歌うようにコミュニケーション♪

歌いたい歌を練習するように、コミュニケーションも練習して声に出して身につくもの♪コミュニケーション上手のヒントを伝授。

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自分基準のキレイ

2007年10月09日 | Weblog
女性が好きな『憧れの女性』は?
なんて聞かれると、答える人によって意外に答えが違う。
自分とどこか同じニオイのする人をあげる人もあれば、
まったく真逆の生き方をする人だったり、
一生自分の手には入りそうにないものを得た人だったり・・・

しかし、
そこに潜んでいる共通ワードは『共感』ではないだろうか?

同じニオイはそのまんま共感だし、
真逆に生きてても「私もあんな風にできたら良かった」と感じる共感、
一生自分の手に入りそうに無くても、同じものを欲しいと感じる共感。

『憧れ』と言っても、相手の中に
自分の気持ちを投影してくれる行動が見えた時に感じる感情で、
自分がまったく共感しない行動なら憧れの対象にはならない。
今、雑誌やテレビで見る女性の場合、
・ 美しい、表情がイキイキ(若さ)
・ 仕事が充実(生き甲斐)
・ 自立できている(収入の安定)
の3つの要素が重要なのだと感じる。
この3条件がベースになることで『カリスマ主婦』や『セレブ婚』と呼ばれる象徴が輝きを増している。

もちろん、こんなマスコミに乗りやすいスタイルよりも堅実で確かな幸せを好む女性もたくさんいるから(たぶん大多数)、結局はマスコミの使い易いスタイルなのかもしれない。
しかし、意外と30代以上の女性にこのスタイルを好む人が多いのも事実。
そこに、その年代の「美しさの基準」を感じる。
『キレイで生き甲斐のある仕事があって、自立できる収入がある生き方』なのだ。そこが満たされた上で、結婚や子どもや家庭の幸せを加えていこうと考える人と、先に家庭を持ってから生き甲斐ある自立した人生を送ろうとする人がいそう。どちらを優先順位の先に持ってくるかは個人差だが、世代の価値観は同じだ。共感できる憧れの姿に向かって走り続けている。

私もそのひとりなのだと感じている。
『自分基準のキレイ』な人になろうと日々悩んだり、もがいたり、笑ったり・・・。
その中で言えるのは、
「そんなじたばたしてる時が、実は充実してるのかも?」と思うこと。
手に入れてしまったら、輝きは消えてしまう。
手に入れようと必死の時は、それは輝き続ける。
輝きを見ている時間は幸せな時間だ。
夢があるから。

夢は手に入れるためにあると言うけど、
手に入らない時間も宝物だ。
今、手の中にある宝物を見つけてみよう。
必ずあるから。



いづみ   HP:コーチングミュゼ


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揺れる洗濯モノ

2007年10月01日 | Weblog
先日のこと・・・。
台風が近いせいか風が強い。
外に干してある洗濯物が今にも飛びそうにバタバタしてる。
竿竹に巻き付かんばかりだが、洗濯ばさみがとまっているので動かない。

私はこういう時「飛んでいかないかなぁ~」と心配してしまうほう。
しかし、以前友達が何気ない会話で
「電話してたらさぁ~、ベランダの洗濯物が右行ったり左行ったりするのよ~。それ見てたらおもしろくってぇ。」と言っていた。
私は、『おもしろい・・・?』と驚いて友達の顔を見てしまった。
同じ状況でも「心配」する人と「おもしろい」と感じる人がいるのだ。

もしかしたらどんな状況でも同じかもしれない。
失敗しても、「運が悪かった」と思う人と「厄払いできた」と言える人。
失恋しても、「もう縁がない」と思う人と「いい経験になった」と思う人。
別に、無理してポジティブになろうと言っているのではない。
無理矢理ポジティブに振る舞うのは不自然だし、余計に疲れる。
ただ、物事を同じ方向からばかり見ていたら、
本当の形や良さが分からないまま終わってしまいそう。
ポジティブな見方をしようと思わずに、
「これを楽しめるノー天気者がいたら、たとえば何て言うかしら?」
と自分に聞いてみよう。
あなたの知っている具体的なノー天気者を頭に思い浮かべたら、
「この人だったら、こう言いそう・・・」と想像してみるのもいいかもしれない。ノー天気な意見だったとしても、それも捉え方のひとつ。

