眺めのいい部屋

人、映画、本・・・記憶の小箱の中身を文字に直す作業をしています。

『さざなみ』

2016-08-21 12:59:56 | 映画・本

予告編を見たときに、なんとなく後味が悪そう・・・と感じ、正直暑い最中、観にいく気になれなかった。観ないつもりだったので、映画好きの知人の感想をさっさと読んだら・・・

「劣等感を描いた映画だったと思う」という言葉に出会い、一瞬呆然。

私は、年配の夫婦の、その年齢になってからの(過去をめぐっての)行き違い・・・という風に思っていたので、まさか「劣等感」が出てくるとは思っていなかったのだ。(「劣等感」というのは、その人の本質?に関わることで、「行き違い」だの「誤解」だのといったレベルのコトじゃないと感じた。上手く言えないけど)

私が思っているような映画じゃない気がしてきて、冷房対策に力を入れて(^^;とにかく観にいってみたら・・・


結婚45周年パーティを1週間後に 控えた熟年カップル。

ところがその夫の元へ、50年前に山で遭難死した恋人が、氷の中に閉じ込められた状態で発見された・・・という知らせが入る。夫は、傍目にも「舞い上がって」しまって、それを長年連れ添った妻の前に「垂れ流す」ように見せてしまう。

妻の方は、最初は「私と出会う前のことだから・・・」と理性的な態度を見せるけれど、夫が恋人の写真や映像を、ずっと屋根裏に隠していた?ことに不信感を持ち、恋人の発見されたスイスへ出向くのではないか・・・という疑いや、夫に告げられた「私たちは旅行中、夫婦ということにしていた」(妻の「結婚するつもりだったのか」という問いに対して)「そのつもりだった」という言葉などに心乱され、結局隠されていた「映像」をひとりで見ることによって、恋人が死の直前「身重」だったことを知ってしまう・・・


妻がそれほど「子どもがいない」ことを、気にしているようには見えていなかったので、私は最初わからなかった。けれど、物語が進むにつれて、この映画(映像)は子どもだらけだ・・・ということに気づき、軽いショックを受けた。

ベビーカーを押す若い母親たち。「子どもが生まれた」ことを話す、冒頭の教え子の男性(妻は学校の先生だったらしい)。「ママの言うコトは、あんまり気にしないでね」と話す、友人の「娘」とその母親。「もっと写真を撮っておけばよかったかも。普通は子どもや孫の写真をみんな取るから・・・」という、妻の何気ない言葉。

妻はとても理知的な性格(だと思う)なので、夫に恋人のことを、はっきり問い詰めることができない。感情にまかせてモノを言うことを避けたがる人なのだ。

夫は夫で、(ネットには「信じられないほど無神経」という感想もあったけれど)私の目には決して自己中心的な人ではなく、最初から最後まで恋人が身重だったことを妻に言わないことも含めて、妻を愛している、誠実で優しい男性に見えた。

妻が夫の言葉(特にパーティのスピーチで語ったこと)をそのまま受け取れないのは、確かに「子どもを生めなかった」ということが、本人が自覚している以上に深い傷になっていたからだと、私も思う。

単に子どもに恵まれなかったというだけなら、どちらのせいということでもないだろう。それなのに、夫の恋人には「子どもがいた」のだ。生まれなかったのは自分のせいだった・・・と、妻がショックを受けるのは当然かもしれない。

妻が、普段からあっさり「子どもが欲しかった」と口にするような人だったら、ここまで深刻なコトにはならなかった気もする。

私は、「劣等感」という言葉を使った知人の慧眼に感嘆した(本当)。


それとは別に、私は、この映画は「老い」を描いた映画だとも思った。

夫は妻よりはかなり年上?なのか、まだまだ元気そうで美しい妻よりも、「年齢」を感じさせる風貌・挙措になっている。妻はそれを優しい物腰でカヴァーするような言葉をかけるのだけれど・・・

私は、本人が自分の老いを自覚し、それをその人なりに受け入れる気持ちにならない限り、特に男性の場合、「気を遣われる」「優しくフォローされる」というのは、決して快いものではないと思う。(一番認めたくない「老い」に、面と向かうことを一々促されることだと思うから)

子ども相手の教師?だった妻は、そのことについて、多少「無神経」?に(私には)見えた。だからこそ夫は、「氷の中の恋人」の出現に、若かりし自分が蘇ったような気がしたのじゃないか・・・と、私は感じたのかもしれない。(「無神経」については、夫婦はお互いさま・・・という気がしたし、それが「結婚45年」というコトなのだとも思った) 

「年を取る」ということは、「取り返す時間がなくなる」こと・・・という気がする。「思い込む」ことに費やされた時間が長くなるほど、その思い込みを解きほぐすのは難しくなる。

私は夫の最後のスピーチは、正直な本音だと思って聞いた。けれど妻には、その妻を愛する気持ちは伝わらなかった・・・

スピーチの際、夫が泣き出したことも、妻を醒めさせたかもしれない・・・などとも思う。自分が好きになった、あの「純粋」で「ひたむき」で、それゆえに無防備だったり正直すぎたりしても、「尊敬できる」からこそ「この人を支えてあげたい」と思った夫は、もういないのだ・・・と。


