気心は未だ若い「老生」の「余話」

このブログは、閑居の間に
「言・観・考・読・聴」した事柄に関する
 雑感を主に綴った呆け防止のための雑記帳です。

大相撲名古屋場所・稀勢の里考

2014-07-28 23:07:06 | 人生

大方の予想通り、名古屋場所で白鳳が30回目の優勝を成し遂げた。平成の大横綱にしてみれば、一つの通過点だろうから、1年以内に大鵬の32回・千代の富士の31回の優勝回数を更新することは容易に可能なことだろう。

この場所は見どころもいろいろあった。関脇豪栄道が大健闘して大関昇進を確実にしたこと。角番大関・琴奨菊が千秋楽迄優勝戦線に残って健闘したこと。負け越しはしたが西前頭3枚目の大砂嵐が2日続けて横綱鶴龍と日馬富士を破る史上初の連続金星を挙げたこと。23歳若手のホープ、前頭5枚目遠藤が善戦して勝ち越したことなど話題豊富で活気のある場所だった。

だが、注目が多かった上位陣の中で、誰もが又しても期待はずれだったな・・と思ったのは、相変わらず強さと弱さの両癖病のある大関「稀勢の里」の戦績である。出だしは良かったものの中盤以降崩れて、今場所は結局9勝6敗の成績に終わった。

ところでこの大関は、白鵬とは年令・初入幕も1年違い、三役昇進は19歳11ヶ月で貴乃花・北の湖・白鵬につぎ歴代4位の実績もあり、大関昇進のころから、日本人横綱の最短候補と目されていたし、白鵬キラーとしても認められて来た。事実、白鵬の63連勝(2010.11月)23連勝(2011.1月)、43連勝(2013.7月)を夫々の月に大きな壁となって阻止して来たのは、この稀勢の里だけだ。

本人には悪いが、あのふてぶてしい面構えで、今場所も小手投げで堂々白鵬を破り、流石稀勢の里と誰もが思った。だがその後、残り2日は2横綱になす術なく惨敗した。白鵬を破ったあの勢いはどこに行ったのかと云いたくなる2連敗した負け方を観て思ったことがある。

それは、この大関は、「心技体」のうち、最も欠けているのは「心の強さ・逞しさ・柔軟さ・厚釜しさ」ではないだろうかということだ。さらに云えば、この1~2年、稀勢の里は次の場所で12勝以上すれば、横綱昇進間違いなしと半ば約束され乍、そんなチャンスの場所になると不甲斐な戦績で昇進のチャンスを自ら潰しているのも、心の脆さが大きな原因になっているのではないかと思わざるを得ない。

稀勢の里なる四股名の「稀勢」とは、今迄にない勢いのある力士と云う意味もあるのだろうが、現状では、その「稀勢の里」が、稀に大器の片鱗を見せて、豪快な勝ち方をする時もあるが、脆さも大ありの万年大関に成り下がってしまっている。こんな現状に一番悔しい思いをしているのは、勿論当の関取本人だろうし、その親方だろう。しかし、ここで忘れられてはならないのは、長年期待を裏切られ続けている多くの稀勢の里フアンである。

かく云う当方も隠れ稀勢の里フアンの一人だ。だから、もし、来場所以降も稀勢の里らしい成績が残せなければ、多くのフアンは稀勢の里の将来に見切りをつけることにだろう。もしそうならば最悪の場合、同大関は、相撲人生上最大の窮地に見舞われることになるような気もする。

そうならない為にも稀勢の里には、来場所に向け今から「心のギア」を入れ直しリニュウアル稀勢の里として次回こそ本来の底力を見せつけられる大大関に変身することを心底切望したい。こう願うのはこの老生だけではないだろう。


諸々の思い込み考

2014-07-16 06:31:58 | 時評

17日付けの朝日新聞「天声人語」にクイズのような次の小話が出ていた。「父親と息子が車に乗っていて事故を起こし、大怪我をして別々の病院に運ばれた。すると、息子が運ばれた病院で、出てきた医師が「これは、私の息子です」と云ったという。この一節を読んで、これは一体どういうことか、と変に思った方は、医者=男性という思い込みがあるから、簡単な話も難問に思えてしまう。

この小話は、エッセイスト織田 正吉著「笑いのこころユーモアのセンス」に出てくる一文である。」との書き出しに続けて、「天声人語」は、この話は、医師に限らず、女性の社会進出が進む北欧あたりの国ではクイズとしては成立しないだろう。しかし、男女平等度が136ヶ国中105位(世界経済フォーラムH25年度調査結果)の日本だから成立つ小話なのだろうとコメントし、女性の社会進出の推進を訴えている。こうした現状に鑑み、最近は政府はじめ民間企業も、女性を上級管理職に登用する人事管理を推進中であるけれども、日本社会全体の中での男女平等度には、まだまだ格差があり過ぎる。

