新聞小説は、たまに面白いのがある。
津本陽の「下天は夢か」は、その代表小説。
おもしろかった。
毎朝、出勤する前に読んだ。ゆっくり読んだ。
毎晩、帰宅後に二度目を読んだ。吞みながら読んだ。
作者の津本陽は作家になる前、「神島化学」に勤めていた。
それで、笠岡や神島のことを本や新聞によく書いていた。
そういう親近感もあった。
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「桶狭間の戦い」の場所は、伝えられている場所が二ヶ所ある。
そのどちらもが
市街地化していて、戦国時代の面影はまったくない、という事も知っている。
知っていても、一度は訪ねてみたいと豊明市の「桶狭間」に行った。
行ってみると、雨中に今川義元が討たれたのはここか。
という満足を強く感じた。
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旅の場所・愛知県豊明市栄町 桶狭間古戦場伝説地
旅の日・2014年10月11日
書名・「下天は夢か」Ⅰ巻
著者・津本陽
発行・日本経済新聞社 1989年発行
桶狭間
全身泥人形のようになった毛利新助は、ふるえる手で義元の首を掻きとり、
首袋に納めると味方のほうへ駆けもどった。
「お殿さま、今川殿が首級を、毛利新助頂戴いたしてござりまするぞ」
彼は声をふりしぼって信長に知らせた。
信長は新助の差しだす首級を見て、狭間にひびきわたる大音声で、敵味方に知らせた。
「今川治部大輔がみ首級は、ただいま頂戴いたしたるぞ」
義元の首級を取られたと知った今川勢は、戦意を失い八方へ逃れ去る。
「追え、追い討ちをかけよ。一人も逃がすな」
信長が声をはげまして下知をかさね、織田勢は切先が折れ、歯こぼれした刀槍をふるい、逃げまど
う今川勢に追いすがり、打ち倒す。
狭い窪地で、地獄絵のような殺戮がつづけられた。
信長は、いま敵を再起できないまでに叩きつけておかねば、逆襲されると攻撃の手をゆるめなかった。
気がついてみると、狭間のうちに動いている人影は、味方ばかりとなっていた。
「義元が首級を持て」
信長はふるえる膝を地につき、首実検の作法通り、首台にのせた首級をあらためる。
義元の首からは、沈香が馥郁と薫っていた。