細野豪志ブログ
衆議院議員 細野豪志の活動報告です
 



ガレキの要請活動の合間をぬって、国内最大の地熱発電である八丁原発電所に行ってきました。

地熱には関心があったのですが、これまでスケジュールが合わず、昨日、ようやくたどり着くことができました。

現地に行って、「これは行ける」と確信を持ちました。

一号機は運転開始から35年。減価償却はとっくに終わっています。原料である温水熱はコストゼロ。遠隔操作で人件費は抑えられています。定期検査は二年に20日程度ですので、稼働率は95%超。要するに、ランニングコストが限りなく低い。35年間、死傷者が発生する事故がないという安全性も魅力です。

地熱は多くの場合、国立公園内にあるため(八丁原発電所も阿蘇くじゅう国立公園の中です)、地熱発電の普及は、環境省の判断によるところが大きくなっています。気候変動を考えると、生物多様性と景観に配慮をしながら、わが国は、地熱発電に本腰を入れて取り組むべきです。環境省は、国立公園保護一辺倒から一歩踏み出し、地熱を着実に推進する会議を立ち上げることにしました。

わが国の地熱の潜在力は世界3位。企業の技術力もトップクラスです。磐梯朝日国立公園を始めとした被災地にも有望な場所があります。八丁原の湯煙を眺めながら、これが復興の狼煙になればと感じました。



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プロジェクトがようやく動き出しました。

今朝は、群馬県中之条町を訪れ住民説明会。折田町長の呼びかけで、200名以上の住民の方々にお集まり頂き、私の話に熱心に耳を傾けて頂きました。午後は、地元静岡で、街頭から理解を求めました。川勝静岡県知事、桜井島田市長といういつもの顔ぶれに加えて、今日は公明党の大口衆議院議員にも、一緒に街頭に立って頂きました。党派を超えて、一緒に活動して頂けることは、本当にありがたいことです。

「頑張ってますね!」

多くの方から声をかけられました。やはり、地元は温かい。こんなに多くの方々と握手をしたのは、久しぶりです。ただ、私がいくら頑張ったところで、被災地のガレキがなくならなければ、何の意味もありません。欲しいのは「結果」なのです。

明日は、朝一で村井宮城県知事とがれき処理について協議。午後は、川崎市で街頭から訴えかけます。黒岩神奈川県知事、阿部川崎市長、そして、党派を超えて、多くの同僚議員が集ってくれることになっています。

半年以上にわたって、がれきと格闘し、分かったことがあります。それは、政治家が一歩前に出ることの大切さです。依然として、国民の中には、心配をされている人もおられます。私は、そういう人にこそ、被災地の現状を語り掛けたいと思います。

「対立」ではなく、「対話」から、生まれてくるものがあるはずです!



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怒涛の一年が終わりました。

追悼式典で、テレビ出演の中で、そして街頭で、今日は多くの被災者の皆さんの話を聞きました。

テレ朝で長渕剛さんが歌を送っています。被災者を励ますことのできる歌は素晴らしいと思う。政治家である私は、結果を出さない限り、存在する意味がありません。

何としても、復興の一年にしなければなりません。



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震災一年を前に、震災ガレキの広域処理があちこちで取り上げられるようになってきました。ここまで処理が進んでいない状況を被災者の皆さまにお詫びしなければなりません。昨年9月の環境大臣就任以降、ガレキと格闘し、広域処理の必要性を訴えてきた私としては、多くの人が考えてくれるようになったこと自体を前進の兆しと捉えたいと思います。

読売新聞の世論調査によると、国民の75%が「政府が人体に影響がないとする範囲内の放射線量であれば引き受けるべきだ」と回答しています。逆に、共同通信は市町村のアンケートを行い、回答した市区町村の33%が「現時点では困難」、53%が「まったく考えていない」とし、全体の86%が難色を示したということです。

政治家にとって、一番辛いのは災害対応です。今、最も厳しい立場でガレキの処理に取り組んでいるのは、被災地の首長の皆さんです。いち早く受け入れを表明された石原都知事の決断力は、本当に素晴らしいと思います。知事は、反対の声があることに対して「日本人がダメになった証拠だ」と言われたそうです。読売と共同の数字を見る限り、日本人の中でも、ダメになったのは、国民ではなくて、我々、政治家なのかも知れません。

これから、さらにボリュームを上げて広域処理の必要性を訴えます。同時に、不安を持つ国民には丁寧に説明し、政治家には決断を促したいと思います。



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ようやく、川内村を訪れることができました。帰村宣言を行った村の実情をこの目で見なければならないと考えました。

昨晩は、何と昨年の4月15日から営業を再開したという旅館に泊まり、今朝は遠藤村長と共に、診療所、小中学校などを見て回った後、村民の皆さんとの懇談会に臨みました。賠償、除染、医療、道路など、様々な要望を頂きましたが、皆さん前に向かって進もうとしていることに、非常に強い感銘を受けました。

緊急時避難準備区域と警戒区域にまたがる川内村の放射線量は、居住の条件である年間20ミリシーベルトを大きく下回っています。除染を行った結果、厳しく設定された学校の再開基準も満たしています。私も村を訪れて、「これなら行ける」と感じました。

