かれは、S地区の消防団員だった。3.11の大地震のあと、消防団員として避難誘導をしていた。
海岸と平行にはしる県道を走行中の車を、海岸から遠ざかるように誘導していた。おかげで、何人もの人がその命を救われたであろう。
しかし、せっぱつまって避難した消防団の車が、後日、横倒しになって発見され、彼は不明になった。
我が家の土地にも、がれきが多数流された。消防が、警察が、自衛隊が何度もそのがれきの中を捜索していた。
震災から三週間もたったころであろうか。捜索中の自衛隊が、多数集まり遺体を収容した。畑に置いていた農機具の陰から発見されたのである。
W君、31歳、独身。発見された車から数㎞も津波に流されてきたのであろう。駆けつけた両親と、私も涙しながら線香をあげた。
人を助けようとし、自らの命を落とす。何という悲劇であろうか。ご冥福を心からお祈りします。
このような、ことが毎日、毎日続いた日々。幸運にも、生き残った者は、流れ去った命の分まで力強く生きていかねばならないのだろう。