ななきたのご隠居~野崎 幸治

千葉市美浜区で行政書士をしています。
地元では「ななきた(磯辺7丁目北自治会)のご隠居」と言われています。

まじめな話

2013年10月27日 | 日記

まじめな話

 

日本の保護観察制度をご存知でしょうか?

国家公務員である法務省の保護観察官約1000人と民間ボランテァである保護司約5万人が更生保護活動を地道に行っています。ご隠居もその保護司を拝命しています。

 

いつものように寝転んで酒飲みながら旅行記書いているような気軽な案件ではなく真面目な話です。

 

更生保護の目的は犯罪をした人及び非行のある少年に対して再犯を防ぐことと改善更生を助けることです。全犯罪者の約3割を占める再犯者(何回も犯罪をくり返す人)が、全体の約6割の犯罪を起こしているという現状があります。

 

保護観察の種類と期間

1.保護観察決定を受けた少年   20歳までまたは2年間

2.少年院を仮退院した少年    仮退院期間(通常20歳まで)

3.刑務所を仮釈放した人     本来の刑の終了日まで

4.保護観察付執行猶予の人    執行猶予期間

 

上記の人が右の期間中保護司の指導を受けることになります。一般的には月2回保護司の自宅あるいは事務所を訪問することになります。仕事を持っている成人ですと夜あるいは休、祝日になることもあります。3人ぐらい対象者を抱えていると結構週末がつぶれてしまいます。

 

保護司はその人がきちんと勤務についているか学校に行っているか生活の資金面はどうなっているかなど質問します。特に少年は交友面や酒タバコはやっていないかそれとなく観察します。(規則正しい生活の指導に力を入れます)

面接結果を保護観察所に各人ごとに経過報告書を送ります。

 

また刑務所に収監されるとすぐに本人に出所後の引受人の希望を聞きます。(例えば両親の家)これは単に本人の希望です。そこで刑務所から引受人の住所地にいる保護司に対して調査の依頼が届きます。たとえば両親が引受人であれば訪問して「息子さんが出所後ここに戻りたいと希望していますがどうでしょうか」

「あいつとは親子の縁を切っているから困る」などと言われることもあります。

この報告書を見たら収監されている人はどう思うかなと考えます。

 

その他保護司は地域での犯罪予防の啓蒙活動。学校との連携

協力雇用主(犯罪や非行をした少年を雇用してくれる)を探す。ハローワークに更生した人と出かけ職を探す手伝いをするなど多岐にわたっています。

 

 

先日美浜区保護司会では赤城少年院に視察に行ってきました。赤城山の麓で東京ドームより一回り大きな広大な敷地です。初等少年院送致の決定を受けたおおむね16歳未満の少年約60人が生活しています。刑務所ではないのでいくつかの教室に分かれて勉強が主体です。ここから高校受験する子もいるそうです。

 

感想はあえて書きません。広い世界にはこういう場所もあるのです。

         赤城山神社の絵馬

 

 

 

 

                

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幕張新都心

2013年10月22日 | 日記

幕張新都心

副都心ではなく新都心です。意気込みは大きかった。平成元年に幕張メッセが営業を始めてそれとともに発展してきました。

 

                            JR京葉線 海浜幕張駅前

 

 

                                   メッセモール      

ビルの谷間にある屋上公園。平日の昼休みですとOLがお弁当を広げています。

土の香りはしませんが隠れた憩いの場所です。

                                幕張メッセ

平成元年にメッセは開業しました。昭和62年頃始まった日本のバブル景気も頂点のころでした。京葉線も東京駅まで開通。株式時価総額と不動産の資産が1000兆円。

 

自宅も売却する気もないのに売れば1億円。日本中が少し金持ちになった気分でみんな明るい顔をしていました。

そんなバブルも一気に過ぎ去りその後は知っている通りの淋しさです。

2年に一度開催していた東京モーターショーもビッグサイトにとられてしまいました。なんだかんだいっても東京だわさ。

                                        見浜園

日比谷公園を真似してでもないでしょうがビルの谷間にこじゃれた公園もあります。

渡り鳥も飛んできて、大きな鯉も泳いでいます。

仕事に疲れても、疲れていなくてもたまには散策してみては?

  

    見浜園内にある松籟亭では抹茶のサービス(有料)もあります。

   昔友人のお茶会に招待されて足が痺れたのを思い出しました。

                          幕張は京葉線の走る街です。

 長らく行政書士会の会報を編集してきた3人ですが中央の

廣田寿美さんのご主人が大阪に転勤することになり自身も

一緒に行くことにして千葉会を退会しました。

今日は3人で送別会です。

大阪でもお元気で!!!