もちろん、帰村の判断は村民それぞれが行うべきものです。懇談会の中でも、帰村については様々な意見があることが分かりました。帰村宣言の会見を取材した記者から、「帰村宣言は明るいものかと思ったら、本当に暗い会見で驚いた」という話を聞きました。ふと、思い出したのは年末の事故収束会見です。昨年、わが国は大きな傷を負いました。しかし、どこかで踏みとどまって、一歩でも、たとえ1ミリでも前に進まなければなりません。

遠藤村長は本当に穏やかな人です。彼が行った悲壮な決意を無駄にすることはできません。私は、遠藤村長を徹頭徹尾、支えるつもりです。



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久々に、ハンマーで殴られたような衝撃を受けました。

がれきから生み出された「復活の薪」。

岩手県大槌町は、津波で町長が亡くなるなど、壊滅的な打撃を受けました。発生したがれきは、118年分。暖を取るために活用された薪は、その後、全国に販売され復興のシンボルとなりました。設立されたNPO法人吉里吉里国は森に入り、間伐材から「復活の薪」を創り続けています。

どん底から立ち上がった芳賀正彦さんの言葉は、一つ一つ、腹に響きました。

「私たちは、助けられるのではなく、助けることができる。吉里吉里に来て、一緒に汗を流しましょう」。がれきを処理してあげるという感覚では、何も動かない。16日に大槌町のがれきを試験焼却する島田市は、処理費を被災地に請求しないそうです。鎮魂の念とともにがれきを処理することで、被災地との絆を強める。そこから、何かが生まれてくるはずです。

「私は、死ぬまで山でがんばる。細野さんも、がんばっぺし!」

私も、吉里吉里に行かねばなりません。



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水俣病の特措法の申請期限を7月31日にしました。特措法の範囲で、最大限、申請を受け付けます。政治家としてこれまで行ってきた中でも、最も重い決断となりました。

これまでの経緯や要望の一つ一つを確認したうえで、被害者団体の方々、自治体の皆さん、水俣病に関わってきた環境省職員、地元の国会議員、そして地域の皆さんから話を聞きましたが、半世紀を越える水俣病の歴史を考えると、全てを把握したとは言えません。それでも、環境大臣として決断するしかありません。

早い段階で申請期限を示し、周知期間に徹底した広報を行うことで、「あたう限りの救済」が可能となります。決断した以上、結果について責任を問われます。周知活動には、私が先頭に立つつもりです。



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ガレキの山は、我々の無力さの象徴です。被災地の中でも、最も大量の災害廃棄物が発生した石巻市に行ってきました。これまで幾つかの町でガレキの山を見てきましたが、石巻のそれは、想像をはるかに越えるものでした。

ガレキの中に埋もれた小さな三輪車に目が止まりました。ふと頭に浮かんだのは、この三輪車に乗っていた子供は助かったんだろうかということです。口に出すのは憚られ、きっと、親と一緒に津波を逃れて元気にしているはずだと、思い直しました。

山と積まれたガレキですが、その一つ一つは被災者の生活の跡です。タンス、まな板、洗濯かご…。

「その姿を見ると、復興への力がわいてこない」という被災者の言葉を何度か耳にして来ました。

このガレキの広域処理が進みません。本来は、日本中で鎮魂の祈りと共に処理されるべきものが、拒絶される現実は、あまりにも悲しい。

放射能への懸念を持つ人がいるのは、原発事故を起こした我々の責任です。しかし、私が手にしたカウンターが映し出した0.05マイクロシーベルト/時という数字は、それらが通常に処理できる廃棄物であることを示しています。不安を持たれている人達に、この事実を繰り返し説明し続けるしかありません。

同時に、もう一度、全国の被災地に思いを寄せる皆さんに訴えたいと思います。広域処理に「賛成」の声を上げて下さい。今、我が国の本当の意味での強さと優しさが問われています。



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米国二泊。フランス12時間。飛行機で三泊。
弾丸ツアーにも慣れましたが、旧知のビゴ原子力庁長官に、パリはゼロ泊だと伝えると、「人生は短いよ」と言われてしまいました。
原発事故の状況、原子力安全庁、エネルギー政策など、多くの難題を抱える今は仕方がありませんが、次回は一泊して、パリの気分くらいは感じで帰りたいと思います。
今回は、機中のマカロンで我慢です。



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環境大臣兼原発担当大臣に再任されました。

次の節目は予算成立の三月末。原子力安全庁、除染と中間貯蔵、福島の皆さまの健康管理などは、野田政権の重点政策と位置づけられています。求められているのは、「努力」ではなく「結果」です。

来週、米仏を訪問してきます。原発事故対応、原子力安全庁の設置に加え、原子力行政や核不拡散、そして気候変動についても、意見交換してきたいと思っています。米国のチューエネルギー庁長官、フランスの原子力局のラコスト局長など、3.11後に会談した相手ばかりですので、より突っ込んだ話をしてきたいと思っています。

帰国したら、いよいよ通常国会。息つく暇はありません。



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