背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

光と隣り合わせの闇

2008年09月23日 18時04分32秒 | 【別冊図書館戦争Ⅱ】以降

着信音が鳴った。
ディスプレイに表示された名前を見て、柴崎が少し眉を上げる。意外とも、ああそろそろ掛かってくる頃合いだったか、とでも言うような複雑な角度に。
でもそんな思いを全く出さずに、
「はい、手塚です」
と愛想よく通話ボタンを押した。
「こっちも手塚だけど」
くくっと、嗤いを噛み殺した声が返ってくる。
――やっぱり似てるわ。柴崎は改めて実感する。
このきょうだい、姿かたちよりも、声質がそっくり。
あたし好みの低くて通る声。
「こちらは最近苗字が変わったばかりの手塚麻子ですが何か御用ですか?」
すると、愉しくて仕方がないというような短い笑いが通話口から漏れ聞こえる。
「噛み砕いたご説明ありがとう。こっちは光の兄の慧のほうです。久しぶりだね」
新しい苗字には慣れた? と口調を和らげて訊く。
「まあまあですね。でも勤務先ではまだ旧姓のまま呼ばれてますし、あんまし実感がないってところです」
「家じゃ、お互いに下を甘く呼び捨てだろうし? 苗字になじむ暇もないか」
からかっている。二人のときは目も当てられないほどいちゃいちゃしてるんだろう。そんな含みを感じる。
でも柴崎は「そうですね」とさらりと交わす。
「ご心配なく。すぐに慣れますよ。ところで何のご用件ですか? 相変わらずお忙しいんでしょう?」
「ああ。おかげさまで忙殺されてるね。いい具合に。
今日は特にこれと言って用はないんだけど。うつくしい義理の妹の声が聞きたくて、と言ったら君は少しは私に靡いてくれるのかな?」
「残念ですが、前半部分だけありがたく頂戴します。後ろは聞かなかったことにしますね」
「すげないなあ」
慧は嬉しげに笑う。
「いつになったら麻子さんは私の誘いに乗ってくれるんでしょうね。出会い始めの頃からこんなに熱心にアプローチしているのに、隙っていう隙らしきもの、ひとかけらさえ見せてくれないんだもんなあ」
振り向いてくれたらきっと損はさせないよ、自信ありげにそう付け加える慧に、柴崎は毒を載せて言葉を差し出した。にっこりと完璧な微笑を添えて。
「ごめんこうむりますね。義理の妹より実の弟の方が大好きな義兄の誘惑に乗るほど、困ってませんから」
しかし慧は一向に応えた様子も見せずに、「あ、分かっちゃった?」と声を素にして言う。
「ばればれですよ、昔から。光さんのこと、大好きでしょう? 可愛くって仕方ないんでしょ」
「うん。そうだね」
でれでれとやに下がる慧の顔が目に浮かぶ。
これは重症だわ。そう心の中でため息をつきながら、柴崎は訊いた。
「歪んでますね。どうしてそんなに偏愛しちゃってるんですか。実の弟なのに」
「だってあいつは俺が失くしたもの、切り捨ててきたもの、全部まだ後生大切に持ってるやつだから」
慧の一人称が「私」から「俺」になった。
柴崎はどきりとする。
こんなにストレートに切り返してくるとは思わなかった。はぐらかされるかと思ったのに。予想外だったことが少しだけ悔しい。
「あいつと結婚した君なら分かるだろ? 俺の言うこと」
「……そうですね」
柴崎は携帯を持ち直した。間をもたせるように。
慧は暗に柴崎も自分寄りの人間なんだからと言っている。それが分かるだけに、言葉の重さが染みた。
光に向かって進んでいく人間と、それに背を向けて生きる人間と。二種類の人間がいるとしたらきっと自分たちは後者のタイプに括られる。
小器用に人間関係を捌いて自分のスタンスをキープしたり、権謀術数に長けていたり。
感情のコントロールができて、ちょっとしたことでは動じなくなってしまったり。
泣きたい時に泣けないとか。怒っていても、表面では笑顔を作れたりとか。
そういう部分を武装するように纏って毎日をやりすごしている。
――以前、柴崎がそうだったように。
今は彼女は違う。だって柴崎はあのとき手塚に見つけてもらった。
武装を剥ぎ取った素の自分を手塚は抱き締めてくれた。
いまはもう手塚に全部委ねている。だから、射し込む光をたなごころに転がすことができる。
そのぬくもりを、まぶしさを知ってしまった。


……きっと慧は自分の比ではなく、重装備なのだろう。そう思うとなんだか気の毒になった。
「お義兄さんのこと、彼も大好きですよ。口が裂けても言わないだろうけど」
自然、労わりの言葉が口を突いて出てしまう。と、慧は、
「知ってる。でも言わせたいんだよなあ、あいつの口から」
いつかね。
そう言って彼は屈託なく笑う。
彼を取り囲む有象無象の敵は、慧にわずかの油断も許さない。足元を掬おうと、常に動静を見張っている。
彼が置かれているのは、そんな日常。
「どうですかね。結構ああ見えて彼も依怙地だから」
「【も】っていう助詞が気になるけど、敢えて突っ込まないでおくよ。
死ぬ前までに一回でいいや。光にそう伝えといてくれるかい? 私は気が長いタチなんだって」
「私からじゃなく、ご自分でどうぞ。そんな大事な伝言は受け付けられません」
「吝嗇だなあ」
「なんとでも」
「近いうちに君たちと食事でもご一緒したいね。そっちは伝えてくれる?」
「いいですよ。できればお義兄さんが接待で使われるグレードのお店に連れてってもらえると大変嬉しいです」
「君には敵わないなあ」
慧は嘆息まじりにそう漏らした。
「じゃあまたね。末永くお幸せに」
電話を切る前に必ず言うなんだか場違いな、でも気持ちは伝わるおかしな台詞とともに会話を畳もうとした。
通話が切れそうになる直前、柴崎はあ、と声を滑り込ませる。
「タバコ、程ほどになさってくださいね。吸いすぎは身体に毒ですよ」
「……なんで吸ってるって分かった?」
電話なのに。
怪訝そうな声のトーンが全く慧らしくなくて、柴崎は口角を少し持ち上げた。
「分かりますよ。手塚兄弟のことなら、なんでも」
「……怖い女だ」
ぼそりと呟く。
手塚そっくりの言い回しで。慧にしてみればそれは最大級の賛辞だ。
「なんか言いまして?」
「あーいや、なんでもない。じゃあ。本当にまたね」
ぱたん。
携帯のフラップを畳み、柴崎はさてと顎に指を押し当てる。
今の電話の件、何て光に切り出そうかしら。そんな幸福そうな笑みを口許に湛えながら思案を巡らせた。


Fin.
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2 コメント

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Unknown (たくねこ)
2008-09-23 20:03:08
兄は弟よりも柴崎の方が敷居が低いんでしょうかね…
弟Loveなんですね。
報われない感じがいいです。
柴崎、いい女になってますよね(^o^)
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柴崎よりも ()
2008-09-24 05:38:30
弟の方が好き(なはず)と断定して書いてみました(^^;
基本的に自分と同種の女性は最終的には選ばないだろうな、と思います>兄
だから本気で柴崎を落としにかからなかったのかも、と…
(それとも弟かわいさで譲ったのか??読みきれない!)

慧のことで本格的にSS書きたくなって来ました。

柴崎は結婚してからますますいい女になるはず。
コメント有難うございましたv
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