実をいうと、私は「結婚何周年」というようなお祝いをする人たちの気持ちが全然ワカラナイ人種なので、この映画でも、夫も(もしかして妻も?)望んでいないような盛大なパーティを、なぜするのかなあ・・・などと思っていた。でもそれも、どこか深いところで、妻の「子どもがいない」という思いと繋がっていたのかな・・・と思うと、なんだか本当に何も言えなくなる。

私は、夫が「50年前の姿の恋人」をアタマの中で整理した、その時間の早さにむしろ感心した。けれど、妻との間で「子ども」のことを口にすることが出来ない限り、妻の誤解、やり場のない気持ちの持って行き所は、見つからないままかもしれない・・・とも思う。


でも・・・それでも人生は続く。

思い出の写真の数々を贈ってくれた、ちょっと煩わしい?友人の存在も含めて、この妻の人生も続いていくのだと思うし、残り短い時間ではあっても、夫との間の誤解が解ける機会があったらいいなあ・・・と思う。

たとえどんな経緯があろうと、45年も続いた人間関係は、大事に出来るものであってほしい・・・それは、私が今個人的に感じている、正直な気持ちでもある。




 

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4 コメント

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心に残る棘 (ガビー)
2016-08-27 19:13:48
ムーマさんが、「単に子どもに恵まれなかったというだけなら、どちらのせいということでもないだろう。それなのに、夫の恋人には「子どもがいた」のだ。生まれなかったのは自分のせいだった・・・と、妻がショックを受けるのは当然かもしれない。」と書かれていましたが、僕は妻は不妊治療を受けたことがあるのでは・・・と勝手に思っていたのですが、それを匂わせるセリフなどは特になかったので、二人とも自然のままにしていたのかもしれませんね。

どちらのせいとも分からなかったことが、夫の昔の恋人が妊娠していたことで、不妊の原因が自分にあると突きつけられたようでショックだったのかもしれません。

どこかで妻が、昔の恋人の妊娠を知ったことを夫に告げられればいいのですが・・・。そうでないと、心に刺さった棘のように、いつまでも不信・不満の念が残りそうです。


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素直に口に出来たらいいのにな・・・ (ムーマ)
2016-08-28 12:42:27
>ガビーさん

私の方は、妻が子どもが欲しいと思ってる人には最初見えなくて・・・
不妊治療とかは当然考えなかったんだろうと
勝手に思い込んでたんだと思います(^^;。

ほんというと、私はシャーロット・ランプリングの知的な美しさ?に
ちょっと幻惑されてたのかもしれない・・・と
後になってから思いました。というのも、多分そのせいで?
「妻」の気持ちが、いま一つわからなかったというか。

観た後、すぐに思ったのは、「幸せな結婚生活だった人なんだな~」ということだけ。
夫との間で、本当に深刻なトラブルを抱えたことのない人。
もしかしたら、自身結婚前にも後にも、真剣な「恋」をしたことが一度も?ない人・・・そんな風に感じました。

亡くなってしまった人の記憶というのは、生前を知る者にとっては
ある種の「宝物」だと思います。
それを許可なく覗こうとするのは、どんな理由があるにせよ
やっぱり良くない・・・と、私などは感じてしまう。
それは、自分も(全く別種のものであっても)
大事にしている「宝物」のような記憶があるからじゃないかと。

この映画の「妻」は、そういう意味では、年齢に比してちょっと可愛らしい(幼いところのある?)女性のような気がします。
で、それがランプリングのイメージや風貌と違っていたせいで
(私にとっては)わかりにくくなってたのかなあ・・・と(^^;。

余計なコト長々と書いてしまいました。
どうせなら、夫の昔の恋人の写真を見てしまったことを
あの可愛らしさのままに
素直に口に出せたらいいのに・・・って、私も思います。
夫婦の間に入ってしまったヒビというのも厄介なモノですが
「心の棘」は、もっと辛いかも。
その分、早く口に出せるようになるといいな・・・なんてヒドイコト?ちょっと思ったりします(^^;。
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報告とお礼に参上しました。 (ヤマ)
2017-01-27 09:37:45
ムーマさん、こんにちは。

 先の拙サイトの更新で、こちらの頁をいつもの直リンクに拝借しております。

 夫婦もの映画のように言われていますが、そして実施そうなのですが、ムーマさんが「私は、この映画は「老い」を描いた映画だとも思った」と書いておいでのように、本作は“老い”を描いた作品だと僕も思っています。
 拙日誌に採録した「若いときには気にならなかったから覚えていないだけのことなのだと思う。だが、既に若くはなく、子も孫も持ちえず写真も残っていない彼女には、若いときのようには臨めない。」との部分と呼応する形でラストショットが利いてくる作品だったように思います。
 どうもありがとうございました。
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いつもありがとうございます(^^) (ムーマ)
2017-01-27 15:59:12
ヤマさ~ん(^^)

この感想を書いてから、(いつも通り)ヤマさんの日誌を読みに行きました。
コメント談義がとても面白くて、以前掲示板でなされていたようなやりとりを
「へ~」「ほぉ~」と楽しんで読ませていただきました。

「若いときには気にならなかったから覚えていないだけのこと」
ほんとにそうなんでしょうね・・・
私はどんどん(多分望んで?)忘れていく方なので
彼女のような思いを味わうことなく来たのかもしれませんが
「老い」って色んなところで影響が出てくるものなんでしょうね。

でも、(あのラストのように)あそこまで「怒る」ことのできる彼女は
まだまだ若い気もします(^^;。
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