 

 

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千葉市美浜区区民フェステバル

2013年10月19日 | 日記

千葉市美浜区民フェステバル

毎年10月に美浜区民が楽しみにしている(ということになっている)区民フェステバルが今年も稲毛海浜公園で開催されました。

 

 フリーマーケットは今年も人気で開店前から人だかりでした。

ご隠居の所属する団体も毎年参加しています。今年も朝早くから設営、そして配布物の準備をして結構忙しかった。10時ごろからティシュと啓蒙のパンフレットを配りました。

昼にはコンビニ弁当をみんなで輪になって食べ、午後からまた同じ啓蒙活動。3時過ぎには撤収を完了してほっと一息。

少しでも世の中の役にたてばと始めたボランテァ活動ですが結局自分にとっても生きがいになっているのかなと思いました。

 

 自衛隊も元気にPR活動

 

 警察関係車両はいつも子供に人気ですが白バイは特に喜びます。

  

 屋台も多数出品。

ご隠居もお腹がすいたのでみんなに隠れて磯部焼きを食べたら滅茶苦茶しょっぱかった。

 

 青空の下とはいきませんでしたが曇天の中パン食い競争もありました。

 

 

  稲毛・磯の松原  日本の白砂松原百選にも入っています。

東京湾も一応海なのです。

 

 秋になると日本全国でお祭りがあります。

美浜区は田や畑がないので単なるフェステバルですが地方に行くとやはり収穫祭的な意味合いが強いのではないでしょうか。

 

雪解けの寒風吹く中準備を始めて、雨の日も夏の日照りの中でも。

セミの鳴き声も終わって台風の被害を心配してそして澄み渡る秋空になってトンボが飛ぶようになるとやっと収穫。

まず神様に感謝して友人、知人、ご近所を呼んで酒を飲んで豊作を喜ぶ。

 

若い諸君!! 朝から晩までスマホだかアイホンだか知らないが画面見て楽しんでいるけど食糧がないとみんなお腹すいて死んじゃうんだぞぅ。

 

 

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初秋の信州の旅(3)ビーナスライン

2013年10月12日 | 旅行

3日目、帰りはビーナスラインを経由して帰りました。 


ビーナスラインは春夏秋冬いつ来ても気持ちの良いところです。
車で来ると、どどっとドライブして通り過ぎてしまうので初から少し歩こうと思って靴の準備をして来るといいと思います。


特に八島が原湿原、車山湿原、蓼科の横谷峡など自然が一杯の場所があります。

 


白樺湖

白樺湖は懐かしい場所です。ご隠居も若い頃は真面目な顔してサラリーマンを13年間ばかりやりました。
「お前のやる仕事はどうも通り一遍なんだよなあ」などと怒られながらしこしこ仕事していました。
この会社が白樺湖に保養所を持っていて、冬になると会社の連中と毎年スキーに来ました。
スキーやっているときは目立たないけどアフタースキーになると俄然存在感ますよなあと先輩に嫌味をよく言われました。
スキー場もあっちこっち行きましたが車山高原と湯沢三俣はご隠居にとって忘れられない場所です。恋もあり感激もありでした。  

 

北八ヶ岳ロープウェイ

昔は日本ピラタス横岳ロープウェイという名称だったかな。ピラタスはスイス・ルツェルン地方のピラトゥス山からつけたもの。そういえば菅平にも日本ダボスという場所があります。
相手国の承認はもらっているのでしょうけど中国人のこと笑えないなあと思います。スイスの有名地を名乗ると存在感が増すと思っているのかな。
このロープウェイは昔大きな事故を起こして元気がなくなった気がします。
自然は相変わらず綺麗なのですから頑張ってください。

 


ロープウェイで一気に登るとそこは標高2237mの世界です。


秩父あたりの山だったら山頂の高さです。苦労しなくても高山の凛とした空気が味わえます。たしかに自分の足で登らないとこの雄大な景色も少し感激が薄い感じがします。
山頂駅からさらに3~40分で「坪庭」いう溶岩台地を一周できます。
季節がよければ高山植物が咲き、ハイマツやコメツガなどの樹木がアクセントを添えてくれます。

 

 

 山麓駅

 

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初秋の信州旅行(2)松代町

2013年10月08日 | 旅行

六文銭の里、松代町に行ってみました。

長野県内といっても諏訪からは100km以上あります。
高速を使っても一時間半ばかりかかりました。
松代町は昨年3月までは長野電鉄屋代線が通っていましたが現在は廃線です。

  

松代駅の駅舎はまだ残っていました。

  

