国際情勢について考えよう

日常生活に関係ないようで、実はかなり関係ある国際政治・経済の動きについて考えます。

世界史の教科書が面白い

2007-07-03 | 書籍・映画の感想
このブログは、いろいろな方が読んでくださっていると思いますが、もともとは、私が専門学校の講師をしていたときに、担当科目の国際関係論等を履修していた教え子の皆さんたちに、授業のフォローアップをする趣旨で始めた経緯がありました。

そういう趣旨にも関わらず、これまで無難な話題だけでなく、集団的自衛権のような微妙な話題も取り上げてきたのは、こういう微妙な問題こそ、人の意見にいたずらに影響されることなく、自分の考えで判断して欲しいという思いがあったからでした。

ということで、いまも一部の元教え子の学生さんたちが読んでくれているようにも思いますので、今後はときどき国際問題に関する文献の紹介のようなこともしていきたいと思います。ただし、あまり専門的なものは避け、国際問題に関心があるけど、どうやって勉強したらいいのというニーズに見合うものを取り上げて行きたいと思います。



というわけで、第一回目は、高等学校の世界史の教科書の話をしたいと思います。とはいっても、これは読んでくれている学生の皆さんや、社会人の方々を軽く見ているのではありません。高校の世界史の教科書は、大変中身が濃く、こんにちの国際問題の背景を深く知る上で不可欠の基礎知識を与えてくれます。

具体的に言うと、たとえば、中世ヨーロッパのあたりを読んでいると、なぜヨーロッパだけでEUのような結束の固い地域連合体ができたのか、なぜアジアやアフリカでは、通貨を統合するほどの結束力の強い連合体ができないのか、理由が良く分かります。

また、産業革命から植民地開拓のあたりを読んでいると、世界の経済格差がここまで開いてしまった理由が、具体的に分かります。また、イギリスの清教徒革命、アメリカの独立戦争のあたりを読んでいると、なんで現代のアメリカが、必死になって民主主義と市場経済制を世界中に伝播しようとするのか、理由が良く分かります。

つまり、世界史を学ぶと、現在の世界情勢のカラクリを立体的に理解できるのです。ちなみに、私は個人的に山川出版というというところの「世界史B」というものを、いつも手元に置いて、ときどき読み返しています。たしか千円しなかったと思います。紀伊国屋とか、大きな本屋なら置いてます。

もし、国際問題が良く分からない、難しいと感じることがあれば、いちど高校の世界史の教科書を手に取ってみてはいかがでしょうか。目からウロコの体験をすると思います。



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映画 『大統領の陰謀』

2007-01-24 | 書籍・映画の感想

日本時間の今日未明、ブッシュ大統領が一般教書演説をしました(関連記事原文)。一般教書演説というのは、日本で言えば、総理大臣の施政方針演説に相当し、内政と外交の現状を踏まえて、自身の政策の方向性を打ち出すものです。法的拘束力はありませんが、大統領に授権されている強大な権力を考慮すると、全ての行政機関はもちろんのこと、連邦議会のような立法機関にも、間接的に強い影響力を及ぼすものです。

アメリカでは、2008年11月に控える大統領選挙に向けて、ヒラリー・クリントン上院議員、バラク・オバマ上院議員などの野党民主党の候補による選挙準備の動きが加速しており、任期を満了する予定のブッシュ大統領が次期大統領選挙に参戦することはありませんが、今回の一般教書演説は、今後の選挙動向にも影響を与えるものと思われます。

 

この大統領の一般教書演説が行われていたほぼ同時刻に、フロリダ州マイアミで、一人の老人が静かに息を引き取りました。ハワード・ハント氏(享年88歳)です。ハント氏は、アメリカの国家的威信を地に落とした「ウォーターゲート事件」の発端となった不法侵入事件の中心人物だった人で、もとはCIAのエージェントだった人でした(関連記事)。

ウォーターゲート事件とは、当時現職の大統領だったリチャード・ニクソン氏が、1972年の大統領選挙で再選を狙うために大統領再選委員会を設立したしばらく後、その与党・共和党による再選委員会の関係者が、ワシントンDCのウォーターゲート・ビルに入っていた野党・民主党の全国委員会本部(事実上の選対本部)に盗聴器を仕掛けようとして不法侵入した事件を発端として展開した一大政治スキャンダルの総称です(参考記事)。

