「御腹いっぱい食べることが出来ない」という現実は、本当に辛いことだと思います
いっぱい食べて栄養を摂って勉強して学力を付けて就職して年収を上げて「貧困から抜け出せる」
ひとり親家庭になってしまった私(別になりたくてなった訳ではなく、子供の難病手術のために盛岡から三重大付属病院を紹介されて転居)
子どもの看病に明け暮れていた34歳の時に、頑張って勉強して(?)給食のおばちゃんになった
けれど両親と同居していたから?ひとり親家庭への援助は皆無だったのです(恩恵は受けていません)
子どもの担任の先生から「昭和の古い時代に生きてみえるような感じですね」と言われました
「学校から裁縫道具を買う申込用紙を貰ったけど、母さんに見せるのをためらった」と言った長男
「本当に貧乏では苦労させてしまった」あの頃は、標準価格米というものがあったのですね~
それで、食べ盛りの三人の子供たちは、毎晩「どんぶり飯三杯」は食べていましたよね~
中古の古くて小さい軽自動車に三人の子供を乗せて、賑やかに騒ぎながら出かけた頃が懐かしいですね
お父さんと離れて寂しい思いをさせました!
仕事や次男の入退院で忙しくて親らしいことは出来なかった!
でも「いつまでも今のままではいないぞ」と、皆で頑張った御蔭で、今があるのですよね~
『ただひとつ 日々の楽しみ 食べること』
『若人の 苦労はいつか 報われる』 『今にみろ 買った苦労は 喜びに』
標準価格米15キロ、懐かしいですね、配給米。
食べること 充実された 食文化
喜びに 分かち合うたび 絆あり
TVで観たように、ぶっくりと肥満の体でスマホを動かしながら「生活保護だけでは子供たちを大学までやれない」と訴えていた母子家庭のおかあさん
のらしろさんの爪の垢でも煎じて飲ませてあげたいですね
クラスの大半が携帯を持ち、高校受験にも携帯は必要ですと言われましたが
我が家では、持たせませんでした
絆あり 清楚な日々が 育んだ