  松代城

武田信玄が築城。その後1622年真田信行が上田城から移封されて以来真田氏10代が城主として続きました。城門や石垣は写真のように復元されましたが中はただの広場になっています。

真田十万石の城下町。街路を歩くとゴミひとつ落ちていなくて清潔感あふれています。

どこからか金木犀の香りが漂ってきます。

空は真っ青、秋です。土曜というのに観光客もまばら。少し淋しい。

  文武学校


辻は十字路ではなくてかぎ型に交わっています。
敵に攻め込まれないように城下町では多いですね。とくにここは清々しい。

真田邸(新御殿)

 正門

 

  中庭

 

  中庭

 
真田邸は江戸時代末期に9代藩主真田幸教が建てたものです。
明治維新以降は真田邸の私邸として使用されていた御殿です。
お台場の億ションのほうが眺めもいいし冷暖房完備で使い勝手も良さそうです。ただしこの解放感と見事な庭は季節の移り変わりの素晴らしさが体感できて人間的かもしれません。
戸袋の中の雨戸を見ると10枚以上が収納されています。これが十なん部屋もあるのですから雨戸をあけるだけでも毎朝1時間以上かかるでしょう。我が家なんか1~2分で終わるので楽です。
貧乏人のひがみでしょうか。

 松代象山地下壕 

   地下壕入口

 地下壕内部

 太平洋戦争末期、本土決戦の最後の拠点として大本営、政府機関などを移す目的で軍部が極秘で建設されたもの。総延長約10km。

約9か月間、終戦の時には約7割がた完成していたそうです。
朝鮮の人達や日本人(中等学校の生徒、児童も含む)の多数の犠牲者と莫大な費用がかかったまさに狂気の沙汰の建造物です。


暗くじっとりと湿った坑内から外に出ると秋の空が広がり単に平和な世の中に生まれてよかったと軽い気持ちで言えないほどの戦慄を覚えます。


澄み渡った高い青空と

金木犀の香りに包まれた一日でした。

 

 ということで、気分は「君のひとみは10000ボルト」♪

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初秋の信州旅行(1) 諏訪湖周辺

2013年10月03日 | 旅行

今回は親戚の人達と長野に行きました。私を含めて老人なので珍しくマイカーで行きました。その中でも若手の私が運転しましたが、ナビがないので結構迷ってしまいました。

諏訪湖。一周がサイクリングロードになっていて16kmはなんとか自転車で完走出来そう。私は見ているだけでした。空は秋の気配が感じられます。

養老乃瀧チェーンの創始者、木下藤吉郎氏は(矢満田富勝)は地元の諏訪湖も大きいが鯨はいない。やっぱり太平洋だといって横浜に出てきて1号店を開いたそうです。 しかし諏訪湖も素晴らしいですよ。

  諏訪湖の夕日。

横着してホテルの中から撮ったのでガラスの網が写ってしまいました。

 
高島城。町は大きいのですがお城はこじんまりしていて可愛い。湖上に浮いて見えたことから「諏訪の浮城」とも呼ばれています。松江城、膳所城(大津市)とともに三大湖城とも言われています。日本中に三大なんとかというのがありますね。

   

 

 ご隠居の好きな諏訪市出身の原田泰治美術館にも寄ってみました。

作品はほんの一部ですが原田さんの作風からしたらこんな立派なビルよりも農家風の民家に展示したほうが似合うのではないかと思いました。湖に面した喫茶店で赤葡萄ジュースを飲んでいたら時間のたつのも忘れるくらいほっこりすごしました。

諏訪といえば旅行好きだったら御柱祭を思い浮かべるでしょう。

[]

 

満6年に一度申年と寅年に岡谷市、諏訪市、下諏訪市の合同で行われ諏訪大社のがもちろん有名です。しかしこの土地の神社はどんなに小さな神社でも御柱が立っていて物干し竿みたいなかわいいやつが四隅にあったりするそうです。

諏訪大社は上社大宮、前宮、下社秋宮,春宮と4か所合計16本の樅の木の大木を切り出します。

死ぬまでに一度「御柱祭」を見に行きたいと思っています。

  上社大宮

 下社秋宮、神楽殿

  下社秋宮 本殿

 御柱 

 さすが諏訪温泉

手水の水盤からも熱い温泉が出ていました。

 

万治の石仏


2007年のテレビ番組で首が伸びると紹介されて一時脚光を浴びましたが今は静かに森の中で佇んでいます。
新田次郎さんや岡本太郎が感嘆したというだけあって素朴な顔が何とも言えません。
さて宿に戻って温泉にでも入りましょうか。

 

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