木山事務所の「やってきたゴドー」(演劇)を見に行きました。
六本木の俳優座劇場です。
六本木は、なんだか次々に新しい建物ができ、美術館やら文化施設も増えて、さらににぎやかになりましたね。
春休みなのか、学生風の人もたくさん歩いていました。
「やってきたゴドー」は、不条理のどたばた喜劇とか、何かの記事に書いてありました。
その通りで、登場人物の会話が全くかみ合わず、お互い、相手の言うことを自分の勝手な解釈で受け取って、全然結論が見えないまま、急に話の方向が変わっていく中で、筋が展開されます。
「ゴドー」という男を待っている二人の男がいるのですが、目の前にゴドーが現れていながら、その男がゴドーだということを認めようとしません。
そこへバスを待つおばあさんや子どもの父親を捜す女性や、使用人を連れた紳士らが現れ、各自が自分の都合で会話を進め、話が混乱していきます。
最後にゴドーにはずっと前から会っていたのだと、二人の男が理解するのですが、二人はゴドーに会えば何かいいことがあるかのように期待していたのに、何も起こりません。
だからといってショックを受けることはなく、日常は同じように動いていきます。
しかし、会話がかみ合わなくて言いたいことが伝わらないという経験はよくあります。
端から見ると何で同じことを繰り返しても理解し合えないのか、思わずおかしくなってしまうような会話を、私も毎日やっているのかも・・・
役者さんの力量なのか、下手をするとつまらなくなってしまいそうなむずかしい題材を、おもしろく見せているなと思いました。
六本木の俳優座劇場です。
六本木は、なんだか次々に新しい建物ができ、美術館やら文化施設も増えて、さらににぎやかになりましたね。
春休みなのか、学生風の人もたくさん歩いていました。
「やってきたゴドー」は、不条理のどたばた喜劇とか、何かの記事に書いてありました。
その通りで、登場人物の会話が全くかみ合わず、お互い、相手の言うことを自分の勝手な解釈で受け取って、全然結論が見えないまま、急に話の方向が変わっていく中で、筋が展開されます。
「ゴドー」という男を待っている二人の男がいるのですが、目の前にゴドーが現れていながら、その男がゴドーだということを認めようとしません。
そこへバスを待つおばあさんや子どもの父親を捜す女性や、使用人を連れた紳士らが現れ、各自が自分の都合で会話を進め、話が混乱していきます。
最後にゴドーにはずっと前から会っていたのだと、二人の男が理解するのですが、二人はゴドーに会えば何かいいことがあるかのように期待していたのに、何も起こりません。
だからといってショックを受けることはなく、日常は同じように動いていきます。
しかし、会話がかみ合わなくて言いたいことが伝わらないという経験はよくあります。
端から見ると何で同じことを繰り返しても理解し合えないのか、思わずおかしくなってしまうような会話を、私も毎日やっているのかも・・・
役者さんの力量なのか、下手をするとつまらなくなってしまいそうなむずかしい題材を、おもしろく見せているなと思いました。