観点は違うが最近、思い込みに関し、やっぱりそうだったのかと知ったこともある。それは、先日マスコミが盛んに取り上げていた、兵庫県野々村県議・号泣記者会見のあの場面に関してのことだ。件の号泣会見場面は、約1時間30分余の記者会見t中、僅か2分程の間の出来事だったのに、何度もあの場面のみがクローズアップされて知らされたが故に、当方もあの場面はかなり長く続いたのだろうと誤解してしまっていた。これも変な思い込みが人の認識をそうさせた例ではないかと思う。

世の中には思い込みや誤解・勘違いが不幸な悲劇に繋がることもある。17日ウクライナ東部上空で乗員乗客298人乗りのマレーシア航空機が撃墜される悲劇が起きた。その直接原因が、一部報道されているように領空通過機=敵性軍用機と誤認した親露派による対空ミサイルの誤射によるものだったとすれば、この悲惨な重大事件は、意図的に行われた1983年9月の大韓航空機撃墜事件とは違った意味で「思い込み=誤認による史上最悪で最も悲惨な撃墜事件」だったと云わざるを得ないであろう。合掌

 


自分の死の迎え方

2014-07-14 20:30:33 | 終活

最近「家族葬」とか「自然葬」に「ゼロ葬」だの「直葬」などの言葉を耳にする度に、自分の場合はどうすべきか死の迎え方について暫し考えるようになって来ている。そんな気持ちもあって駅前の本屋に立ち寄り、書店備え付けのパソコンで検索したところ、表題関連の著書がかなりあることが判った。早速、次の著書を順次手にして目次を拾い読みした。

1.うらやましい死に方(五木寛之)2.終活なんておやめなさい(ひろ さちや).「0葬」-あっさり死ぬ(島田裕己)4.こうして死ねたら悔いはない(石飛幸己)5.死ぬことが怖くなくなるひとつの方法(坂本政道・矢作直樹)6.野垂死の覚悟(曽野綾子・近藤 誠)7.心安らぐお別れの心得(枡野俊明)などで他にも類似本は未だあった。

上記本中「終活なんておやめなさい」を座り読み(テーブルを囲んで6人椅子に腰掛けて読める有難いコーナで)し、約1時間で概読した。この著者、宗教評論家の本名増原 良彦(ペンネームひろ さちや)氏は、同書の中で要旨「己が存在しなくなった死後のことに関し、思い煩い悩む必要は全くない。お釈迦様は現世で仏を敬い、命を大切に生きることを説いてはいるが、死後はこうあるべきだなどとは説いていない。

だから、己の葬儀のことについてあれこれ言い残す必要もない。立派な死に方など考えても意味がなく、死の迎え方は出たとこ勝負でいい。後のことは、遺族に全て任せればよい。頼るべき遺族がいなければ 行政に委ねればよい。遺族の心の問題もあるので一概には言えないが、基本的には葬儀も位牌も戒名などもなくてもいいのではないか。要は死んでからのことよりも、生ある今を如何に生きるかの方が大切である」と説いている。

当方この考えに全く同感だ。己の葬儀に関し、多少の骨は故郷の海に散骨して欲しいとの願望はある。しかし、家族はクリスチャンなので葬儀は、多分教会の牧師にお願いすることになるのだろうし、墓地は市民墓地になるのかどうか、そんなことも全て家族任せの積もりでいる。だから以前から思っているとおり、当方は、己の葬儀の流儀・形式・内容には何の拘りもない。勿論戒名や位牌等当方には不似合いなのでそれも全く不要だ。

ところで最近、高齢者療養施設で聞いた話では、入居者の中には、死後は病院施設等から直接葬祭場で火葬して貰い、葬儀も不要だと願う高齢者もいるそうである。病院側や葬祭場関係の都合がつき、所定の手続きを経ればそれも可能で、現に行われている例もあるとのことである。

いずれにしても、当方は家族に残す財産らしいものも特にないから、「死後のことについては基本的には我関せずだ。どうぞ妻子よ、ご随意に葬り願いたい・・」ということにしている。願うことなら、葬儀も簡素にし、全て終ってから知友人にそれとなくお知らせをして貰えば有難い。後は自宅に元気な頃の写真が1枚残っていればそれで十分だ。


特殊詐欺事件に関する疑問

2014-07-10 23:32:35 | 日常

世の中には不正な手段で相手を騙して違法に利益を得る犯罪は古今東西、昔から存在する。近年増え続けている「オレオレ」詐欺や「振り込め」詐欺は、手口や役割りの面でも益々巧妙化しているようである。こうした「特殊詐欺」つまり、 「電話その他の通信手段を用いることにより、対面することなく、面識の ない不特定の者を騙し、架空又は他人名義の口座に現金を振り込ませたり、現金を準備させて受け取りに来たりする手口の詐欺」が何故横行し、被害を抑止出来ないのだろうか。

今日(7月11日) の産経新聞千葉版に、「コウスケ」からの電話と題する記事があり、そこには次のように書かれている。「・・全国でこうした特殊詐欺の被害額の高止まりが続いている。県内の5月の認知件数は97件で被害総額は5億円近い、このうち息子や孫をかたる「オレオレ詐欺は」は45件で、被害は1億5千万円を超える。・・・」とある。1日平均、3件で被害額は約1700万円になる計算だ

