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ネタバレ必至で読み解く主観的映画批評の日々!

早瀬耕「未必のマクベス」

2018-12-25 11:21:23 | 読書のススメ
商社マン中井優一は、本社のJプロトコルの業績を認められて、香港にある子会社への出向を命じられた。
しかしその出向は出口のない左遷人事だった。
ただ香港のオフィスでふんぞり返っているだけでよい仕事だけを任せられた中井は、たまたま行ったマカオのカジノで大勝ちする。
その様子を見ていた男が、株を買って欲しいと持ちかける。
明らかに怪しいと思いながらその株を買うと、その会社は自身の香港の会社と契約を結んでいた幽霊会社だった。
幽霊会社の内情を調べようと、その住所の会社に行くと、そこに思わぬ人からの手紙が残されていた。

都会に出たときに、時間をつぶそうと思って入った本屋にあったポップをみて思わず買ってしまった。
「まだ読んでいない人がうらやましい」という書き方だった。
この作者が誰で、どんな話かもわからないまま、とりあえず読み始めて、600ページを超える作品だったが、あっという間に読み終わった。
私は大衆小説をずいぶん前から読まなくなったので、かなり久しぶりに手に取った。

はっきり言おう。
読むべきだ。

このブログにもあるが、香港、マカオに行ったことがある私としてはあの街並みがよみがえる。
あらゆる記号や符号が一致して、私は宇多田ヒカルの「初恋」を聞きながらまた涙した。
今思い出しても鑑賞に浸る。
二度読むかはわからないが、そしてあらを探せばいくらでも見つかるだろうが、それでもおもしろいと思う。
漫画のようなスピード感で読めてしまうので、読書になれていない人でも楽しめるだろう。

▼以下はネタバレあり▼

途中で結末や真相が見えてくる。
それほどミステリとしての複雑さや膝を打つような驚きもない。
だが、わかっていても近づけない、分かっていても結末を変えられない運命を描いている。
未必のマクベスとはまさにそのことで、自分たちの運命を、「マクベス」をなぞりながら、進めていく。

優一は自らこの出来事の幕を下ろすことだけが、恋人たちを救う方法だと考えて、「あえて」防弾チョッキを着ない。
それは、自分を縛る運命をマクベスだと確信し、そのマクベスの終幕を自らの死で下ろすべきだと考えていたのだろう。
確かに、彼が生きている限り、Jプロトコルは彼を追い続けるだろう。
そして追い続ければ、同時に彼に関わる人々もまた罠にかけられていく。
そのことを確信したからこそ、自分が犠牲になることを選んだ。

たとえ目の前に初恋の、運命の女性がいても、そこに「分かっている」とは直接伝えないで。
このあたりの距離感、悲運が、シェイクスピアのマクベスとともに二重に三重に描かれている。
現代、数学、古典、香港・マカオ、あらゆる記号が一つの物語に落ちていく、その心地よさもまた格別だ。
恐らくどこかのタイミングで映画化されるだろう。
この悲哀を、どのように描くのか、難しいだろう。
しかし、この物語が注目されるのなら、それもまたOKかもしれない。


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