ヨガ人口1500万人の米で「是非論争」

2014年07月14日 23時27分47秒 | Weblog
2013/01/09-16:00 在米ジャーナリスト 高濱 賛


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■公立小学校での授業導入に違憲論争
■宗教要素排除で普及拡大
■教育ヒアリングで賛成、反対両派が対立
■憲法上宗教の定義なく裁判所は判断下せず?

  ◇公立小学校での授業導入に違憲論争

 ヨガ愛好者が1500万人に上るアメリカで今、「ヨガは宗教か否か」をめぐる論争が起こっている。カリフォルニア州サンディエゴ近郊のエンシニタス市の統一学区教育委員会が、1月からヨガを正式授業に取り入れることを決めたことが発端だ。一部キリスト教の父母から「ヨガはヒンズー教から生まれたれっきとした宗教。それを児童に教えるのは憲法違反だ」と猛反発が出た。反対派の中には弁護士もおり、教育委員長らを違憲で告訴するとの発言も飛び出し、行方が注目を集めている。
 アメリカの公立学校で、特定の宗教を教えることは米憲法修正第1条(「信教の自由」)で禁じられている。このため、公立校でクリスマスを祝うことすら禁じられている。公立校では「クリスマス休暇」とは呼ばずに、「ウインターブレーク」(冬休み)と言っているくらいだ。
 震源地となったエンシニタス市は、太平洋に面しており、人口約6万人。9つの小学校があり、生徒数は5520人だ。市民の78.8%は白人で、平均年収8万1907ドル(州平均年収5万8931ドル)の富裕層、中間所得層が住む。海に面した住宅地はリベラルな壮年層、海を見下ろす高地には保守的な中高年層が住む。「高台族」の中にはキリスト教保守派、エバンジェリカルズ(福音派)も住んでおり、今回の論争の根底には町を二分するイデオロギー論争があるとの指摘もある。

  ◇宗教要素排除で普及拡大

 アメリカにヨガが入ってきたのは18世紀の終わりごろだが、本格的に市民の間に浸透し始めたのは1960年代と言われる。ベトナム反戦運動が広がる中で物質文明に背を向けた若者たちの間に起こったヒッピー・ムーブメントの「神器」としてヨガが普及。69年のニューヨーク・ウッドストックでの野外ロックコンサートでは、ヨガの導師がステージに上がり、集団瞑想(めいそう)を促す一幕もあった。その後ハリウッドスターらがヨガを実践したこともヨガブームをいやが上にももり立てた。
東洋宗教にも詳しいディクソン・ヤギ神学博士によれば、ヨガがこれほど普及した理由の一つは、「ヒンズーの宗教的要素を一切取り除き、単なるメディテーション〈瞑想)に徹し、教える側もそのことを明確に打ち出した」ことにあるという。この点については同様にはやっている座禅についても言えるという。
 ヨガ人口1500万人の内訳を見ると、女性は72%、男性は28%。年齢別では、18歳から34歳が40.6%、35歳から54歳が41%。55歳以上が18%と、若・壮年層が圧倒的だ。学歴別では大卒以上が71.4%。年収7万5000ドル以上が44%、10万ドル以上が24%となっている。ヨガ関連ビジネスが生み出す収益は年間270億ドルにまで上っている。(出典:「Yoga Journal」)
 ヨガ教室は全米各地にあり、なかにはWMCA(キリスト教青年会)やチャータースクール(達成目標契約により公立校として認可された学校)などでは、授業の一環として導入されてきている。ただ今回のエンシニタス統一学区のように、公立学校が正規の授業として取り入れるのを決めたのは全米でも初めてだ。

  ◇教育委ヒアリングで賛成、反対両派が対立

 今回、告訴騒ぎまで起こしているヨガ導入反対の急先鋒(せんぽう)は、同統一学区内にある「ポール・エック・セントラル小学校」の一部父母。インターネットを通じて反対の署名運動を繰り広げる一方、導入直前に開かれた教育委員会主催のヒアリングでも強硬に反対した。反対派父母を代表するディーン・ボロイエス弁護士は「教育委員会や学校当局がヨガ導入を強行するのであれば、私たちは法的措置を取らざるを得ない。特に、この学校が導入するというアシュタンガ・ヨガはヒンズー教そのもの。まさに公共の教育の場で宗教教育を行うに等しい」と怪気炎を上げた。
 これに対してヨガ導入を決めた同学区のティム・ベアード教育委員長は、淡々とした口調でヨガ導入の根拠を説明する。子弟を公立校に通わせる父母の大半がヨガ導入に賛成していることから自信ありげだ。
 「ヨガは体を動かしつつ精神的な鍛錬をするという一石二鳥の保健体育。ヨガはもともとヒンズー教に端を発しているが、現在キリスト教国家を含め世界中で精神統一、健康促進の手段として普及している。正式導入までに試験的に実施し、児童に与える効果についてサンディエゴ大学に科学的に調査してもらっている。中間報告でもヨガをやっている生徒たちは精神的にも安定し、授業態度も改善されている」─。
 もっとも反対派を勢いづけさせている背景にはもう一つの側面がある。地元のヨガ教室を経営している「ジョイス財団」が今回の開講に53万3720ドルを提供しているからだ。「ヨガ普及のため」という名目とはいえ、自らの営利目的が全くないとは言えない。
 今回のケースに限らず、アメリカの教育機関は民間からの寄付や献金は喜んで受け取る。大学ではその講座開設資金を出した個人名や企業名が公表される。極端な例で言えば、学部や大学院そのものに寄付した人の名前が公表される。その意味では今回のヨガ講座も別に特別ということではない。

  ◇憲法上宗教の定義なく裁判所は判断下せず?

 憲法学者たちはこのヨガ論争をどう見ているか。ニューヨーク大学法科大学院のアダム・サマハ教授はこう指摘する。
 「裁判所は憲法上、宗教とは何かを明確に定義付けていない。ヨガを宗教だとして告訴することは可能かもしれないが、裁判所が判決を下すのはかなり困難だろう。ただ1979年、ニュージャージー州の公立学校が授業にトランセンデンタル・メディテーション(TM=超越瞑想法)を導入しようとした際、連邦裁はこれを禁じた判決が出ている。口をつぐんで真言を唱えることで心身の清浄する行為は宗教とみなしたからだ。しかしこれだけ普及しているヨガを宗教とみるには無理がある」─。
 結局、教育委員会は、「ヨガの授業を受けたくない生徒の欠席を認める」など例外を認めた上で、予定通り1月3日からヨガ導入に踏み切った。が、騒動はこれで収まりそうもない。今後反対派がどういった法的措置を取るのか、波乱含みのスタートだ。


高濱 賛(たかはま・たとう)
在米ジャーナリスト。
米カリフォルニア大学バークリー校卒業。1967年読売新聞に入社。ワシントン特派員、首相官邸キャップ、政治部デスク、主任研究員を経て、95年から母校ジャーナリズム大学院ティーチング・フェロー。米パシフィック・リサーチ・インスティチュート所長。『中曽根外政論』『捏造と盗作』『アメリカの教科書が教える日本の戦争』など著書多数。カリフォルニア州在住。

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