であった。

『FUKUOKA STYLE』27号

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