亡くなったハント氏は、ニクソン大統領の側近に雇用され、この発端となった侵入事件の実行犯を背後で指揮していたとされました。そして、当時最大の焦点となったのは、大統領自身がこの侵入事件を関知していていたかどうかという点でした。結局、この最大の焦点は、最後まで法的に確定的な形では明らかにはなりませんでしたが、この事件の影響でニクソン大統領は弾劾手続を受け、自主的に辞職するように追い込まれました。

 

ここまでが前置きというのも長たらしい話ですが、今日のテーマに挙げた映画『大統領の陰謀(All the President's Men)』は、このウォーターゲート事件を描いた作品です。映画の主役は、事件を最初に暴き、その後も綿密な調査報道を続けたワシントン・ポスト紙の二人の記者、ボブ・ウッドワード(ロバート・レッドフォード)、カール・バーンスタイン(ダスティン・ホフマン)ですが、この二人の演技力もあって、当時ホワイトハウスを中心にして展開された政治的な策動が、いかに複雑怪奇なものだったか、観る者にリアルに伝わってくる凝った作りになっています。1976年の制作ですから古い映画になるのでしょうが、登場人物のファッション以外は、まったく古さを感じさせない緊張感のある映画です。

ただ、ウォーターゲート事件そのものが、極めて複雑な政治スキャンダルなので、もしその予備知識がない場合は、多少ネット上などで事件の大筋を押さえた上で観てみると、より楽しめるのではないかという気がします(上記参考記事)。ちなみに、ここに出てくるボブ・ウッドワード氏は、いまも数多くの大統領に関する著作を出しており、最近ではウォーターゲート事件の内幕をウッドワード氏に密かにリークしていた政府高官"ディープ・スロート"に関する著作を発表して、日本でも少し有名になった人です。

 

当時と今では、状況はかなり違います。まず、当時のアメリカは、すでにベトナム戦争の地獄のような泥沼からようやく足を引き上げかけた時期にあたり、現在のアメリカは、これからイラクでそのような状況にはまっていくことが予想される点が違います。また、当時ニクソン大統領は一期目で再選を狙っており、その過程でウォーターゲート事件が起きたのですが、いまブッシュ大統領は既に二期目で、再選は憲法上ありません。

しかし、現在アメリカが、イラクと北朝鮮、さらにイランのような核兵器の絡んだ深刻な外交案件を複数抱え、巨額の財政赤字に喘ぎ、大統領支持率もどんどん落ち込んでいる状況は、ニクソン大統領が就任する直前のジョンソン政権末期と共通点が多いように感じます(ジョンソン大統領は民主党ですが)。ジョンソン政権末期、アメリカはベトナムの悪夢、巨額の財政赤字の重圧に喘いでいました。ニクソン大統領は、その巨大な負の遺産を引き継ぎ、アメリカ市民が政治にほとんど期待しないモラルの低下した政治環境の中で、内政・外交の政策推進に当たっていました。ウォーターゲート事件は、そのような時代背景の中で起きた事件でした。

現在のような時期に、いかにしてこの巨大な政治スキャンダルが起き、超大国の威信が一気に失墜したのか見直してみることは、これからどういうことが起き得るのかということを具体的に予測するためにも、まったくムダとは言えないような気がします。つまり、大きなリスクを負い続け、国民に多大な犠牲を強い続けて、政府と国民を精神的に追い詰めていくと、結果的にどのような問題が起きるのかということです。この『大統領の陰謀』は、ほんの二時間程度で、そのあたりの教訓を改めて学び直すことができる作品でもあります。本当は、ブッシュ大統領に一番見てもらいたい気がします。ハワード・ハント氏の訃報を聞いて、そんなことを思いました。