コーチングでは、「事実」と「思い込み」を分けるアプローチを
クライアントさんにすることがある。
「こんなヒドイことがあった!」と言う話しに、「それは事実ですか?それとも思い込みでしょうか?」と質問してみる。
起こったできごとは事実だが、それをどう捉えるかは本人次第で、その自分の捉え方から感情が生まれてくるのだ。
ともすると、『出来事が起こった → ヒドイと感じて涙が出た』となるが、
実際は、『出来事が起こった → 非難されたと捉えた → ヒドイと感じて涙が出た』の順番なのだ。
この『非難されたと捉えた』の部分を知らないと、自分のものの見方に気づくことも他人から学ぶことも難しい。
すべては捉え方で、世界は変わって見えるのだ。

強風に吹かれる洗濯物を見ながら、
なつかしい友達との会話や捉え方の違いに思いを馳せた。

だから人と話すのは刺激的なんだなー。


いづみ   HP:コーチングミュゼ


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足拭きマットの記憶

2007年09月21日 | Weblog
コレをすると必ず思い出してしまうこと・・・ってない?
私はあまり嬉しくない思い出だが、いくつかある。
きっと、まだ自分の中で完了していない想いなのだろう。
未完了だ。・・・つまり、自分の中で完了していない想い。消化しきれてない胃もたれ感のあるカンジだ。
私だけでなく、他の人にもあるのではないだろうか?

以前に勤めていた会社で、
社長が一泊ゴルフ旅行で私たち社員を別荘へ連れて行ってくれた。
メンバーは社長を含め、気心の知れた社内の数人。
その頃ゴルフ初心者だった私は四苦八苦しながらも、どうにかコースを回って楽しく別荘に帰って来た。
さて、お風呂に順番に入った時のことだ。
私の前に、チームリーダーの先輩(男性)が入った。
その後に使ったら、足拭きマットがキレイに乾いていた。
私は、先輩が後から入る人に気を遣ってぬれた足をそのまま置かなかったことが分かった。心配りが感じられて、とても嬉しかった。
私も普段同じことをしていたので、すぐにピンときたのだ。
お風呂から上がって、すぐにみんなが集まっているところで
「先輩はぬれた足でマットに乗らなかったんですね・・・」と話しかけたところで間髪入れずに社長のひと言が飛んで来た。「◯◯君はちゃんと足を拭いてから使ったんだよ!」私は突然だったので絶句した。
当時、社長とのコミュニケーションにぎくしゃくしていた私は
「ええ、そうなんです!私もいつもそうしているからすぐに分かりました。」と気軽に言えなかった。そして社長のひと言の裏に「◯◯君はちゃんと足を拭いてから使ったんだよ!(君はそんなことしてないだろう)」というニュアンスが感じられて、言い返せなかった上に自分が誤解されたと感じて小さなショックを覚えたのだった。
このことは、すでに10年くらい昔の話しだ。
しかし未だに、お風呂を出て足拭きマットに足を載せた瞬間に思い出すことがある。私の中で完了していない出来事なのだ。私の記憶の中に小さなシミに残って時折思い出す。

どうすれば完了できるのか?
今更そんな昔のことは誰も覚えていないし、私もその会社は辞めている。
なのに、今でも「私も足拭きマットはぬれた足で上がりません!!!」と叫びたいくらいだ。
こうした期限切れの小さな未完了を完了したい場合は、方法はひとつしかない。
誰でもいいから話しを聞いてくれる相手を見つけて、思う存分話すのだ。
私の昔の会社を知ってなくていい、どんな社長かを知らなくてもいい、
『ただ私の話しを聞いてくれる』そんな人を見つけて話すのだ。
その時どんなに歯がゆい気分だったか、何も言えない自分がイヤだったか・・・。
感情を込めてどんどん話してしまうのだ。
そうすると不思議なことに、足拭きマットの上に乗ってももう思い出さない。
不思議なものだが、スッとつき物が落ちたように楽になる。
これが『完了』だ。

