『ルリユールおじさん』
いせひでこ作、講談社(講談社の創作絵本)、2011年(元本は2006年、理論社より刊行)
フランスのパリ。アカシアの木が大好きな少女・ソフィーが大切にしていた植物図鑑が壊れてばらばらになってしまった。新しいものを買うより、どうしてもその図鑑を直したいというソフィーは、「ルリユール」という製本職人の工房を訪ねる。「ルリユールおじさん」はソフィーの目の前で、木のこぶみたいな手を巧みに使いながら、図鑑をていねいに綴じ直していった。
その日の夜、やはり製本職人だった父親のことを回想する「ルリユールおじさん」。やはり木のこぶみたいな、しかしデリケートな「魔法の手」で、本に新しい命を吹き込んでいた父を思い浮かべながら、「わたしも魔法の手をもてただろうか」と自問するのであった。
翌日、直してもらった図鑑を受け取るためやって来たソフィー。そこには、見違えるような形で生まれ変わった図鑑があった•••。
ヨーロッパで400年近く前に誕生し、受け継がれてきた製本職人の仕事に材をとった、いせひでこ(伊勢英子)さんの秀作絵本です。本作は講談社出版文化賞絵本賞を受賞しています。
「ルリユール」ということばには「もう一度つなげる」という意味もある、とおじさんはソフィーに教えます。そしておじさんの父親は、ルリユールという仕事の役目を、このようなことばで息子に伝えていました。
「本には大事な知識や物語や人生や歴史がいっぱいつまっている。
それらをわすれないように、未来にむかって伝えていくのがルリユールの仕事だ。」
本に新たな命を吹き込むことで、その中につまっていることを「もう一度つなげて」受け継いでいくルリユールの仕事。その手仕事もまた、人から人へと受け継がれることで続いてきました。その中で培われた職人の技術と誇りが、ソフィーの図鑑を素敵な形で甦らせたラストには、静かな感動が湧き上がってきました。
かけがえのないものを受け継いでいく、ということの大切さ。
本書にはそのことが静かに、かつ太く流れていて、それが読むものの心に深い余韻を与えてくれます。
細部までしっかりと描き込まれていながらも、淡く優しい色づかいで彩られた絵の一点一点にも魅了されました。特にパリの街中を描写した絵は素晴らしく、パリに生きる人びとの息づかいまでが感じられてくるようでした。
あとがき的な一文で「ヨーロッパで印刷技術が発明され、本の出版が容易になってから発展した実用的な職業」と説明されているルリユール。現在ではIT化、機械化により、「製本の60工程すべてを手仕事できる製本職人はひとけたになった」といいます。
いまや本も、大量に生産され、大量に販売され、読み捨てにされるような存在になりました。そして電子書籍の台頭により、そのあり方自体が変化に直面してきています。
紙の本がどのようになっていくのか、わたくしにはまだ予測もつきません。ですが、ひとつだけ言えることは、人間にとって大切なことを未来へと受け継いでいく、ということが、これからも本づくりの根っこにあって欲しい、ということです(これは本に限らず、他のものにも言えることかもしれないのですが)。
果たしてつくり手は、大切なことを未来へと受け継ぐ気持ちで本をつくっているのか。そして、わたくし自身も含む売り手は、それらをきちんと読者に手渡すことができているのか。
本作を読んで、そういうことも考えさせられました。
大切なものを「もう一度つなげて受け継いでいく」ことの価値に気づかせてくれる、素晴らしい絵本でありました。
何といっても、本に対する思い入れがじんじんと響いてきて気持ちを打つものがありましたね。ほんと、これは大人にこそ読まれて欲しい絵本ですよね。