オペラ初登場の山田和樹を迎えた岩田達宗の新プロダクションである。今回は「ジューダン旧版によるギロー版」ということで全曲はレシタティーボで進行する。初日だからなのか、前奏曲からリズムが決まりきらず、オペラに不慣れな指揮者とオケだとこうなるのかなと先行きに不安がつのったが、こちらは幕を追うにしたがって改善されていった。しかしオケの音が歌を覆い隠すことはないものの、どうもピットが十分な迫力で鳴りきらない感じが最後までつきまとったのは、どうも聞き位置の問題だけではなさそうである。舞台は前半の一幕・二幕はいささか散漫な感じもなくはなかったが、三幕の強烈な印象を残したミカエラのアリア以降、緊張感を高めてフィナーレへと流れ込んだ。歌手ではドン・ホセの笛田博昭が大健闘で、最後まで力強く芯のある美声で聴衆を魅惑した。敵役エスカミーリオの須藤慎吾もいささか力みが感じられたが堂々とそれに張り合い、とりわけ三幕決闘の二重唱の場面では手に汗握らせた。藤原デビューだったミカエラの小林沙羅は一幕登場の場面ではいささか固さがある歌だったが、唯一のアリアではそれが吉と出て、可憐なミカエラ像とは正反対に、カルメンに対抗すべき強靭な覚悟を著した歌詞を実に堂々歌い切り、この役の隠されたキャラクターを見事に表現した。当日の最大の問題はミリヤーナ・ニコルッチのカルメンにあった。曇った声質の切れの悪い歌唱は、カルメンのパーソナリティには不向きである。それに輪をかけて演技も鈍重なので、この鮮烈なドラマを牽引するプリマとしては物足りない部分が目立った。これは力量というよりもミスキャスト。とは言え音程の不安定さも目立ったことは否めない。五重唱もカルタの歌も上々の出来で、モラレスの押川浩士、二スニガの伊藤貴之、フランスキータの平野雅世、メルセデスの米谷朋子ら日本陣キャストは総じて確りと脇を固めていた。社会規律や理性とは相反する野生や人間の本能を「赤い月」で象徴し常に舞台の中心に据えた岩田のアイデアは、纏まりの良い主張になっており、とりわけ自由を謳歌する合唱の中、左右の壁が開き赤い太陽が大きく現れる三幕フィナーレは印象深かった。しかしながら、一方ではビゼーの音楽に色濃く内在する郷土性や体温を十分に表現するまでには至っていなかったように見えた。とは言え、プログラムに「演出ノート」を載せて確りと自身のプロダクトに責任を持つ姿勢は極めて真摯で好感持てるものである。
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