日本列島旅鴉

風が吹くまま西東、しがない旅鴉の日常を綴ります。

早春の出雲を行く - 丸萬

2017-03-20 18:13:58 | 居酒屋
山陰から戻ってきて近畿圏に一泊するという条件を考えたとき、まず浮かんできたのは神戸で一献傾けるというものでした。中でもいの一番に行きたいと思っていたのが「丸萬」です。最初に神戸駅で降りたのもそのための布石でした。不要な荷物を駅に預けて甲子園を巡礼し、阪神電車で引き返せば新開地まで直通できます。一杯やってから神戸駅へ歩いて戻り、預けた荷物を引き取ろうという算段です。

教祖も太鼓判を押す当店ですが、自身その存在を知ったのは「居酒屋味酒覧」に掲載される以前であり、「酒場の本」なる地場の出版社による情報誌で見たのが最初でした。京阪神の名酒場を集大成した一冊の中でも、冒頭の方に数頁を割いて紹介されていた一推しの店です。果たしてその評判に偽りはなく、初めて訪ねた八年前以来、神戸で呑むときには必ず足を運んできました。しかし、近年は神戸で呑む機会を逃し続けて、これが実に四年半ぶりの再訪となります。
これほど間が開くと当時の記憶もあやふやになってきます。特に、店内の配置については記憶が定かではありませんでした。しかし、いざ暖簾をくぐると埋もれていた記憶が呼び起こされてくるものです。白木の長いカウンターは、まずまっすぐ、次いで斜めに延び、今度は最初の辺と直交する方向へ少し延びて、最後は直角に折れ曲がって終わります。大雑把に言えばコの字の一種ではありますが、玄関側が長くて奥の方が短いJの字のような形をしていて、なおかつ最初の角が斜めになっているということです。その斜めの部分が板前の定位置になっており、なおかつ視界が左右に広がって、さらには黒板と短冊も見やすい特等席となります。一方、反対側にある短い辺には生け簀があるため、眺めとしては今一つです。幸い板前の正面が空いていたため、迷うことなくそちらに腰を下ろしました。

この店が「居酒屋味酒覧」に掲載されたのは、五年前に刊行された第三版からでした。この改訂における顕著な傾向として、近畿に相当な紙数を割いたことが挙げられます。ただし、新たに掲載された店の多くは若い店主が自ら仕切る居酒屋割烹とでもいうべきもので、昔ながらの大衆酒場ということになると、京都の「赤垣屋」に大阪の「明治屋」など、初版から一貫して推されてきた聖地にほぼ限られていました。そのような中、いわば場末の新開地にあるこの店は、極めて異色だったともいえます。ただし、近年の教祖の指向に照らせば異色ということであり、居酒屋好きにとっては上々の店ともいえます。
酒は白鶴一本、肴についても高価なものはなく、黒板と経木に書ける直截な品々ばかりです。しかし、山うど、菜の花、蕾菜、ホタルイカにイカナゴなど、春らしさと関西らしさが感じられる品書きはまことに秀逸。眩しい白木のカウンター、清潔かつ機能的な厨房、突き当たりに鎮座する年代物の冷蔵庫、板前とおばちゃんの一糸乱れぬ連係、さらには慣れた手つきで酒を酌む一人客の所作、一見客が一切来ない常連御用達の雰囲気に至るまで、大衆酒場の真髄がこの店には体現されています。関東で同等の酒場を求めるならば、横須賀にでも行くしかないでしょう。この手の酒場がそこらに散らばっている関西の文化は偉大です。

丸萬
神戸市兵庫区福原町27-5
078-575-4184
1130AM-2030PM(LO)
火曜定休

特級酒二合
鯛刺
山うど酢味噌
だし巻
イカナゴ新子

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