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『TROY』感想(3)-2 パリス

2007年05月03日 | 映画

※やっぱりネタバレを含みます

●パリス

 次は(3)-1でちょっと言及の出たパリスさんに。
 原作未読者の映画感想として、パリスのダメッぷりがよく槍玉に挙げられとるようですが、原作既読者の感想としては、あのパリス、物凄いいい役だと思うんですが、どうでしょう皆さん!!(←だから、誰に言ってんのョ…)

 原作と映画の違いは、そもそものパリスのダメっぷりの根拠にあると思うんです。映画では、彼がダメダメなのは若くて未経験で未熟だから、甘えがあるから、覚悟が出来ていないから、なのです(言い切ったー!)。つまり、それって改善の余地があるってことじゃないですか。
 対して原作では、パリスはもともとああいう人なんよ。人んちの奥さん誘惑しといて、いざ戦いになったら「えへっ、ご免ネ☆」
で済んじゃう人なのよーー!!

 では、追いたくないかもしれませんが映画でのパリスの成長の軌跡を追ってみましょう。

 最初、外交使節で訪れた外国で最高権力者の美人妻と一夜のアバンチュール!
  ↓ 
 それで深みにはまってほだされて(確かに、出立の前の日、『明日が怖い』と言って泣くヘレネーにアタシもちょっと絆されかけた。いや、わたしはそもそも取引相手の奥さんに手など出さんがな!)、とうとうお持ち帰り決行!
  ↓
 で、船上で兄にヘレネーを紹介。
 これ、打ち明ける時もひどいいたずらをして怒られる位の気持ちしかなかったんじゃないかな?(船が出向して暫くたってから打ち明けるあたりがあざとい。)対するヘクトールはもっと年上でパリスより遥かに道理の分かった男なので、弟の打ち明け話にビックリ仰天、この先トロイアとスパルタ、ひいてはギリシアとの間に深刻な問題が持ち上がる事までありありと見通せてしまい心底腹を立てます。(彼の怒りは人の上に立つ者として当然です)
 この際ヘクトールが弟に言う台詞はいちいち的を得ていて、後で見返すと本当に秀逸。
 確実に、この時パリスは自分の引き起こす事態も分かっておらず、何を言うにも口先だけで人が死ぬという事がどういうことかも全く実感しておりません。

 トロイア帰還時には、父王プリアモスにトロイアの主席外交官として遇される兄と違って、あからさまに一人の息子として迎えられるパリス。その場面を入れる事で、パリスがいかに愛され甘やかされているか(反面いかに責任を負わせるに値しないと思われているか)がありありと述べられ、観衆は納得。(しかしその後、父に呼び出されて「兄のお前がしっかりしとけよ」みたいに言われ、本当にヘクトールは気の毒です。なんで、何で親ってやつは…)

 ともあれ、ギリシアの艦隊がトロイアの海岸に迫ったあたりになってようやく
「や、やばい事やっちゃったんじゃ…」
という気になってくるパリス。
 でも、映画のパリスは、今更ヘレネーを送り返すほど非情になれないんですね。それがパリスの甘さでもある。
 で、なんとか自分で責任取らなきゃ、と考えての結論がメネラオスとの一騎打ち。でも、まったく実力の伴わない空論で、言い出したパリスもきちんと死ぬかもしれないことへの覚悟が決まってなかったと思う。結局、メネラオスの前に逃げ出してしまいます。
 この時の父&兄の「立て!立って戦え!」のつぶやきは本当に悲痛です。
 
(ヘクトールも、結局ここで非情になりきれずに王子としての立場よりも兄として弟を助けてしまう。これってトロイア一家の弱点なんかしら。でも、これもアガメムノン・メネラオス兄弟と対比させてあるんだろうなあ)
 ここでパリスはいやっちゅうほど現実を思い知らされるんですな。そんな甘いもんやない、と。また、愛されて満ち足りていたパリスが始めて自分というものの身の程について考え始めたのもこの時からじゃないかと。ヘレネーに足を縫われながら、パリスはおそらくヘレネーの慰めの言葉なんて聞いていなかったんじゃないか。(しかし、直に縫ってるよ~イテテテ) 

 ここまで見てくると、ほんとダメな坊ちゃんですね~。が、ここで自暴自棄になったり、自分に言い訳したりせずに、事実に真摯に向き合う辺りが、この坊ちゃんの唯一といっていい長所なのだと。甘ったれた若造ですが、本質は素直な優しい子なんでしょう(だから、父親にも兄にもあんなに愛されてんだろう)、育ちの良さを感じさせますね~。これも、オーリーでないと出ない味なんだろうなあ。

 で、自ら子供である事をやめようと決意したこの坊ちゃんの転換点が、兄ヘクトールの死であると、そう思うわけです。
 ヘクトールとアキレウスの一騎打ちは、先のパリスとメネラオスのそれと比較されていると思う。どちらも、自分より強い相手との戦いです。パリスの場合は、メネラオスにぶちのめされ、立てなかったのですが、ヘクトールは、自分の負けが見えても、最後まで立ち上がり続けるのよ。その様子を、直前の兄の「お前を誇りに思う」という言葉を噛み締めつつパリスは見守るわけです。目を逸らさずに食い入るように見つめる姿も印象的。
 そして、アキレウスとの決闘で敗れ、戦車に曳かれてゆく兄の姿を目の当たりにして、これまでイマイチ実感しきれてなかった全てをパリスは一気に悟るんよ!いかに自分にとって兄が大事だったかはもちろん、死ぬというのはどういうことか、自分が一体何をしでかしてしまったのか。
 ここに到って、坊ちゃんは兄に代わって責任を負う覚悟を決めるわけです。
 アキレウスもヘクトールも最初ッからそんな覚悟はとうに決めとるわけだから、やはり遅すぎるっちゃ遅すぎる。王子という大勢の人々に影響のある立場にあるものが未熟で愚かである事はそれだけで罪なんかも知れんが、それでも、未熟で愚かな自分に気付いて、遅まきながらそれを変えようとしている姿は健気ではありませんか。
 なので、わたしはどうしても映画のパリス坊ちゃんをそんなに嫌いにはなれないのです。
 犠牲があまりにも大きいので目を覆いたくはなりますが。
 
でも、その犠牲の大きさも、映画のパリス坊ちゃんは正確に理解して一生背負っていくのでしょうしね。

 ヘクトールの死以降のパリス坊ちゃんはホント、どこに出しても恥ずかしくない立派な王子っぷりで、最後、ヘレネーを先に逃がして、「ぼくは父上のそばに残る」と気負いもなく言い切った姿はかつてのヘクトールを見る思いが致しました。おそらく、大きな失敗をしたからこそ、今後のパリス坊ちゃんはヘクトールよりも優しい粘り強い大人になると思います。頑張れよ!

 ただ、最後、いくら兄の仇だからって、アキレウスを殺す事はなかったやんかと(そりゃもちろん物語としては死なないといけないんだけど)。ちゃんと先にブリセイスに話を聞いてさえいれば、あの時点のパリスなら二人を逃がすなり見逃したりしたろうになあ。

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