信じられないなら、試してみて欲しい。
話しを聞いてくれる人を捜して、完了したいことを存分に話そう!
きっと思いがけずスッキリするはずだ。
そして、記憶のシミを消してしまおう!
気持ちの中もシミが無くなったら、本来のキレイが戻ってくるはず。
楽しんでやってしまおう♪
そして、心地よくキレイになろう!!!



いづみ   HP:コーチングミュゼ


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宝物の風景

2007年09月18日 | Weblog
忘れられない宝物のような風景がある。
きっと誰にでもあると思う。

夏の夕暮れに吹く風が涼しさを運んでくると、秋田の祖母の家を思い出す。
小学生の頃、夏休みはまるまる1ヶ月以上も秋田で過ごした。
祖母の家の裏側には田んぼが広がり、その向こうに緑色の山々があった。
夏の田んぼの稲は重そうに首を傾げ、風に波打つように揺らいでいた。
窓を開いたまま、山から田んぼを渡って吹いてくる風を感じながら、
私は畳の上で寝転んで本を読んだり昼寝したりした。
昼寝から目覚めると、必ず洗い立てのタオルケットがかかっていた。
「起きた?トウモロコシあるよ。」と母や叔母が笑いかける。
まだ腫れぼったい目をしながら、ムシャムシャと食べる。
トウモロコシは茹でたばかりでまだほんわかと温かかく、
はじけた粒から甘い夏のお日様の味がした。

じりじりと照りつける太陽が沈む頃、
窓から涼しい風が吹いてくると思い出す、私の宝物のような風景だ。
その頃は、当たり前の夏休みのひとコマだった。
でも今になれば、たくさんの幸せに包まれた一瞬と思える。
まわりの大人達やおだやかな自然から受け取った『心安らぐ』ひとときだった。

誰にでもあるだろう。宝物の風景が。
そこには自分ひとりではなく、
必ず誰か自分を大切に思ってくれる人の存在があるような気がする。
たとえひとりっきりで目にした風景でも、その時の心の在りようは
誰かの支えがあったからではなかったか?
宝物の風景は、「愛されていると感じる時の風景」と思う。

もし子どもが誕生して最初に出会った我が子との風景なら、神様に愛されたと感じるのだろう。

自分の宝物の風景を捜そう。
そして、その時どんな愛に包まれていたか思い出してみよう。
自分が受け取って幸せだった時間を、今誰かにしてあげたら、
今がその人にとって宝物の風景になるかもしれない。
あなたが幸せだったように、相手も幸せになる。
そして、あなたのことを一生忘れないかもしれない。

おとなになっても
優しく微笑まれること、小さな気遣いを受けること、そのままの自分を受け入れてもらうこと・・・は、宝物だ。
今からでも積み上げたい。宝物の風景を。
その気になれば出来るはず。
まずは自分がやってみよう。
そうすれば、だんだんと自分のまわりにも同じ人が集まるはず。

幸せになろうよ。みんなで。



いづみ

HP http://coachingmusees.com/  



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歌うようにコミュニケーション!

2007年09月17日 | Weblog
初めまして。
これまで「素敵な女性に目覚める術」のブログで、素敵なコミュニケーションについてあれこれ想うことを書いてきました。これからは、一歩進化して・・・と言うか、自分の体験も交えて『幸せなコミュニケーションはスグつかめる!』という想いを伝えます。幸せな人間関係への一歩を踏み出してみましょうね。青い鳥は、あなたのそばにいつもいるのですから。。。。


いづみ

ホームページ http://coachingmusees.com/  
   ~コーチングってこんなコト~ 


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