萬蔵庵―“知的アスリート”を目指すも挫折多き日々―

野球、自転車の旅、山、酒、健康法などを徒然に記載

インドを走る!part2第20話「カトマンドゥ」

2008年02月14日 | 自転車の旅「インドを走る!」

<カトマンドゥ最終日。M君(右)と>

 カトマンドゥの街にようやく着いた。さあ、日本料理だ。気分は高まる。道を聞き聞き日本料理店「ラーラ」を探し当てる。コテコテの日本料理店という構えではないが、とにかく中に入る。

さすがに、日本人が多い。ポカラで会った人も何組かおり、挨拶を交わす。E君とここで落ち合う約束をしていたが、いなかった。とるものとりあえず、とにかく注文だ。

M君、すきやき定食。私、てんぷら定食。

少し待ったが、やがて運ばれてきた。二人とも一声も発せず。ただひたすら、ガツガツ喰う。何をどう食べたかもわからず。とにかく、勢いよく、味わうヒマもなく食う。うまいのかどうかわもわからず、一気にたいらげた。涙が出てきた。本当に旨いと人間こうなるのかも知れん、と思った。

我々が一ヶ月半あまり、日本食を食べていないことを知っているポカラで知り合った日本人たちは、

「さすがに旨そうに食うなぁ。」

と皆口をそろえて感嘆していた。

E君、ついに来ず。何かあったのか?とにかく、近くの宿を人に聞き、そこへ、二人で40ルピーで泊まる。満腹の中、ぐっすり寝る。

翌朝起きて、近くのEast-Westレストランに入ると、いきなりポール・サイモンの「時の流れに」が流れる。さすがは“都会”。田舎では考えられないことだ。店内のBGMは、しばらく、彼のアルバムから曲をとっており、いい朝食がとれた。

それから、E君の宿を訪ねる。E君昨日、「ラーラ」に7時ちょっと前までいたらしい。おしいかな、行き違いであった。E君が言うには、バスから道を見た時、我々がカトマンドゥに来るには四日はかかると踏んでいて、「今日はまだ来ない」と思ったらしい。我々はE君の予想より一日早い三日で走破したのだった。

私のカメラ「ニコンFE」は、ニューデリー滞在中にシャッターが下りなくなる、という故障にみまわれ、この一ヵ月半ただの重い鉄屑状態で、貴重なフロントバックの容積の多くを占有してきた。今まではE、M両君のカメラがあったのでそれなりに記録できたが、これから先は一人旅になる。カメラを修理しておかないと映像としての記録ができなくなってしまう。

カトマンドゥに来る前にも大きめな街に着く度に、修理できる所はないか、探したが「ネヒーン」と手を振りながら、断られた。(インド人は「ダメ」は手をヒラヒラして「ネヒーン」といい、「OK」は、首を傾げながら、「アッチャ」という。視覚的には逆ではないか、と思ってしまうのだが・・・。)

カトマンドゥにはきっとあるだろうと期待していたが、はたしてそれらしき店があった。カメラを見せると「修理してみる、明日の午後取りにきてくれ。」という。直してくれよと願いつつ店を出る。

さて、夕食だ。今日は日本料理店「串藤」へ行く。明日、E君は日本に向けて発つ。三人最後の晩だ。「串藤」は「ラーラ」よりも構えが日本的で値段も高い。とりあえずカツ丼をたのむが中々出て来ない。やっと出てきたが、昨晩のような感動はなかった。結局カツ丼のみ食って、「ラーラ」に移る。

「ラーラ」では寄せ鍋をつっつきながらビールを呑み、冷奴を喰う。E君がほとんど払ってくれ、我々は20ルピーづつ出したのみ。うまかった。夜、宿に戻って、E君にとってはネパール最後の晩を語りあう。E君いわく、世界共通のサイクリングロードを作り、そこには絶対国境もなく、戦争や紛争があっても閉鎖されない、というものが実現できればいいと言っていた。理想論かもしれないが、そう思えることは素晴らしい、と感心した。


翌朝、E君、いよいよ帰国の旅である。タクシーが来て、外へ見送りに出る。いろいろ世話になった友人の一人が去る。なんとも淋しい限りである。もう日本でしか会えない人である。「みんなによろしくな」「元気でナ」「無事走ってちゃんと帰って来いよ」お互い交わす言葉に別れの淋しさに対するテレが出る。ニヤニヤ笑いながら手を振る。

さらば、E! また、会おう!



午後、恐る恐るカメラ屋へ行く。なんと、直っていた。

カシャっとシャッターが下りる。

1ヶ月半ぶりの感触なり。嬉しい限りである。これから、バンバン撮るぞー。鉄屑万歳!


明けて翌日はカトマンドゥ最後の日。いよいよ、明日から一人旅が始まる。お土産買ったり、その土産や不要な荷物を郵便局から日本へ送ったり、市内の写真を撮ったり、自転車の整備をしたりで時間は過ぎる。

夜はM君と二人で「ラーラ」へ行く。また、しばらくは日本料理とおさらばだ。ビールとすき焼き鍋を一人で食う。胃の調子の悪いM君が雑炊を喰うそばで気が引けたが、明日のダマン峠越えは半端な道のりではないので、十分な栄養を摂らせてもらった。余ったすき焼きに飯をぶち込んでオジヤにして食ったのが、なんとも旨かった。

宿に戻り、一渡り自転車に荷物をつけ、床に入る。明日からの不安が多少あって、少しの間眠れなかったが、とにかく発つしかない。開き直って眠りに着く。

                      つづく

※「インドを走る!」について
コメント (1)
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