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つちのうつわ

“文学少女”と死にたがりの道化

2007年02月07日 22時12分18秒 | recommend
「恥の多い生涯を送ってきました」

こんな重い一言でこの物語は始まる。

あらすじ

元・覆面人気作家の井上心葉(このは)はごく普通の高校2年生。何も起こらない平凡な日常をこよなく愛し、浅くも深くもない穏やかな人間関係を維持している。そして心葉の一年先輩であり文芸部の部長である天野遠子(とおこ)。彼女は物語を食べてしまうくらい文学を深く愛している“文学少女”だ。ある日このふたりの前に、ある依頼が舞い込んできた。それは「どうか恋を叶えてください!」という一途な少女の願いだった。

感想

はじめはコメディタッチでありながら、随所に見られる「告白」が謎めいていてそれでいてとても共感を覚えるものだった。それはこの作品が太宰治の「人間失格」をベースにしたものだからかもしれない。過去の罪に縛られている苦悩、人を憎みまた愛するという感情の推移と決意、一見普通な人々が心に潜めた寂寥感や失望感。それぞれ秘密を抱え、仮面を被り、道化を演じて生きているのだ。その生き方に罪悪感を覚えることがあるだろう。しかし、そうしなければ生きてはゆけない現実もある。ありのままの自分を受け容れて変えられてゆく登場人物たちに、自分自身の思いも重ねられ、望みを与えられた気がする。

この作品の良さは一筋縄にはいかないスリルな展開にあると思う。特に、中盤から終盤にかけてのどんでん返し。この先に何が待っているのか、想像を超えた想像がおもしろい。あと心がえぐられるような切なさに涙が止まらなかった。なんて報われないんだと思った。世界を、他人を、そして自分さえも諦め、望みを失くした人に語りかける言葉はあるのだろか。文学によって培われ養われた遠子の慈しみに富んだ言葉が救いの手を差し伸べる。彼女は決して救世主なのではなくひとりの文学少女。その的確な想像力は人生を渡り歩いてきたかのような「経験」を物語る。

期待もなしになんとなく読み始めてみたけど、本当にいろいろな事を考えさせられ、教えられた。たかがラノベ、されどラノベ。いわんや小説をや。この本を読んでると文学に触れたくなる。実際、太宰を全部読んでみたくなった。文学にあまり触れたことのない僕みたいな人や、文学に入り浸るあまり生活そのものが文学だという人にも、コレはおすすめである。



“文学少女”と死にたがりの道化
野村美月 (2006)


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