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映画 『シリアナ』

2006-09-08 | 書籍・映画の感想

架空の中東産油国「シリアナ」における石油利権の獲得をめぐって、アメリカ政府、石油コングロマリット、金融コンサルタント、アラブ王室、イスラム過激派などが暗闘を繰り広げる様子を描いた作品です。ノン・フィクションの世界を、フィクションに仕立てた味わい深い映画です。最後までネタバレなしで所感を書こうと思います。 

アメリカは古くから、中東油田の確保をめぐって、中東諸国政府、反政府勢力などにさまざまなアメとムチを振るったり、90年代後半からは、新たに見つかったカスピ海沿岸の油田のパイプラインの敷設経路をめぐって、ロシアやトルコ、周辺各国と、激しい綱引きをしてきた経緯があるわけですが、この映画の中では、こうした現実世界と微妙に重なる話が随所に出てきます。したがって、こうした意図されたリアリズムを考慮すると、この映画が提示しているテーマというのは、大まかに言って以下の二つのようなものではないかと個人的に感じました。

 

一つ目のテーマは、私たちの生活があまりに中東原油に依存し過ぎているということです。この映画の筋書きは結構複雑なところがあるのですが、すべての登場人物の動機と目的が、シリアナの石油権益を独占的に獲得しようとする一点に絞られている点はきわめて単純です。複雑な筋書きが、すべてこの一点に向けて進行していくのです。そして、その中で多くの人々が傷つき、命を落としていきます。

このような様子を見ると、思わずアメリカの政府や企業のエゴイズムに腹が立ってしまいそうになるのですが、よく考えると、アメリカがこうして中東を力ずくで仕切ってくれているお蔭様で、日本をはじめとする世界中の石油輸入国の多くが、潤沢な中東原油への安全で安定的なアクセスを享受できているという現実があります。このことは、日本の原油総輸入量における中東依存度が約90%であるのに対し、アメリカの中東依存度は20%程度でしかないことからも、明らかであるように思います(統計 B-6)。

ですから、石油利権の獲得をめぐる熾烈な競争の陰で、もし誰かが命を落としているとすれば、それはアメリカ政府や企業だけでなく、アメリカのお蔭様で豊かな消費生活をエンジョイしている私たちも、共犯なのではないかという気がしました。 ― 今後、世界の中東原油への依存度が緩和されるかどうかという見通しについては、あまり芳しい話はありません。いまのところ、石油に代わる安価で便利なエネルギー資源が大量に確保できる見通しはなく、また石油も中東以外の場所で多く安定的に採掘できる見通しがないため、今後も中東原油への依存度は、むしろ高まっていく可能性が強いようです(統計 222-1-8)。

 

そして、この映画の二つ目のテーマは、アメリカ政府や企業と、アラブ王室、イスラム過激派は、お互い全然違うようで、もしかしたら本当は似た者同士なのではないかということです。どこが似ているのかというと、自分の利得のためには、いくらでも人を殺しても構わないという、人命を奪うことに全く躊躇がない点が、似ているのではないかということです。私たちは、焼肉を食べるときに、その背後で牛がされていることをいちいち考えたりしません。この映画に出てくる人々も、それと同じように、自分が石油権益を追求する過程で、対立軸にいる人々がバタバタと殺されていくことに、全く躊躇していないところが印象的でした。

この映画はフィクションですが、現実にもブッシュ政権の態度や、いわゆるアルカイダ・ネットワークの態度というのは、この点において、ともによく似ています。たしかに、アルカイダ・ネットワークのテロリズムと、ブッシュ政権の対テロ戦争は、前者がプロアクティブな無差別殺人であり、後者がそれに対するリアクティブな対抗策であるという点で、互いに全く次元の違うものです。しかし、その戦術レベルにおける双方の手法には、人命の犠牲を最小に抑えて、自分の利得を最大化するというソロバン勘定さえ見えてこないほど、放縦なものを感じます・・・。この映画は、そうした点も描きたかったのでしょうか。そんなことを、ラストシーン近くのある登場人物の回心から感じました。

 

この映画を見終わっての感想というのは、一言で言うと、地道に生きて行きたいということです。何か大きな訳の分からないことに深入りすることなく、地味にマジメに生きて行きたいと思いました。気の小さい私です。