なお、9日付けの同上地方版は、市内におけるごく最近の特殊詐欺事件について次のように伝えている。

上記の記事にあるとおり、何故この種詐欺事件が減らないのかの前に、何故高齢者が詐欺グループの手口に嵌められ結果的に詐欺に遭うのか。当方は、これ迄一度もそんな詐欺電話に遭遇していないからかも知れないが、大変疑問に思う。そう考えると諸々疑問が尽きない。

悪いのは勿論、詐欺を計画し、仕掛け、その手足になって動く詐欺グループ側であることは当然だ。だが、騙される側に何の落ち度もなかったのか、不正に要求された金を理由の如何を問わず詐欺グループ側に渡す行為は、結果的に犯罪に協力していることを被害者は猛省すべきであろう。誘拐事件の場合の身代金の要求と特殊詐欺の場合のお金の要求のされ方は、その手口・理由・金銭要求の仕方・事件としての緊急性の面で明らかに異なる。

しかし、要求される側に共通して求められる最も大事なことは、「端緒情報の確認」である。端緒情報の確認とは、最初に電話を受けた際、その話の内容が、果たして本当か否か疑問視して対応し、その時点で考えられる諸種の事柄をチェックして確かめる」ことである。最初の電話の受け方で、ことの成り行きや明暗が分かれるからである。

電話を受けたその瞬間から、「大変だ、困ったことになった、だから親や爺婆として助けてやらねば孫や息子がかわいそうだ・・」と云うような受け取り方は、理由の如何を問わず、愚かと評せざるをえないし、相手側のペースで話しが進められてしまうだけだ。

上記のような詐欺事件の報道に接する度に当方は、順不同だが常々次のような疑問を有しており、今回の報道記事を読んで改めて又次の諸点を強調しておきたい。

1.被害に遭った人達は、よく知らされているこの種事件の教訓等を日頃どう認識していたのか。何故その教訓を活かせなかったのか、何故、騙しの罠から逃れられなかったのか。

2.「この電話の話しはどこか何だか変だぞ・・」と何故疑念を持たず、最初から相手とその話の内容を安易に信用するのか、何故疑えなかったのか。

3.何故、最初から指示されたとおりに対応すべきだと思い込んでしまったのか、何故そうすべきではないと云う判断が出来なかったのか

4.何故、なりすましにされた孫や息子等に事後処理の間(金銭の工面等に伴う時間経過の間) に諸々の確認をし・警察等に連絡しなかったのか、何故それが出来なかったのか。

5.大金を見知らぬ第三者に渡す理由・目的・必要性等について、何故冷静に考えなかったのか。何故それが出来なかったのか。

6.何故、会ったこともない第三者を簡単に信じ、証拠資料も残さずに要求金額を渡したり、送ったりするのか。何故その時点で「何か・・どこか・・変だと」異常を感じなかったのか。

7.要求金額を用意出来ない場合はどうする積もりだったのか、孫や息子の為なら金額は厭わず出せると何故思ったのか、何故そう思わざるをえなかったのか。

それにしても「オレオレ」詐欺の被害者は、総じて金銭的に余裕のありそうな富裕高齢者に多いような感じを受ける。もしそうだとすれば、犯行グループは、どんな手段で富裕高齢者宅を割り出し、そこに狙いを定めているのか、そんな裏話も知りたいものである。

 

 

 


ブログ初心者の思い

2014-07-07 07:32:49 | 自学

ブログを始めて2ヶ月になる。ユーザは承知しているとの前提で書かれている用語や便利機能の使いか等解らないこと多々ありである。                                       

例えばに「テンプレートの機能の使い方ついては次のように解説されている
■さまざまなブログパーツタグをgooブログ用に変換し、記事に貼り付けたりテンプレートに設置することができます。
※テンプレートへの設置は、カスタムレイアウトテンプレートを選択した場合、またはブログアドバンスでカスタムテンプレートを選択した場合に可能です。
「テンプレート編集(カスタムレイアウト)」 >>
※ブログパーツサポートリストにないブログパーツは動作しません(「ブログパーツサポートリスト」とはブログ編集画面の左メニュー→「ブログパーツ」のページ内に記載されている「ブログパーツサポートリスト」の一覧を指します)
※ブログパーツサポートリストに記載されていなくても、貼り付け可能な場合があります。詳しくはこちらをご覧ください。・・・と。 

初心者がこの説明文に出ている用語の意味を理解して、その手順に従い難なく実行するのは容易ではない。他の機能の用法についても同様だ。記事の書き方で、今何とかならないかと思っていることは、例えば、●画像の周りに、文字を配置して、記事スペースの空白を少なくし、もっと見易い画面構成をするにはどうすればいいか●動画を貼り付ける手順・要領についてのHowToといったようなことだ。

こうしたことについては、参考図書等でも調べたり、ブログのHelp機能やHelpメールの世話になりながら、解決したい。いずれにしても、ブログでは「投稿記事・画像」が自動的に処理されるので、その点気楽に投稿出来る。だから、他人様が観たり、読んだりして呉れるのは2の次で、これからも自分向けのツールとして、「気が向いた時に、気楽に、投稿し、ボケ防止の面でも役立てたい」と願っている。